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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」29話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦1)

28話のあらすじ

火星滞在の経験を広める仕事と、その国や地域ごとのドメインにひもづいた土地神(天使)ガーディアンを呼び起こす仕事を行うジョニーと絵美。アセンション島とアンドラ公国の小さな神々は、ジョニーの両親と、支援団体職員のマッシモのところへ遊びに来て、ささやかな奇跡を起こしたのだった。そしてジョニーと絵美は、メタルクラッド飛行船でアラブ首長国連邦に到着した。

29話

場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)

記録者: ジョニー  マイジェンダー: やや男性 18才

出身地: ブリテン  趣味: ネコとたわむれること


アフリカ大陸と中東アジアの間に位置する、アラビア半島。ピテカントロプス・エレクトゥスという類人猿として分類されていたこともある、僕ら人類の兄弟は、およそ100万年前にアフリカを出てこのアラビア半島に定住を始めた。

類人猿ピテカントロプス・エレクトゥス、人類として分類されてのちはホモ・エレクトゥスという古い古い種族は、中国北部、インド、インドネシア、シリア、イラクなどの地域で化石が見つかっていて、いずれも当時の沿岸部から20kmの圏内で生活していたことが分かっている。

その後ネアンデルタール人、そして僕ら現生人類のご先祖がこの地へとやって来て彼らと入れ替わり、七万年前にはアラビア半島に住み着いた。

ネアンデルタール人が三万年ほど前にいなくなってからは、現生人類だけとなり、二万四千年前、地域の乾燥化が始まるまでは、ここは肥沃な大地だったらしい。

一万五千年前にはアラビア半島の乾燥化が進み、一万年ほど前には現生人類の旧石器時代が始まる。このころの岩絵が、多くこの地で見つかっている。

紀元前四千年ほど前、初めてアラビア半島がメソポタミア文明やインダス文明との貿易を行っていた地域として文献に名が残る。ディルムン、と言った。シュメールの南東、アラビア半島が海に面した地域のうち、中東地域にペルシャ湾を挟んで近いほうだ。

シュメールなどの神話群のひとつとして出てくるディルムンは「太陽の昇る場所」や「生命に満ちた場所」と呼ばれていて、創世神話に登場したり、洪水神話ではウトナピシュティムが神々に永遠の命を授けられた場所としても登場したりする。土地の南風の女神、ニンリルもディルムンに住まいをもつ、とされていて。大いなるひとつの神さまという、三次元世界では無形無音の絶対的な存在を信じるひとびとの多い時代になる前は、豊富な神話の残る地域でもあったんだ。

ディルムンのもうすこし東の、古くはマガンと呼ばれていたところ。メソポタミア文明とインダス文明の交易中継点として栄えていたこの地……現在の名称を「アラブ首長国連邦」または「UAE」で、ドメインが「.ae」となるドバイ国際空港に、僕らの乗るメタルクラッド飛行船は到着した。

驚いたのは、アンドラ公国から飛んできて、ドバイに入る前にすこし見ることが出来たアラビア半島の沿岸部だ。カラカラに乾いた砂漠を想像していたのだけれど……意外なことに、海沿いを、森林もしくは草原か畑のようなところと分かるこんもりとした緑が覆っていた。

21世紀の中ごろまでには、それまでの伐採した量を上回る世界的な植樹、森林化の活動が地球の各地域で始まったと聞いたけれど。気候的には一段と厳しい砂漠地帯だったはずのこのアラビア半島も、比較的水の供給がしやすい海のそばは、ひとの手によって砂漠から森林へと模様替えをしたのかもしれない。

「楽しみだね、ジョニー! ドバイっていったら、屋内スキー場とか、スケートリンクとか、水族館が楽しめるショッピングモールがあるところだもんね」

僕の部屋に来て、いっしょに窓の外の景色を見ていた絵美が微笑んだ。

「いや……確かにそうなんだけど」

僕は、23世紀、現在のドバイに関するある情報が気になっていた。

21世紀の初めごろまでには超高層建築ビルの立ち並ぶ、世界有数の金融・観光都市として輝いていたドバイ。だけど、そのあとに気候変動と温暖化の影響が強く出て、もともと暑かった場所のこの街は、都市のヒートアイランド現象も重なり、建物の外では生活できないくらいになってしまったという。

