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【掌編】お母さま、冥府でコレーは幸せです。

秋の始まり。豊穣の女神デメテルにとって大切に育てた娘コレーが冥界の王ハデスのもとへ嫁ぐ、母の悲しみの始まりでもある。

「いいかいコレー、ほんとうに嫌なら私がゼウスに掛け合うからね? 着いたらすぐに手紙をしなさい」

デメテルはぎゅっときつく、長いあいだコレーを抱きしめたあとに、名残惜しい気持ちを振り切って娘を冥府へと送り出した。

コレーは、ハデスの迎えの馬車に乗り、地下にあるとされる冥府へ向かう。近づくにつれ、闇の色が深くなってくる。ここからは彼女の名はペルセフォネ、となる。

「お帰り、ペルセフォネ」

ともし火を掲げた冥府の女神、ヘカテが出迎えに来た。

「ペルセフォネさま、お帰りなさい!」とひとりの美しい少年も現れる。

アフロディーテとの奪い合いの末に、無理やり殺したような彼、アドニスだが、純真な彼は、冥府で今はペルセフォネを慕うようになり、可愛い笑顔を見せてくれる。

……そして。

「お帰り、待っていたよ。私の愛する可愛いコレー」

普段、弟のゼウスやポセイドンや神々には絶対に見せることのない優しさと口説きの甘い言葉を告げるハデス。コレー……いや、彼の妻となったペルセフォネは、こんなにも溺愛してくれる伴侶を持ち、優しいヘカテやアドニスもいて、まったく寂しくはない。実はとても幸せなのだ。

冥府は暗い。だからこそ、そこに住まう者たちはこころに真のあたたかなともし火を持っているのかもしれない、とペルセフォネは思う。

「ただいま、ハデスさま! ヘカテ、アドニス! さあ、今年も冥府の暗さを楽しみましょう。ヘカテの灯でランタン祭りをしましょうか? それともアドニスと冥府のお化け屋敷? トカゲのガランティスと遊びましょうか」

ペルセフォネは子どものように笑った。

「ふふ、ペルセフォネが来ると冥府は春を迎えるのね。あなたがいるだけでみんな、気持ちが明るくなるのよ」とヘカテが微笑む。

「ありがとう、ヘカテ。あっ、お母さまにちゃんと冥府へ着いたとお手紙をしなくっちゃ」

ペルセフォネはデメテルへ向けて、あわててふみを書いた。

幸せの詰まった手紙が届き、デメテルは「そんなに冥府はいいのかい。私も行こうかしら」と迷う。それを通りがかりに聞いたゼウスが、真剣な顔つきで告げた。

「やめてくれデメテル、お前まで冥府へ行ったら今度こそいつも真冬になってこの大地が滅ぶ」

今年もなんとか世界は無事らしい。

おしまい

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりノラ猫ポチさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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