創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」27話 恋人たちはノマド .ad(アンドラ公国4)
26話のあらすじ
アンドラ公国の守護者(ガーディアン)は真っ白な子羊だった。新しく誕生した彼、アンドラさんとともに、ジョニーと絵美は昼食会に招かれた。
27話
場所: 地球、アンドラ公国(ドメイン .ad)
記録者: 絵美(エミ) マイジェンダー: やや女性 19才
出身地: 日本 趣味: ネコとたわむれること
ジョニーとあたしが案内された食堂は、小さいけれど昔ながらのメリチェイのひとびとがやってきた小奇麗なところで、清潔なテーブルクロスの上には綺麗なお花が飾ってあった。
「さあどうぞどうぞママ・マリア、子羊アンドラ。そしてジョニーさん、絵美さん」
メリチェイ教会の神父さんにうながされて、アンドラさんは、三次元世界に物質化をして特別仕様の子ども用の高い椅子に。ジョニーとあたしはその横の椅子に座った。ママ・マリアはその近くにホログラフの姿でふわりと浮かんでいる。
『ありがとうメェ~』
アンドラさんが、すこし微笑んだ様子で神父さんにお礼を言った。
「さて、何をお話して頂きましょうかな……やはり、火星滞在経験のあるおふたりの、自然創生コロニーでのことをぜひお願いしたいですなあ」
「そうですね……コロニーには個人用のドームホームという、庭付の個室みたいな狭いところと、数十人が暮らせる規模の共用コロニーがあるんですけど。ここに飾ってあるお花のような、花が咲く多彩な植物と言うのはまだまだ僕らがいた古い自然創生コロニー群には少なくて。共用コロニーでわずかに咲く数種類の花の種をもらって、ドームホームの庭に撒いて育てるんです。地球の生物に適した重力と大気、人工太陽の光の調整とか、庭に降る人工雨による水やりの管理とかは、AIがすべてやってくれます。僕らはドームホームのなかで、機器の異常や、一部の昆虫や小さな生き物たちが急に異常発生したときの対処なんかをやります。ちょっとかわいそうではありますけど」
ジョニーが火星での体験を語る。
「食事はどうなのですか?」
「あたしたち人間という生き物は、バランスのいい食事をしないと体が弱ってしまうので、そこは一番火星での生活では気を付けました! ドームホームに常備薬はありますし、共用コロニーにも必ずドクターはいて、コミュニ・クリスタルで通信しながら体調とメンタルヘルスの診察を受けたり、病気になってもそれを治癒する神さまがたに頼ったりすることはできるんですけど、大きな手術とかは共用コロニーに行かないと無理なので。ドームホームでケガも病気もなく健康に暮らすということが、火星滞在者は一番の目的になるんです。あたしの故郷の言葉で医食同源、食べ物は薬という考え方がありまして。健康的にナッツとか植物性疑似肉、綺麗な環境で育った昆虫でたんぱく質をとって、野菜をたくさん食べることをしてました。あたしはごくたまに高級食品のお肉のなかで、共用コロニーのパークエリアという自然創生をしているところに育てられているうちの国の淡水魚、アマゴを食べるのが楽しみでした」
「ほうほう。では、今からお出しするアンドラの料理、トリンチャットも火星では高級食材なのかもしれませんな。はっはっは」
「ふふ、そうかもしれません」
「はい、きっとそうですよ。あははっ」
ジョニーとあたしと神父さんは愉快な気持ちで笑い合った。食堂のひとが、出来上がったばかりの料理をあたしたちの前に運んできてくれる。ん……?緑色をした、ハンバーグ??
「こちらがそのトリンチャットです」
食堂のひとがニコニコして皿を並べながら、そう告げた。
「え……植物性のハンバーグ、ですか?」
「まあ、そんな感じですね。茹(ゆ)でてマッシュしたポテトと、これまた茹でたキャベツ、そしてベーコンを混ぜたものを丸い形にするんです。アレンジしたければさらにちょっとしょっぱいもの、チーズなんかをアクセントで混ぜるとさらにおいしくなります。あとはハンバーグと同じで、焼くだけです。うちのはナチュラルチーズをすこし、入れていますね」
「うわぁ! ベーコン! ナチュラルチーズ! そんなお高いものをっ」
あたしはそれを聞いただけでおなかがグウグウ鳴りそうだった。
「さあどうぞ、召し上がれ」
「はい、この食事に感謝致します! アーメン」とジョニーが食前の祈りを捧げた。三年前、感染症にかかってしまい、危篤の状態にあった親御さんたちをアマビエさま、スサノオノミコトさま、ラファエルさまに救ってもらってから、ジョニーはだいぶ神さまがたに対しては真摯な態度になったみたい。
「アーメン」と、神父さんも十字を切った。
『ふふ。我が子イエスやわたしを通して大いなるひとつの神さまに皆からそう祈られるところを見ているのも不思議なものね』
ママ・マリアが優しく微笑んだ。
「いただきまーす!」と、あたしも両手を合わせて食事をいただけることに感謝した。
というか、火星滞在経験者から言わせてもらうと、ベーコンというお肉、ナチュラルチーズという乳製品が入ったこの料理は、地球でも都会のレストランじゃ極上メニューになるし、火星の生活じゃあ共用コロニーのパサージュエリアにある高級レストランに行ったって食べられるものじゃないもん! ものすごーく、あたしはうれしい!
