創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」33話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦5)
32話のあらすじ
世界樹ビルの最上階で目覚めたアラブ首長国連邦の新たな守護者、火星探査機のアル・アマル。彼は世界樹ビルのオリハルコン・フラワーという、空気中の水を金属冷却によって取り込む装置が開くところを見せたいと言う。ジョニーと絵美は大天使ジブリールに空を飛ばせてもらい、ビルのさらに上空から、美しい金属の花が開くところを見ることができたのだった。
33話
場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)
記録者: ジョニー マイジェンダー: やや男性 18才
出身地: ブリテン 趣味: ネコとたわむれること
僕と絵美、そして新しいアラブ首長国連邦のガーディアン、21世紀の火星探査機アル・アマル、大天使のジブリ―ルは、一緒に自動運転車へ乗り込んで、火星の滞在経験者である僕らや、アル・アマルとの対話を楽しみにしている子どもたちが待つドバイの街へと戻ってきた。
100年以上昔に捨てられた、ビルの廃墟の群れのなかにぽつりと残ったその施設は、エミレーツモール。大きなショッピングセンターと、屋上にスキー・ドバイという大きなドームの人工雪のスキー場がある建物だ。ここには電気も水道もまだ通っていて、多くの人々が雪の降らないドバイでスキーを楽しむその雪原に、来て僕らの話をほしいとのことだった。
「ジョニー! 息が白くなるね」
スキー場のふもとへと到着し、寒さ対策としてモコモコのスキーウェアを身に着けた絵美が、呼吸をすると白い湯気が出ていくのを見て笑った。この土地の文化と伝統を尊重して、頭部にはスカーフを巻いて髪を隠している。いつもの絵美と違ってエキゾチックで、その姿も可愛いなと思う。
「あなたの心に平安あれ!」
ゲレンデの一角に子どもたちが集まっていて、僕らが歩いていくと一斉に挨拶の声があがった。
「ハロー、アラブ首長国連邦の子どもたち」と僕も挨拶を返した。
「こんにちは、あたしは絵美! よろしくね」
絵美もニコニコと笑った。
集まる場所はこのスキーゲレンデのふもとだったけど、さすがにここで歯をカチカチ言わせながら震えて火星体験を語るわけはない。子どもたちを連れて、話を伝えるための会場となっているレストランへ入った。みんなが着席したのを見て、僕は尋ねてみた。
「みんな、コミュニ・クリスタルは持っているかい?」
「はーい!」
口々に、元気な声がする。ひとりの女の子が、興味津々と言った目でアル・アマルを見ている。
「ようこそ、わたしたちの守護者、天使アル・アマルさま!」
女の子が言うと、アル・アマルはピピッ、とどこか懐かしい音をたてて答えた。
『アッサラームアライクム』
アル・アマルの機械音に近い声がする。
「21世紀の火星はどんなところでしたか? 回収されずに、捨てられちゃうかもって思ったりはしませんでしたか? ロボットが守護者になるって、どんなお気持ちですか? それと、それと……」
女の子は、アル・アマルに聞きたいことが山ほどあるみたいだ。
『まあまあ、落ち着いてクダサイ。ひとつめの質問にお答えいたしマス。21世紀の火星はどんなところか? そのデータとしては、画像が残っていマス。同志のパーサヴィアランス、パーシーは音声も記録しまシタ。同志キュリオシティの映像もともに、披露しまショウ』
コミュニ・クリスタルを通して、21世紀の火星の映像と音声がレストランの空間に再生される。わあ、と子どもたちのあいだに歓声があがった。
そうか、21世紀と言えばまだ、地球上で軍事的な競争の意識が残っていて。ひとつの国の火星探査機や、宇宙空間に出ていく探査機や衛星は国家機密なことも多かったり、能力はどの機械が一番なのかを比べたりしていたんだっけ。
