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人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 三十七話「マカオへの入港」

登場人物紹介

織田信長おだのぶなが: みなさんご存知、尾張おわり生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人、一介の冒険商人「小田信春おだのぶはる)」と名乗り一番のお気に入りだった黒人侍弥助やすけをアフリカへ送り届ける旅を始める。

弥助やすけ: 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともにつ。

ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。愛称「蘭丸」の名で呼ばれる。

助左衛門すけざえもん: 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久いまいそうきゅうの弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋なやまたは呂宋るそん助左衛門。

ゴブ太郎: ひとに化けて船に乗っているうちに、日本へ迷い込んできた妖精のゴブリン。信長に「ゴブ太郎」の名をもらい、ともに旅をすることに。

天使ナナシ: 本能寺で信長を救い、その後も旅を見守って同行する天使。

三十六話のあらすじ

老婆ソルムンデの屋敷に招かれ、久しぶりの揺れない床で眠れる機会を得られた信長公一行がはしゃいでいると、夜の訪問者が訪れます。それは、ソルムンデの五百人の息子の代表でオ・シンという、李朝りちょう(李氏朝鮮)にて、かの地の神、檀君王に仕えて働く済州島ちぇじゅとうの神の一柱でした。公とオ・シンは夜の酒を酌み交わし、互いにいつか李朝の地で会えることを期待して、宴は終わります。そして、老婆とオ・シンの見送りを受けながら、公たちは澳門マカオへと向かうのでした。

三十七話

西江せいこうは大陸の長江ちょうこう黄河こうがに続く三番目の長さを誇る大きな河川だ。はるかに西の、森林に囲まれた山から流れ、いくつかの支流と合流して最後に大陸の東岸にたどり着く。その河口に1557年、新しくポルトガルの居留地として認められた場所が澳門マカオだ。日の本では弘治こうじ3年、正親町おおぎまち天皇の御代みよの時で、第三次川中島かわなかじまの合戦にて、上杉謙信と武田信玄が激突した年でもある。

ポルトガル人がこの地に船で初上陸したとき、現地の漁師に地名を尋ねたところ、漁師たちは海の女神である媽祖まそびょうのことだと考えて、女神をまつった場所「媽閣マカウ」と答えた。そのことが地名その澳門マカオとなっていったと伝わる。

この地を拠点とするために、現地の役人にワイロを渡したり、海賊を退治したりしてポルトガル人たちは居留を明の国に認めさせた。媽祖を始めとした、現地の土地の神々や阿弥陀如来などを祀る「媽閣」はそのままに、1558年からポルトガルの国の守護聖人である聖アントニオ教会や、1569年には慈善と救済活動を担う仁慈堂じんじどうを建て始め、周りに城壁や砲台を築いた。その後、1580年には小高い丘の上に威風堂々とした西洋建築様式の聖パウロ天主堂を建て、イエズス会とポルトガル商人たちの、東洋での活動の場のひとつとなったのである。

西洋キャラック帆船「濃姫号」が入港したのは、夕方だった。小高い丘の上に、当時の教会建築の威圧をともなった立派さをもつ聖パウロ天主堂が、遠くからでもよく分かる。ポルトガルの寄港地、澳門マカオに到着し、怪しまれないように船長の役目をふたたび仮初かりそめに担った少年ジョアンが、イエズス会の宣教師ルイス・フロイスから受け取った書類を港の者に渡し、すんなりと通った。