「……ささやかな素食ではありますが……」と神父さん。
「ええ!? こんな高級食材、それは謙遜にもほどがありますよ神父さん」
ジョニーが驚く。
「そうなのですか? どれもアンドラで昔から入手できるふつうものを使っておるのですが」
「わぁ……アンドラって、食べ物にそんなに恵まれているところなんですね」
23世紀の現在、地球の気候は200年前の異常気象が続いて暑すぎる夏というか熱波がしょっちゅう各地を襲っていたころよりは安定しているとはいえ、人が住むには限度を超えた過酷な地域もまだまだ残っていたりする。次に訪れる予定の「.ae」であるアラブ首長国連邦の周りの地域なんかは昔から砂漠が多いところっていうイメージがあるし、そのあたりで信仰されているイスラム教は豚さんのお肉を食べないからベーコンはきっと出てこないよね。地域によって「ふつう」って変わるから、面白いね。
「さあどうぞ、アンドラのトリンチャットを温かいうちに召し上がってください」
「はーい」
ジョニーとあたしは、さっそくフォークとナイフを動かして、緑色のハンバーグ、トリンチャットを口にした。うん。ポテトとキャベツの野菜感のなかに、しょっぱいベーコンとナチュラルチーズが淡いアクセントになってて、素朴だけどすごくおいしい。
「おいしいね、地球に帰って来て良かったね、ジョニー」
「本当だ」
「この取り合わせだったら、食材を揃えるのにちょっとお値段は張るけど自分でも作れそう」
「……そうですな。ぜひ、我が国のトリンチャットの作り方を覚えて、次の地へと旅立って行ってください、ジョニーさん、絵美さん」
「はーい」
『良かったメェ、羊のラム肉とかが出てきたら、何の嫌がらせかと思うところだったメェ~』
静かにしていたアンドラさんがぽつりとつぶやいて、あたしたちと神父さん、そして周りのひとびとに笑いが広がっていった。
素敵な食事と語らいの時間は終わり、あたしたちはママ・マリアとアンドラさん、そして神父さんと、ガーディアンの誕生を見守りに来たひとびとに見送られてメリチェイをあとにした。
『お疲れさま、ジョニー、絵美』とママ・マリアからねぎらいの言葉を頂く。
『またいつでも遊びに来るメェ~』
「うん! そのときはまた、本場のトリンチャットを食べに来るよ。ね、絵美」
「そうだね! アンドラさんも元気でね」
『ぼくらガーディアンは土地神だもの、病気はしないメェ~』
「あはは、それもそうか! じゃあ、またいつか」
これ以上いると切なくなっちゃうので、あたしたちは元気よくさよならをした。
アンドラ公国の首都アンドラ・ラ・ベリャに戻り、ヘリポートに係留されているメタルクラッド飛行船に帰ろうとすると、ジョニーが「ちょっと待って。郵便局に行ってくる」と告げた。
「あれ? コミュニ・クリスタルでの通信じゃなくて、手紙? ジョニー」
「うん。故郷のイギリスが近いから、ハガキを出して来ようと思って。アンドラ公国の景色を撮った写真か、自然を描いたイラストのやつがあれば買って、記念ハガキでの現況報告をマッシモさんとうちの両親にしておこうと思うんだ」
「そっかあ。いいと思うよ! じゃあ、あたしはアンドラ・ラ・ベリャのどこかで売っているっていうネコ用のナチュラルジャーキーをおみやげに買って、飛行船に帰ってキャシーちゃんとタマの相手をしてるよ」
「うん。またあとで」
「じゃあねー」
二手に分かれたあたしたちは、アンドラ・ラ・ベリャの散策を兼ねたお買い物に行くことになった。万能通信アイテムとしてのコミュニ・クリスタルを使えば、初めての場所でも目的のお店に行くことは難しくない。
山あいの街をぶらりと歩いて、ネコ用のナチュラルジャーキーを手に入れたあたしは、メタルクラッド飛行船に戻った。ネコ用ルームで待っていてくれたジョニーの飼いネコ、キャシーちゃんとうちのタマにさっそくおみやげをあげる。
「ニャア」
「にゃーん」
二匹のネコたちは、とてもうれしそうにナチュラルジャーキーにかぶりついた。全部あげちゃうとジョニーのネコたちとの憩いの時間を奪うことになっちゃうから、あげるナチュラルジャーキーはほんのちょっと。ごめんね、タマ。キャシーちゃん。
アンドラ公国の美しい山々の景色、厳かな教会でのアンドラさんの誕生、メリチェイの温かなひとびととの食事と語らい。そして仕事を終えたあとの、この可愛いネコたちとのたわむれの時間! 最高だね。
次の滞在地「.ae」の、アラブ首長国連邦はいったいどんなところなんだろう? 守護者、ガーディアンはどんな存在が現れてくるんだろう。ジョニーの帰りを待ちながら、あたしはワクワクとした思いを馳せたのだった。
しばらくして、メタルクラッド飛行船のネコ用ルームにジョニーがやって来た。
「お帰りジョニー! はい、これはジョニーのぶんのナチュラルジャーキー」
「ありがとう、絵美。……仕事終わりのキス、してもいい?」
「うん。やっとふたりの時間が取れたね」
あたしたちは、ネコ用ルームに人の気配がないのを確認して、お互いの唇をそっと寄せ合った。
「ニャゴ」
「んにゃあ」
お熱いねえ、とでも言いたそうに、足元でキャシーちゃんとタマが鳴いた。
(続く)
次回予告
ジョニーから元気そうな記念ハガキの便りを受け取った支援団体職員マッシモは、それを持ってジョニーの両親ザックとナターシャのところへ行った……。7月中旬ごろの投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりkokosさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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