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【掌編小説】宇迦さまのお米

米農家のヤスオさんは困っていた。

2023年の猛暑はお米にも厳しく、27度以上の高温が続くと出てしまう大量の白未熟米。

それがヤスオさんの田んぼにも出た。味にはそれほど問題がないものの、形や色のことでとんでもない安値になってしまうのだ。

「困ったな……なんとかならないだろうか」

ヤスオさんは地域の神社の赤い鳥居をくぐり、お稲荷さん、宇迦之御魂神うかのみたまのかみに手を合わせた。

お稲荷さんは名前の通り、稲、五穀豊穣の神さまだ。何かご加護があるかもしれない、とヤスオさんは願った。

『コン、コン、こんにちは。お困りですね?』

小さな社からスッと現れたのは、狐のお面を被った童子だった。その不思議さに驚くより、ヤスオさんはわらにもすがる気持ちになって打ち明けた。

「みんな、今年はお米の白未熟米が出て困ってます。せっかく丹精込めて収穫までこぎつけたのに」
『コン、コン、ものは考えようですよ』
「……どうすれば?」
『味に問題ないものを、等級を付けて安く買い叩く仕組みがそうさせるのなら、クラウドファンディングを使えばいいではありませんか』
「クラウドファンディング……」
『見栄えは悪くてもおいしいお米を、ほんのすこし安く買って、食べたい応援者はいるはずです。日本にも、世界にも。そもそも、この暑さになんとか実りを迎えることの出来た食べ物を、見栄えで良さを決めるなど、同じ美味しさで腹に入れば同じものでしょうに』

コン、とすこし怒ったようにひと鳴きして、童子は姿をいつの間にか消した。

クラウドファンディング。神さまは新しいこともよく知っていると感心したヤスオさんは、宇迦之御魂神は商売繁盛の神さまでもあることを、ふと思い出した。

……やってみるか。

ヤスオさんは腹をくくった。

そのあと、親戚の子どもやら孫やらに相談をして、クラウドファンディングをしてみたところ。

応援をしたいひとびととのやり取りが成立し、収穫した白未熟米は無事、ひとびととのお腹に美味しく入っていった。

宇迦之御魂米、と名付けるかな……。それで宇迦之御魂おむすびもいい。

白未熟米や斑点米、という、味にはまったく問題なくはじかれて格安になってしまうお米。

きちんと適正価格に、ひとびとのお腹に美味しく入れてもらう方法を、ヤスオさんも考え始めた。

稲穂の刈り取られた跡が残る田んぼの上に、トンボが飛んでいく。どこかでコーン、と嬉しそうなあの童子の声が、響いた気がした。

(了、1000字)




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