23世紀の今はほとんど戦争がなく、軍事組織は各地の世界的な気候変動による水不足、洪水、タイフーンやハリケーン、干ばつ、大規模な山火事などの自然災害に対応したり、その影響で起こる食糧難や感染症などの病気の対応をしたり、森林の違法伐採や希少生物に群がる無法者の取り締まり、海洋の密漁摘発などを行って国際的な犯罪を防ぐためのケアパワーズへと変わったグループが協力してことに当たるようになっている。だから、火星の数十人が住める大規模な共用コロニーも、世界中の国や地域が協力して作成する。個人コロニーのドームホームに至っては、民間事業でもって開発されているところもある。まあ、21世紀でもほんのすこしの宇宙旅行なら民間の会社がひとを運ぶ機械を作って多様なひとを連れていけるようになっていたから、時代の流れだ。
『ふたつめの質問。回収されずに捨てられたらどうしようと思ッタカ? あのころは、無数のスペースデブリ、宇宙ゴミが地球の空に浮いていましたカラ、私は火星の数少ない宇宙ゴミになるのだと思ッていマシタ。21世紀の中ごろ、地球でもスペースデブリの回収事業が始マリ、その流れでゴミにはならずに済みマシタ。世界樹ビルの屋上に置かれたのは、光栄なことデシタ』
「わたしたちアラブ首長国連邦の初の探査機が、ちゃんと戻って来てくれてとてもうれしいです」と女の子が微笑む。
『それはありがとうございマス、お嬢サン。こうして私アル・アマルと、お嬢サンが出会えタノハ、先のひとびとの技術と努力と、運とのおかげデスネ』
「ロボットでも、運を感じるの?」
『もしも昔の映画のように、おおきな隕石が地球に降っても、もしくは火星の私アル・アマルにちいさな石がぶつかっても、どちらも大破してしまいますカラ』
「そう、地球も火星のコロニーも人が住めるところとして在るということ自体が、不思議な運の賜物だよね。宇宙空間は生命のいられるところじゃないもの」
うんうん、と絵美がうなずいた。
『みっつめの質問にお答えいたしマス。ロボットが守護者、ガーディアンになる。これはとてもとても光栄なことデス。これまでにただのゴミの残骸として扱われデブリとなっていった衛星やロケットたち、含めれば地雷やミサイルや核爆弾、自立兵器、戦闘ドローンのような、大きく地球と生きものと、ひとびとの脅威としてしか役割を与えられなかった道具たちの無念を思えば、ひとびとへの力となる存在として認められた証がこの私アル・アマルですカラ』
……今でも地球の空はゴミだらけで、絵美のお姉さんも自宅からリモートワークでそのデブリを回収する仕事に付いた、と聞いている。昔の人間たちは山も海も川も空までも汚して、なんてバカだったんだと腹が立つこともあるけれど、僕もその人類の子孫なんだから、なんとかやっていくしかない。火星の共用コロニーも個人コロニーもゴミをまったく出さない、完全な循環のシステムとなっているから、それはすこしの救いでもある。
「ジョニーさん、絵美さん! ぼくらに火星滞在のおはなしを聞かせてください」
今度は、男の子が目をきらきらと輝かせて聞いてくる。
「そうだね、じゃあ火星の共用コロニーで、ふだん食べているものについてでも話そうかな?」
僕は、そうして鉄板の話題となりつつある、高級レストランのゆで卵の話を始めることにする。
火星から帰還した僕らを、そばに浮遊した大天使ジブリ―ルがそっと優しく見ていてくれた。
(続く)
※ パーサヴィアランスは「忍耐」を意味し、NASAの「マーズ2020」ミッションにて、2020年7月30日に打ち上げられ、今年の2月18日に火星の大地で稼働を確認できたマーズ・ローバー(火星探査車)です。合計19台のカメラとふたつのマイク、小型ヘリコプターを搭載し、現在も任務遂行中です。
※ キュリオシティは「好奇心」を意味する、NASAの火星探査を引き受け、その地上で過去と現在において生命の可能性を探るミッションを遂行中のローバーで、2011年11月26日に地球から打ち上げられ、2012年8月6日に火星へと降り立ちました。調査用のガスや大気を分析する装置、赤外線レーザーを使って土壌や岩の表面を蒸発させ、調査する装置、カメラなどが搭載されています。
次回予告
ジョニーと絵美は、子どもたちといっしょにレストランでドバイの食べ物を楽しみます。1月中旬の投稿を予定しています。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりやまざきももこさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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