コンクリート建築の寿命は100年ほど。それまでの近代建築の様式をもとに新しく高層ビルを作るときと、都市の運用とで発生する膨大なゴミとCO2排出量が問題視され、ドバイのひとびとは都市の再開発をあきらめた。歴史ある国際空港と点在する観光地だけを運営することにして、ひとびとが各地に移住していったのちは、ほとんどのビルが無人となったらしい。

「ドバイの、観光地以外のところはゴーストタウンだっていうじゃないか」

「えっ、そうなの!?」

「うん。100年以上前に捨てられた旧式の超高層ビルが見られるから、廃墟巡りをしたいひとにはいいかもしれないけど」

「そっか……。今の時代の主流は、木造建築だもんね」

絵美の言葉に、僕はうなずく。

コンクリート造りの超高層ビルを競って作るという時代は、それが土地の温暖化であるヒートアイランド現象の誘因、そして膨大なゴミとCO2の排出につながることを人類が悟った21世紀末には完全にストップした。

22世紀に入って、地球上の全ての森林の量を把握し、各地域で使用可能な材木の量をスーパーコンピューターで算出して用いられたのが、木造建築だ。

白アリがいたり、湿度の高かったりするところではボロボロになってしまうから使えないけれど、木材の耐用年数は、しっかりと保存していけばコンクリートの100年よりも長く使える場合もある。そして何よりもゴミやCO2の排出を少なく作れる。木材のための森林化をした地域は、森林によるCO2の吸収量を増やしながら、定期的な収入源ともなっていく。木材の弱点である耐火性に難のあることも、燃えにくく加工して克服できた。

仕事を得るために都市へ出る、というひとの流れも、現在僕らが使っている万能通信アイテム「コミュニ・クリスタル」の性能までにはならないけれど、ネットワークを介したリモートワークや、農業・林業のためのドローンやロボット、AIの運用が盛んになって、都会よりもむしろ田舎に仕事があるというのもざらになって止まった。

感染症のかかりやすい、密の地域であり、ヒートアイランド現象として人間が住めない高温のなかで暮らすということに耐えかねた都会のひとびとが、このドバイのように街を捨てて移住していくという選択をすることも増えた。

昔のSF作品によく出てくる、無人の街。23世紀に入ってみて、それはこうしてドバイのように、一部の機能を残して捨てられた街を幻視したのかもしれないと感じる。人類滅亡が理由なんかじゃなくて、本当に良かった。

「さあ、降りる準備をしなくっちゃ。廃墟でも僕は見てみたいけどね」

「うん。あたしも廃墟巡りをしてみたいし、今でもやってる屋内スキー場にも行ってみたいな」

「じゃあ、とりあえず暑さ対策はしていこう」

「うん」

そして、僕らふたりはメタルクラッド飛行船から、捨てられた都会のビルの群れを抜けて吹く灼熱の風の地、ドバイ国際空港に降り立った。

『アラブ首長国連邦へようこそ、ふたりとも』

僕らを迎えたのは、スズメのようなまだら柄の羽根を持つ青年だった。

「え、えっと……天使さま、ですよね、こんにちは」

絵美が恐縮する。

『こんにちは。私はジブリール。ガブリエル、のほうが有名かもしれませんね。これから儀式の場へとともに参りましょう。……ああ、でも、もちろんドバイ観光をあとで楽しむことは出来ますからね。よろしくお願い致します』

ジブリール! イスラム教の創始者、ムハンマドに神の言葉を渡したとされる天使だ。そんな存在が気さくに微笑んでいる。

「……よろしく、ジブリール」

僕もすこし気遅れしつつ、現れた伝説の天使に挨拶をした。

(続く)

次回予告

天使ジブリールに案内され、着いた儀式の場とは……。9月中旬の投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。

※ 今週分の「信長の大航海時代」は、今回のこの作品と代えさせて頂き、投稿をお休みと致します。ご了承くださいませ。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりハンク(HIRO)さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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