人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 二話「信長公、第二の人生を選ぶ」
登場人物紹介
織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人となって一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。
助左衛門(すけざえもん) 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。
一話のあらすじ
本能寺の変で、燃え盛る火のなか死を意識したとき、ひとりの天使が現れ、改めて生きてみないか? と信長に語りかけたのでした。
二話
「……して、改めて生きるとは?」
『あなたはこれまでに、数多くのひとびとを死なせました。裏切った者は見せしめに頭蓋骨に金銀を塗って盃にしたり、最愛の家族をあえて殺させたり。戦国の世がそのようなものとは言え、大きな殺戮(さつりく)の流れにあなたも飲まれてしまいました。……その結果が、この本能寺です』
「……確かにな。寺を焼きもした。儂(わし)が行く先は地獄と心得ておる。極楽だの、天国だのがふさわしい人間ではない」
『……それでも思い出してください、公。太平の世を望み、戦乱の世を切り開いてきたのもあなたです。平定まで今すこしのところであなたは討たれましたが、この先は誰かが太平の世を築かんとすることでしょう。あなたの武将としての役割は完了したのです』
「……そうだな。残念だが、この兵の襲撃で儂と我が一族の時代は終わったと見える。十兵衛がこのまま成り替わるか、ほかの家臣の者が引き継ぐか。儂は討たれた。それも定めだろうて」
『武将としての、あなたは終わった。わたくしはそう言いました。というのは、これから第二の人生を、あなたに楽しんでもらいたく、ここへやって来たのです』
「……楽しむ?」
信長はいぶかしんだ。人生が楽しいと思えたのは、尾張で大うつけと呼ばれていたころくらいだったかもしれない。気楽に馬を走らせ、ひとり遊びに出られたころが懐かしい。父が死んだそのあとは、家臣の平手の爺やが切腹し、弟をも討った。これらの出来事は信長の心を今でも苦しめることがある。
「……こんな狭い国はいやじゃ。聞けば世界は丸いという。ならば、出来るだけ遠い国をこの目で見てみたい。若いころからそう思っていたのう」
『今から、それを叶えますと言ったら、どうですか?』
「……なんと?」
『あれをご覧ください、公』
天使ナナシは、炎の先を指さした。火が分かたれ、その先に敵兵を相手に大きな槍をふるう男が見えた。
「弥助……!」
信長は叫んだ。
背の高い、黒人侍の弥助だ。信長がことのほか気に入り、蘭丸とともに、常に側に置いて可愛がっていた。本能寺の変のこのときも、まるで弁慶のようないで立ちで、弥助は今、光秀の兵を薙ぎ払っている。
『……武将としてのあなたはここで死んでください、公。これからは、一介の市井の者として彼を、アフリカへ帰してはくれませんか?』
「アフリカとな……!? 明の向こう、天竺(てんじく)のその向こうにあるという大地か」
『はい。……公、あなたなら、現世とすこしちがうこの世界を、きっと渡り歩いてゆけるはずです』
「……すこし、ちがう?」
『私たちが在る世界、ということです』
「なんと。若き頃、尾張の地の蛇池(じゃいけ)で、大蛇が出ると言うので調べに行ったことがあるが、結局何も見つからずじまいで面白くもなかったがのう。ここに来て出くわすとな、はっはっは!」
信長は腹から笑い声をあげた。
『……神や悪魔や天使。精霊、妖精、妖怪。そのような者たちがひしめくこちら側へようこそ、公。どうぞ、そのなかで彼、弥助をアフリカへ帰してあげてください。それが叶うならば、第二の生を約束致しましょう』
「あいわかった!」
信長の瞳は、かつての少年時代のように輝いていた。
「武将の儂は、ここで死ぬ! 弥助を救うとしようぞ」
『……契約は成立しました。公、お手を』
天使ナナシは、手を差し出した。信長が触れると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。連れられて、本能寺の建物の壁をするりとふたりの体が通り抜けていく。
「これは驚いた……!」
『ひとまず、近くの教会に向かいます』
天使ナナシは信長を連れて、夜明けの空を飛んで行った。
(続く)
※ 信長公が話している「蛇池」は、現在の愛知県名古屋市西区にある池です。大きな蛇が出ると言うので、噂を聞きつけた若き日の信長公は、周辺の村人達に池の水を全て汲み出すように命令しましたが幾ら汲んでも水は無くならず、自ら池の中に潜って大蛇を探したものの見つけることが出来ません。更に水練の達者な鵜左衛門と言う男にも探させたがやはり見つけられなかったため、とうとう諦めたと言うお話が「信長公記」に残っています。
現在は蛇池神社、正式名は龍神社が建っていて、明治42年(1909年)に40日間も続いた干ばつの際、光通寺の住職が雨乞いをするとその大願当日に雨が降り、村人たちが龍神さまに感謝をして建物を捧げたそうです。「蛇池千本桜」として桜の名所としても親しまれてきましたが、先の東海豪雨により木々が傷んで伐採されました。近年、新たな桜の木を植えてすこしづつ、かつての名所の姿を取り戻しつつあるそうです。
この蛇池神社は櫃(ひつ)流しという神事が毎年4月第2日曜日に行われていて、由来が残っています。惣右衛門という人の妻が、子供達にいじめられている小蛇を助けたあと産後の肥立ちが悪く幼い子供を残して死んでしまったところ龍神さまが乳母となって残された子を育て、これを知った惣右衛門が、御礼として池に赤飯を流したというお話です。龍神さまへの感謝の念が、お櫃に赤飯を入れて池に捧げるという神事になって今に伝わります。
次回予告
三話は、弥助を捕まえたものの、国際問題だよ……と悩む明智光秀と弥助解放に至るまでのお話を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりsweet*basilさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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