「うまくいきましたね、上様」

港に船を留めることができて、ジョアンはほっと息をついた。

「そうじゃのう。……しかし、あの丘の上に威張りくさったように建っているゴテゴテとしたものは何かの?」

『聖パウロ天主堂ですよ、公』

天使ナナシが羽根をはばたかせて側に降りてくると、その名を告げた。

「おや、なんや、その天主堂とやらにけったいな怪物がいてはるで、信春はん」

望遠鏡をのぞいていた助左衛門が、ボソリと信長へ報告する。望遠鏡を受け取り、信長もその異様さを目にした。

「……なんぞ、あれは」

コウモリの羽根のついた異形の化け物たちが、巡回をするように建物の周りを飛んでいる。それは、夕べの闇に舞う、大きすぎるカラスのようだった。

「まさに伝え聞いた悪魔、とやらのようじゃな」と信長。

「用心しよう、ノッブ」

裸眼でそれを確認した弥助が、気を入れ直した。

『ニーハオ~! よく来たアルね!』

ふと、桟橋のむこうの陸地から、元気な声がかかった。

一行が声の主を見ると、両の髪をお団子ヘアにまとめた若い女性。そして、その横に西洋の質素な僧衣をまとった青年が立っている。

『私は媽祖まそアル!』

『信長公。お話は神の世界にて、伺っております。僕はアントニオ。守護聖人と呼ばれています。どうぞよろしく』

「おお、この地の神さまがたでござるかな? これは歓迎を、ありがたきことにて」

信長は礼を言う。

『すぐに相談があるアルね。魑魅魍魎ちみもうりょうに困っているのは、日の本のひとびとだけじゃないアルよ』

『ええ。ファルソディオのことについて、お話があるのです』

海の女神とポルトガルの守護聖人は、そっと一行を招いて先導した。

「なにやら、込み入った事情がありそうじゃの」

「ファルソディオ! 長崎で、聞いた名前だ」

「なんの話やろ?」

「商売の前に、なんだかいろいろとありそうだね、助左くん」

『ノッブ! ここのお菓子もおいしいかナ?』

ゴブ太郎が港をキョロキョロと見回す。

澳門マカオのお菓子を食べながら、話を聞くアルね』

媽祖がニコッと微笑む。

『分かったヨ! わーいわーい、楽しみだナ』

四人とはしゃぐゴブ太郎、そして天使ナナシはふたりのあとをついて行った。

(続く)

※ 媽祖さまは航海・漁業の女神で、中国大陸の沿岸部のひとびとに広く信仰されてきました。今も残る媽閣マカウは神々の廟と仏閣とが融合していて、観音さま、阿弥陀如来、土地神さまがたが祀られている聖廟です。この物語で媽祖さまが両の髪をお団子ヘアにまとめているのは、昔私が沼にはまった高橋留美子先生の「らんま2分の1」に出てくる中華娘、シャンプーやカプコンさんの「ストリートファイター2」というゲームに登場する春麗チュンリーという女性格闘家の影響を受けています♪

※ 聖アントニオはポルトガル、そしてブラジルの国を守る聖人で、カトリック教会では失せ物探し、結婚、縁結び、花嫁、不妊症に悩む人々、愛、老人、動物の守護聖人となっています。聖人としては割と最近の方で、1195年に貴族の子として生まれ、キリスト教徒として周りを説法してひとびとから人気を集め、30過ぎで病没されたそうです。信長公の時代に建築された聖アントニオ教会は、竹と木で作られたのち、何度かの再建を経て、教会として今でも残っています。媽祖様は神さまなので一柱と表現できますけど、守護聖人の方々はイエス様からは「平等」な立場となっているはずで、どう表記していいのかに困り、日の本以外の地の神さまがた、日本のなかでの認識が神さまがたっぽい方々は、これから作品内ではひとり、ふたりで数えることにしました^^;

※ 聖パウロ天主堂は、何度かの火事で焼け落ちたことのあるいわく付きの建築物です。ヨーロッパの王たちがこぞって寄進をしたと伝わる寺院で、わずかに残るファサード(建物の正面のデザイン)には、7つの頭のヒドラを踏みつける女性があり、漢字で「龍の頭を踏みつける聖母」と書かれているなど、西洋と東洋の文化の重ね合いが表現として残ります。この建築には、キリシタンの追放によって日本を追われた教徒も関わっていたことが分かっており、もしかすると素戔嗚命すさのおのみことさまのオロチ退治の物語も影響しているかもしれません。信長公の時代の建物本体は現存していませんが、さぞや豪華だったろうと考えて、公には「いばりくさったゴテゴテしたもの」と見えたことに致しました(信長公の安土城もけっこう派手よねというツッコミは認めます 笑)。

次回予告

ファルソディオをなんとかしてほしいと、海の女神と守護聖人に頼まれた一行は、様子を探ることにします。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりハスつかさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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