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旅香記Ⅹ_PVG→NRT

上海時間午後十七時。成田への飛行機が動き出した。二時間半で到着すると機内アナウンスが告げている。
飛行機が走りながら、翼の向こうの空が暮れてゆく。機内の照明も暗めで、Yは舟を漕ぎ始めた。
周りの乗客は見る限りアジア人ばかりだ。中国人か日本人かははっきり見分けられない。そういえば、アブダビ行きの便以来何の乗り物に乗っても漂っていた甘い香水の匂いは、この機内にはなかった。アジアに帰ってきた、と思う。
今回パリに行って、フランス人にとっての香水は自分を作るファッションの一部であるのだと知った。シャネルやディオールといったフランスのファッションブランドが香水を作ることは、彼らにとっては当然であるのだと。
すっかり暗くなった飛行場を、飛行機が飛び立った。成田へ早く着いてくれるといい。習志野に住む父が車で迎えに来てくれることになっていて、おみやげを渡すのが楽しみだ。父にはルーブルで買ったヒエログリフのスタンプセットと、フィウミチーノで買ったPocket Coffeeというエスプレッソ液が内側に入ったチョコレートをあげるつもりだ。

しばらく眠ったあと、機内食の配膳でYに起こされた。
fish & riceのメニューを選ぶと、煮魚とごはんにれんこん炒めや蒸し鶏という和食の定食をもらえた。分厚いたくあんがおいしかった。デザートに添えられていたメロンは、ほとんど甘くなく野菜か漬物のようだった。
添えられていた白い紙ナプキンに、鳥のような中国東方航空のロゴがブルーでプリントされていて、マティスの切り絵のつばめのようだった。
窓の外の景色は日本列島に差し掛かっていて、九州か四国かと言っているうちに海上の闇ばかりになり、どうやら太平洋を飛んでいるらしいと結論した。視線を上げると、オリオン座や冬の大三角がくっきりと見えた。他にも小さな星がいくつも光っている。窓に顔を押し付けて夢中で見ているうちに房総半島上空に至った。地上の灯りで星は見えづらくなったが、目を凝らすとまだ捉えられた。が、高度が下がるにつれてだんだん見えなくなっていく。
星よさよなら。
地上の灯がどんどん近づいて、振動とともに着陸した。

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