見出し画像

人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 七話「海坊主、恋に悩む」

登場人物紹介

織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人となって一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。

助左衛門(すけざえもん) 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。

六話のあらすじ

イエズス会の実力者、ルイス・フロイスの協力を得ることになった信長公。航海をするため、帆船を手に入れようと紀の国の海坊主に会いに行くことにしたのでした……。

七話

京の都から山を越えて数日。信長と弥助、そして人によって見えたり見えなかったりする不可思議な存在、天使ナナシと、ゴブリンのゴブ太郎は紀の国に入った。

紀の国のその地は、崖と、その上に木々が立ち並ぶ複雑な海岸線が続いていた。崖の中でも楽に降りられるところを探し、海辺に行くとそこには漁師がいた。信長が妖怪、海坊主のことを尋ねると。

「紀の国の海坊主の旦那。ほんなら、あそこや」

と、漁師は驚きもせず、その海辺の奥にある大きな洞くつの入り口を指さした。

「最近、旦那には悩みがあるそうやで」

「ふむ。悩みとな?」と、信長が興味深そうに聞く。

「恋煩(わずら)いや。海坊主の旦那、体が大きゅうても肝(きも)は小さいんやな、相手に言いだせんらしいわ。旅人さんとの話なら、良い方法が頭から出てくるかもしれへん。まあ、頑張っておくんなはれ」

そう、漁師には応援されたのだった。

海辺の崖下にある洞くつに入ると、悶々(もんもん)とした調子の唸り声が中から聞こえてくる。

「頼もう、頼もう。紀の国の海坊主殿とお見受けいたす。こちらは旅の者らにて、海坊主殿にお願いがあって参った所存!」

信長が大きな声で洞くつの奥にその妖怪を呼ぶと、ぼろぼろの黒い袈裟(けさ)をまとった巨躯(きょく)が現れた。

「なんだ、なんだぁ! おれは今、とても悩んでいるのだぁ!」

不機嫌そうに片方の拳を振り上げ、海坊主が叫ぶ。

「悩みとはまた、どのような。儂(わし)どもで良ければお聞かせ願えまいか?」

洞くつの高い天井に頭がつくほどの大きさをした海坊主にもまったく怯(ひる)むことなく、信長が告げた。

「なんぞぉ、旅人とやら。おれの悩みを聞いてくれるか!」

大きな目をかっと開き、海坊主は豪快に笑みを浮かべた。

「是非にも。儂らで出来ることであれば、解決致そう」

「……はぁっ。僧であるおれというものが、したり、お慕い申し上げる方が出来てしまったのだ……」

「恋のこと! ノッブ、それは世界のどこだって悩むことがある」

海坊主の話を聞いていた弥助も相づちを打つ。

「さようじゃな。海坊主殿、もう告白はされたのか?」

「いやいや! おれがお慕い申すは竜宮の豊玉姫(とよたまひめ)さまにて! 一介の僧のおれには身分違いも過ぎたところ。しかし言えぬ思いは積もりに積もり……どうしたものかとな」

「ふむ……ならば、手紙を届けてはいかがか?」

「……手紙だとぅ?」

「豊玉姫さまとて、心を尽くした言葉を乗せた手紙には、心を動かすこともあるのではないか? じかに物申すよりも奥ゆかしいと思うがのう」

「そうか。手紙か……! いいことを聞いたぞぅ! ならば旅人よ、おれは今から豊玉姫さまへの手紙を書く! 海の中を行ける羽織りをやるから、ついでに豊玉姫さまのもとへとその手紙を届けてはくれぬか? じかにおれが渡すのは、とても恥ずかしいゆえに」

「分かり申した。それでは、こちらの願いも言いまする。海坊主殿が海の底に持っている帆船を、ひとつ譲り受けたいのじゃが」

「心得た! 手紙を送り届けてくれたなら、唐船(からふね、中国の船)でも、南蛮の船でも好きなものを持って行け!」

「承知。では、儂らはしばし待つゆえ、存分に豊玉姫さまへの思いを書き綴りなされ」

「おう……!」

話はまとまり、海坊主はいそいそと洞くつの奥に入っていった。

「ハハハ、儂が海坊主殿の恋文を持って竜宮に行ける日が来るなど、思ってもみなかったわい!」

「ノッブ、良かった! すごくノッブが楽しそうだ!」

信長と弥助は笑い合い、海坊主の恋文が出来上がるのを待った。

「書けたぞぅ! 旅人よ、よろしく、よろしく頼むぞぅ!」

「任せておけ!」

信長は、自分と弥助のぶんの海中を行ける羽織りと、大切な恋文を預かった。

「天使ナナシ、そしてゴブ太郎よ。そなたらの羽織りは良いのか?」

『おいらたちは、何も無くてもどこへでも行けるヨ! わーいわーい、ノッブ、楽しいネ! どこへでも付いて行くから大丈夫!』

『……はい。わたくしたちは、公の手間にならぬように致しますよ』

「それは重畳(ちょうじょう)なことよ。ところで竜宮はいずこにか」

「おおう、海の中を南へ行け!」

海坊主がひどく曖昧な答えを返した。

『……まあまあ。そこは、わたくしが案内致しましょう。ここから海へ潜り、南にしばらく行った先にありますよ』

「ふむ、天使は物知りじゃのう。では出発致すとしよう!」

少年のようなワクワクと輝く瞳をして、羽織を着た信長を先頭に、同じく羽織りを着た弥助と、天使ナナシとゴブ太郎は、海へと入っていったのだった。

(続く)

※ 今回登場した、海坊主は日本の各地でさまざまなバリエーションを持って語り継がれてきた妖怪です。本来は海に浮かぶ船に大きな体で乗り込んできて、ときには沈めてしまい、ときには見逃す恐ろしい姿で伝説が残っていることが多いです。筆者は海坊主と言えば、シティーハンターというマンガ・アニメに登場した、主人公とライバル関係にある人物を連想してしまいます~。

次回予告

海中の竜宮へと着いた信長公は、女神、豊玉姫さまに手紙を渡します……。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりt.kobaさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?