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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」32話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦4)

31話のあらすじ

150年前のアラブ首長国連邦の首都アブダビに建てられた、世界初の地上350mを誇る木造の縦長植物工場、世界樹ビル。その最上階の光の差し込む場所で、植物たちに囲まれて眠っていた新たな守護者となる存在は、火星から戻ってきた探査機マーズホープオービター(アラビア語名:アル・アマル)だった。

32話

場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)

記録者: 絵美(エミ)  マイジェンダー: やや女性 19才

出身地: 日本  趣味: ネコとたわむれること


3mはありそうな、黄色いアルミニウム・ハニカム構造の軽くて丈夫な機体。そこに太陽光を取り込む装置のついたパドル(かい)がニョキッと左右に突き出た形のマーズホープオービター、アラビア語でアル・アマル。

その、火星から帰還し、眠りについたボロボロの体を、そっと植物が包んで、機体のあちこちに小さな花々を咲かせている。

「このマーズホープオービターが、新しいガーディアンに?」

ジョニーが不思議そうな顔をして、ジブリールさまに尋ねた。

「あ、あたし、昔のドラえもんとか鉄腕アトムとか、ロボットにも心があって、ひとを守ってくれたり、友だちになってくれることが前提なストーリーを知ってる! だからロボットの守護者、というのも有りかもね、ジョニー」

「そうか。僕の国のほうだと、アシモフの系譜を汲む、ロボットというテーマを通して奴隷制のこととか、自由とは何か、とかを問う物語に親しんでいるからなあ。ロボットに心がある……AIにも心がある、という考え方はなんだか新鮮だよ」

「ええ……! 火星でフロンティア・ロボに使われてたAI、白兎の雪丸と、あたし、いろいろ話したりしたよ?」

「僕にとっては、それはまだ情報と情報の組み合わせで、最適なメッセージを出している、っていうふうに考えてしまうな、絵美」

『脳の機能と電気信号だけが、こころを形成していると考えられていた頃の名残ですね、ジョニー』

「……そうかもしれないです、ジブリールさま」

大天使さまにそう言われて、ジョニーが自分の考えのすこし偏っていそうなことを認めた。

『実際には、ひとの願いや想いを強く込めて作られた存在は、どれもひとに親しい天使となる可能性を秘めています。自然にも多くの天使がいますが、宇宙の難業を成し遂げて戻ってきた『アル・アマル』は、この地アブダビを含めたアラブ首長国連邦の守護者として、ふさわしい者となるでしょう』

火星探査機が、土地神さま……あわわ、天使さまになる! ワクワクしちゃうね。

「今回の儀式は何ですか、ジブリール?」とジョニーが聞く。

『今回は、ふたりで、互いの目を合わせる。それだけですよ』

わあ! それだけなら楽勝だねっ。

『さて。……それでは、始めましょうか』

「はーい!」

「分かりました」

世界樹ビルの最上階。静かにたたずむマーズホープオービターの前で、あたしたちはふたりで立ち、お互いの目をしっかりと見つめ合った。

そうして、しばらくすると。

ピピピッ、という古びた電子音。ん、でもこれは、コミュニ・クリスタルを通してのフィーリングだ。

ふわりと、半透明のもうひとつのマーズホープオービターが空中に浮き上がる。

『コンニチハ。何の音でご挨拶したら良いか、分かりませんでしたので、過去の仲間たちの音を再現してミマシタ』

浮遊したマーズホープオービターのどこかから、機械的な響きを残した声がコミュニ・クリスタルを通して聞こえてきた。

「こんにちは、マーズホープオービター! まずは、地球へお帰りなさい」とあたし。

『コレハドウモ。あなたがたも、地球へお帰りナサイ』とマーズホープオービターの言葉が返ってくる。

「そういえば、僕らみんな火星からの帰還者だね」

「そうだね、ジョニー! 無事に、こうしてみんなで会ってるって、実はものすごーく、奇跡的なことかも」

「うん」とジョニーもうなずいた。

マーズホープオービターが回収された時代は、23世紀の今よりも、もっと前。きっと大変な努力と技術とで帰ってきたんだよね。あたしたちの片道3年をかけた地球と火星とのあいだの航行も、コールドスリープを使わないと本当に苦労の連続だったけど。

『ソロソロ、夜が来マスネ』

そう言ってマーズホープオービターは、世界樹ビルの最上階から見える外を向いた。西の方角に、大きな太陽が沈んでゆく。

『このビルの名物『オリハルコン・フラワー』が咲くトコロを、ぜひ上空から見て頂きたいモノデス』

「オリハルコン・フラワー?」

「網目状の、風に浮かぶくらい軽くて、冷却しやすい人工の金属をこの世界樹ビルの最上階から花みたいに広げて、湿気を水滴化するんだよ、絵美」

「わあ! 見たい見たい! ジブリールさま、なんとかなりませんか?」

『……仕方ありませんね。誰も見ていないことですし、そのくらいは何とかしましょう、せっかくの機会ですから』

ジブリールさまが苦笑する。ジョニーの手と、あたしの手をそっと大天使さまが握ると、あたしたちも、マーズホープオービターのように、すこし浮遊した。

『さあ、それでは行きましょう』

世界樹ビルの最上階から、ジブリールさまとあたしたちはフワリと外の空に出た。さらに上へと、大天使さまの翼がはためき、移動する。

「わあー! すごいね、ジョニー!」

「うん、ちょっと恐い気もするけど、大丈夫ですよね、ジブリール」

『はい、落ちることなどありませんよ』とジブリールさまが笑った。

下を向くと、世界樹ビルの最上階に取り付けられた筒型の風力発電装置が、芯のように見えた。

ピコピコピコ、と懐かしいような音をたてて、半透明のマーズホープオービターも空を飛んでついてくる。

『さあ、時間にナリマス』

砂漠の夜が訪れ、350mのさらに上のこの空は、もう、すこし涼しいくらいかも。世界樹ビルを真下に見ていると、風力発電装置の芯を中心に、花が咲くように「オリハルコン・フラワー」の網目状になった細い銀色の金属が、風に吹かれて円形状にそよそよと広がってきた。芯になっている風力発電装置のライトアップが反射して、きらきらと夜空に輝いている。

「すごーい! こんなふうにして、水を空気から取るんだね、ジョニー」

「ああ、150年前に世界樹ビルを建てたアラブ首長国連邦が、技術を総結集して作ったんだ。綺麗だね、絵美」

あたしたちは眼下に広がる、夜に咲いた大きな大きな一輪の金属の花を、時が経つのも忘れて、眺めていた。

(続く)

※ オリハルコン・フラワーは、世界樹ビルの完成時、最新技術で作られた大気中からの金属冷却による取水装置という設定に、伝説の金属オリハルコンの名をお借りしました。

※ 今週分の「信長の大航海時代」は、今回のこの作品と代えさせて頂き、投稿をお休みと致します。ご了承くださいませ。

次回予告

アル・アマルと、彼を守護者として呼び起こしたふたりは、アラブ首長国連邦の子どもたちに火星の経験を話します。12月中旬ごろ投稿の予定です。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、私がペイントツールで作成したマーズホープオービターのイラストです。みんなのフォトギャラリーにも出しております。

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