人生は50から! 信長公、アフリカへ行く 四話「信長公と弥助、喜びの再会とゴブ太郎との出会い」
登場人物紹介
織田信長(おだのぶなが): みなさんご存知、尾張(おわり)生まれの第六天の魔王。この神話×歴史ファンタジー小説のなかでは、本能寺の変で天使に救ってもらう。一般人となって一番のお気に入りだった黒人侍弥助(やすけ)をアフリカへ送り届ける旅を始める。
弥助(やすけ): 本能寺の変でも、最後まで戦い、信長を守ろうとした黒人侍。気は優しくて力持ち。明智勢に捕まったが放たれ、その後は故郷アフリカへ信長とともに発(た)つ。
ジョアン/ジョヴァンニ: 没落する故郷ヴェネツィアでの商売に見切りをつけ、アフリカは喜望峰回りの航路を確立し勃興するポルトガルの帆船に乗って、はるばる日本へやってきた十七才の少年。宣教師ルイス・フロイスの依頼によって信長をサポートすることに。
助左衛門(すけざえもん) 堺の港で頭角を現し始めた商人。ジョアンと同い年。この物語では、大商人、今井宗久の弟子。海外への強い憧れから、信長たちと旅を始める。のちの納屋(なや)または呂宋(るそん)助左衛門。
三話のあらすじ
本能寺の変にて、最後まで戦ったために明智勢に捕らえられた黒人侍、弥助。光秀は寛大な処置をとり、南蛮寺(教会)の者らに彼を任せることにしました。引き立てられていく弥助のあとを、小鬼(こおに)がついていくのを光秀は見たのでした。
四話
ぺたぺた、ぺたぺた。
縄を打たれ、ぐるぐる巻きの姿で本能寺の南にすこし向かったところにある、簡素な作りの教会(南蛮寺)へと向かう弥助と、彼を引き立てていく明智の兵たち。
彼らは、先ほどから奇妙な足音を聞いていた。
「……なんだ!?」
兵のひとりが振り返る。つられて弥助もそちらを見た。
「……なんだ、誰かがついてくる足音がすると思ったんだが」
兵が首を振る。
「お前たち、見えないのか?」
弥助は縛られたまま、兵にぼそっと言った。
「……なんだと?」
「……見えないなら、いい」
「とっとと歩け!」
ぺたぺた、ぺたぺた。
やはり、足音が聞こえてくる。この怪異にすこし恐れた兵は、教会への歩みを速(はや)めた。
『……お兄さん、お兄さん! おいらのことが分かるんだネ!』
弥助の頭の中に響く声。声の主、頭のまんなかに一本の角を持ち、緑色の肌をした、弥助からすれば背の低い日の本のひとびとよりもさらに背の低い子どものような姿のその者はしゃべりかけてきた。
(……なんだ、精霊よ)
弥助も心の中で返事をする。
『船に乗ってたら、迷いに迷ってここまで来ちゃっタ。お兄さんは外の国のヒトだよネ! おいらも付いて行ってイイ?』
(……好きにしろ)
弥助とて、怪異どころでは無い。教会に預けられたのち、どうなるのか予想もつかない。奴隷の身分を解放し、家臣として扱ってくれた信長は、もはやこの世にはいないのだとあの本能寺に燃える炎のなか、主(あるじ)を見失った弥助は思いこんでいた。
兵と弥助はほどなくして教会に着いた。教会には宣教師のフランシスコ・カリオン司祭と、本能寺の変を知り、あわてて報告に来た数名の日の本のキリシタンたちが集まっていた。
「……この者、弥助の処遇をそなたに任す。受け取れ!」
乱暴に、ドンと弥助の背を押して司祭の前に跪(ひざまづ)かせると、兵は怪異を恐れたのか異国の教会に関わりたくなかったのか、早々に去って行った。
「……黒人が日の本まで来ていたのか。お互い、はるばる旅をしたね」
司祭はそう言って弥助の戒(いまし)めを解いた。
「ありがとう、ございます……」
弥助は礼を言う。
「いやいや、これも主のお導きなのだろう。粗末なところだけれど、ゆっくりしていったらいい。この騒ぎで、今日の朝のミサは中止になってしまったからね」
司祭は苦笑した。
「せっかくだから、祈って行ったらいい。本能寺の変で亡くなったという、きみの主君のためにね」
司祭は教会の礼拝堂へと弥助を招き、気をきかせて信者たちをそっと去らせた。弥助はひとり、礼拝堂の中央に飾られた素朴な木製の十字架に祈った。
『……着きましたよ、公』
弥助の頭に響く声。祈りをやめて顔を上げると、なんとそこには。
白と黒との翼を持った天使に連れられて、かの主君が十字架の上の中空に浮かんでいた。
「うむ、我が命を救ってくれたこと、尽くして礼を言おう、天使のナナシよ!」
信長がそう言って、礼拝堂の床にゆっくりと舞い降りた。
「おお、殿さま!?」
弥助は目を丸くした。その命を本能寺で失ったとばかり思っていた当の主君が、いきなり現れたのだから。
「む……弥助か!」
「殿さま! 生きてた! 生きてた!」
弥助は思い切り、信長を抱きしめた。
「痛い、痛いぞ弥助。儂(わし)は生きておる、もうちっとそっとせい」
