人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 四十話「ファルソディオとの商談」
登場人物紹介
織田信長: みなさんご存知、尾張生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。
助左衛門: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋または呂宋助左衛門。
ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。
天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。
三十九話のあらすじ
澳門の港で、海の女神媽祖さまと、聖アントニオ氏に迎え入れられた信長公たち一行は、聖パウロ天主堂にて権勢をふるっているファルソディオをなんとかしてほしい、と依頼されます。一行は市場にいるエセ司祭と商人を兼ねた男、ファルソディオのところへ、下調べを兼ねて船の商品である焼き物と扇とをもって訪れたのでした。彼の鑑定結果は……。
四十話
「奴隷ふぜいが汚い手で触りやがった品物か、まったく」
市場の一角、ビロードの天幕の垂れた小屋のなかに一行を入れたファルソディオは、特上の焼き物を渡した弥助に侮蔑の視線を向けた。ぞんざいな態度で受け取ったその焼き物の器は、信長の弟、のちの織田有楽斎となる長益が美濃の地で入手した貴重な志野茶碗だ。明るい桃色を主体としたもので、海外のひとびとにもこれならば受け入れられるのではないか、と信長がこころを込めて選んだ一品だ。
「はっ、ここの陶磁器に比べりゃずいぶん地味だな? 繊細な絵だとか模様もないし、いかにも田舎者の好みそうなやつだ。……ふむ」
口ではそう言いつつも、鑑定を行うファルソディオの目は次第に真剣になってゆく。
「なかなか良い……いや、こ、こんなものに大した値は付けられないぞ、銀一枚で引き取ってやる」
「銀一枚!」
ジョアンはそれを聞いてあきれた顔になった。
「ファルソディオさんはほんとの商売をなさる方なんですか? 日の本ではこの茶器ひとつで、小さなお城が買えるくらいの価値があるんです」
「こんな変わったものにか? 日の本の人間こそ、バカだからそんな値段を付けるのだろう」
「それにしても、銀一枚なんて!」
ジョアンはおおげさにため息をついてみせた。
「……蘭丸よ、ファルソディオは何と言ったのじゃ?」
信長がこそっと、尋ねる。
「お城を買えるこの名器を、銀一枚だそうです」
「なんと……足元を見おってからに」
「まあ、土地がこんなに違うさかい、そういう人間もおるやろ。ジョアン、良ければ俺に代わってくれや」
「……助左くん? うん、分かったよ」
ジョアンは頷いて、助左衛門とファルソディオのあいだを取り持った。
「ファルソディオさん。こちらの奴隷は、よく日の本の商売に通じております。すこしお話をさせてもよろしいでしょうか?」
「ふん……いいだろう、なんだ?」
「いやー、ファルソディオさまは見る目が肥えてはりますな! さすがや」
助左衛門は、堺の街で覚えた、すこしなまったポルトガル語でファルソディオに話しかけた。もみ手をして、全面的にこの偽司祭をヨイショする気に満ちている。
「……ふむ、わきまえているやつだな」
ファルソディオがすこし口角を上げた。
「ええ、ええ、そんなご立派なファルソディオさまやし、たくさんお金はお持ちのはずでっせ! こない豪勢できれいなビロードのかかった小屋に、たくさんのご家来衆を抱えた、そんなお方が銀一枚! どういう風の吹き回しでっしゃろ?」
助左衛門がたたみかける。
「ふ、ふん、奇妙な色のこんな茶碗には、銀一枚で十分だろう……確かに、すこしは見るところがあるかもしれんが」
雰囲気に流されて、ファルソディオがすこし譲歩する。
「せやせや。どこかの地で、大金に大化けするかもしれまへんで~?」
「……確かにな。日の本の奴隷よ、名は何という? 聞いてやろう」
ファルソディオの興味は、堺の少年商人に向いたようだ。
「助左衛門、言いまっせ。よろしゅうお頼みします」
助左衛門はペコリと頭を下げた。
「スケザーエモンか……。お前も何か持っているようだな? 見せてみろ」
「スケザでええでっせ。俺の持つこの品はですな、扇と言いますねん」
助左衛門は、ファルソディオの前で扇をパチリと開き、はたはたとすこし仰いで実演をしてみせた。
「おお、珍しい、面白い品だな」
ファルソディオが興味を持つ。
「日の本は、確かにこの明のお国や、鉄砲だとかを遠くの地から運んでこられるポルトガルのお国と比べたら田舎ですやん。せやけど、その日の本にも一応、お貴族はんもおられますねん。そのお貴族はんがよくお使いにならはる、極上の品物でっせ~」
「おお……道理で、さっきの茶碗と違って、雅な感じがすると思ったぞ」
ファルソディオの目は珍しい扇にくぎ付けだ。
「どうでっしゃろ? 日の本以外にはないこの扇、いいお値段で買うてくれまへんやろか」
助左衛門がお願いすると、ファルソディオは「よし、いいだろう!」と告げて、破格の金の価格を口にした。
「どっひゃあ! えらいお方や、ファルソディオはんは! さすがやで。まいどおおきに~!」
助左衛門が大きな声で礼を述べた。
「……どうなったのじゃ? 商談が進んでいるようじゃのう」と信長。
「助左のおかげで、高く売れたんだ、ノッブ」
弥助がそっと問いに答えた。
気を良くしたファルソディオが豪快に笑ったあとで、ジョアンを見た。
「……ありがとうございます、ファルソディオさん」
ジョアンも礼を口にする。
「ふむ、良い奴隷を持っているな、少年よ」
ファルソディオは、見直したぞ、と付け加えた。
「俺はこれから、聖パウロ天主堂でも仕事をする。司祭でもあるからな。良かったらそれを見ていくか?」
「……彼らにぜひ見せてあげてください、ファルソディオさま。僕からもお願いします」
アントニオが、そっと口添えをして、一行は黒い翼の悪魔たちが外に舞うあの聖パウロ天主堂の中の様子を見に行くことになったのだった。
(続く)
次回予告
いよいよ聖パウロ天主堂へ、一行は潜入します。
どうぞ、お楽しみに~。
これまでのあらすじとリンクはこちら↓
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりこうさかしんやさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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