「生きてた! 生きてた!」
思う存分信長を抱きしめたあと、アフリカの大地で身に付けた、小刻みな調子の感謝の舞いを、弥助は踊り始めた。
「ふ、相変わらずだのう、弥助」
信長の眼光が緩んだ。
「喜べ、弥助。儂はおぬしをアフリカに帰すと決めたのだ」
「オレを……!?」
「どうも、ここは以前の儂が知っておった世界と違い、この天使や、さまざまな不思議な者どもが確かに存在するところであるらしい。ただでさえはるかに遠いアフリカへおぬしが帰るとすれば大変なことだが、輪をかけてここでは難しくなろう。儂は殿さまであることをやめて、おぬしとともにアフリカを目指すことに決めたのだ」
「オレが、殿さまと一緒にアフリカへ……!」
「そうだ、弥助。ともに旅立とうぞ」
「オレ、すごく嬉しいです。殿さま、ありがとう! 本当にありがとう!」
弥助は信長の背を叩いて喜んだ。
『すごいネ! ねえねえ、おいらも連れて行ってヨ!』
ふっと、頭に声がしたのでふたりが振り返ると、そこには先ほどから弥助について来た、小さな鬼が立っていた。
「む……さっそく、奇妙なやつが来たのう」
信長はこの怪異を面白そうに見つめた。
『おいらは、精霊とか妖精……海の向こうにいたときは、ゴブリンって呼ばれていたヨ! 遊びの気持ちで船に乗ったら、こんなところまでやって来ちゃった。おいらもまた船に乗りたいから、連れて行ってヨ! 役に立つからサ!』
「……その姿は、儂らの間では鬼、宣教師やカピタンたちの話のなかでは悪魔という者どもにそっくりじゃな! 天使よ、いかがいたそうか」
『……ええ、どうぞ仲間に入れてあげてください、公。そのゴブリンは、悪意を持たず、力になってくれたことに対してきちんとお礼の気持ちを形にすれば、強い味方となってくれることでしょう』
『ウン! 働いたらお菓子をくれれバ、どこへでも行くし、協力するヨ!』
ゴブリンが悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべている。
「あいわかった。付いてくるが良い、ゴブリンとやら! 楽しい旅の始まりじゃな。……それにしても、天使と悪魔とは敵対しているのではなかったのか? この世の終わりが来るときには、天使と悪魔とで最終戦争が起こるのだと言う宣教師もおったが」
『天使も、もともとは精霊と呼ぶべき存在だったのですよ、公。人間たちの力となる存在を天使、意地悪をすることもある存在を悪魔と、分けるようになってしまったのです。これから公が体験することとなる、今まで見ることが一部の霊能力者にしか出来なかった世界では、私たち天使も、そこにいるゴブリンのような精霊、今のキリスト教が断罪する悪魔とされた者たちとは、それほど仲が悪いわけではありません』
「なるほどのう。さんざん殺戮を繰り返した儂をも救うそなたのような天使ならば、確かに悪魔すら救うであろうな! はっはっは」
信長はおかしそうに笑った。
「ついてくるが良い、ゴブリンよ。おぬしはこれからゴブ太郎と呼ぼう」
『ゴブ太郎! ゴブ太郎! わーい、素敵な名前をありがとウ! おいらはゴブ太郎!』
名前をもらったゴブ太郎は、大きな喜びを表した。小鬼が自分の毛をいくつか抜いて、ぱらぱらと撒くと、それはたちまちのうちに何人ものゴブ太郎となった。
『わーい、わーい』
たくさんのゴブ太郎が喜んでいる。
「なんと。分身の術を使えるのか……! 忍者のようじゃな」
信長は興味深々だ。
「オレ、ゴブ太郎、殿さま……きっとアフリカに行ける気がしてきた!」
「そうじゃ、弥助。儂はこれから、殿さまでは無いのだ。ノッブとでも呼ぶが良かろう」
「ノッブ……」
「主君と下僕という気持ちが強かったがゆえに、無体な仕打ちをして十兵衛(明智光秀)の謀反(むほん)を招いた儂じゃ。弥助、おぬしとは仲間となりとうてな」
「……分かった。ノッブ!」
信長と弥助の語らいがひと段落すると。
「弥助、何をひとりで騒がしくして……」
礼拝堂に入ってきたフランシスコ・カリオン司祭は、弥助の周りに増えた信長と天使ナナシとゴブ太郎を見て、あんぐりと口を開けた。
(続く)
次回予告
五話は、弥助、ゴブ太郎を仲間とした信長は日の本に来た宣教師のなかでも代表者であるルイス・フロイスを頼るよう、司祭に言われます。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりかんじゃくん(京都のカウンセラー)さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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