感染力が強まると弱毒化するの？
イギリス、南アフリカで見つかった新型コロナウイルスの変異株が既存のウイルスより伝播しやすいと話題です。これに関して一部で弱毒化をしているはずだという楽観的な言説をみかけました。
実際に、感染性と毒性（感染した人がどのくらい重症化するか）について反比例の関係があるという仮説があります。
もともとは1982年に下記の著者たちによって提唱されたようです。
Anderson, R., and R. May. 1982. Coevolution of hosts and parasites. Para-sitology 85:411–426
確かにこのようなトレードオフが観察される例があり、犬のパルボウイルスで弱毒化したウイルスが全国に広まったことがあるそうです。また、中国で出現したSARSも重症化率が高かったものの、現在の新型コロナウイルスほど世界中に広がりませんでした。しかし、この感染性と毒性の関係性について一般化するのは危ういと思うので、以下に簡単に解説します。
そもそも病原体の伝播しやすさとはどのように定義されるでしょうか。感染症が広まる伝播のしやすさは基本再生産数（R0）で表すことができます。基本再生産数とは１人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して感染させる人数です。そして基本再生産数は以下の式で与えられます
基本再生産数（R0）＝B × K × D
B=一回の接触あたりの感染確率
K=感染者が人に接触する時間当たりの頻度
D=感染性を有する期間
人と人の間で伝播が起こるには感染者が感染性を持ち、そして人に接触しなければなりません。さらに感染者と免疫を持たない人が接触した場合にウイルスが相手の細胞に入る必要があります。この３つの因子がそろって初めて伝播が起きます。また、これらのパラメーターが変化すると伝播の速度が変わってきます。
さて、一般的に体内の病原体の量が多くなると重症化しやすくなる傾向があります。病原体の量が多くなるとより伝播しやすくなりそうです（Bが上昇）。しかし、急速に重症化することですぐに死亡したり、街中を歩きまわったりできなくなると人との接触が減り伝播しなくなります。また、病原体があまり増殖せず、症状を起こさないと感染が起きにくくなります。つまりちょうどよい毒性がある病原体がより伝播をしやすく、感染性と毒性にトレードオフの関係性があるという仮説が考えられました。
病原体、特にRNAウイルスは増殖するたびに一定の確率で変異をします。そこで進化論と同様に、生存に適している（伝播しやすい）ウイルスが蔓延する可能性が高くなります。よって、感染後すみやかに重症化し、死亡するような病原体は淘汰されやすく流行しにくい傾向は確かにあると思います。しかし、事は単純ではなく、例外も多くあるので注意が必要です。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/evo.13724
例えば狂犬病。狂犬病は感染したらほぼ１００％死にます。毒性は非常に高いです。しかし、日本やヨーロッパの一部地域を除いて途上国を中心に世界中に蔓延しています。HIVも治療をしないと免疫が低下し死に至る重篤な感染症ですが、症状発症までに時間がかかり、無症状の間に感染を起こすので、世界中に広がっています。
コロナの場合はどうでしょうか。コロナの場合は症状出現前後に感染性が高まると考えられています。
また、感染者の８割が症状を発症せず、無症状者が多くの伝播を担っていると考えられています。現在の感染性の上昇がどのような機序のよるものかはわかりませんが、すでに無症状者、症状出現前の感染者が伝播を担っているため、感染性がアップすると弱毒化するとは決めつけられない気がします。
例えばウイルスが人間の細胞に入る確率が上がる（Bが上昇）または感染性を有する期間が延びる（Dが上昇する）ような変異をすることで、毒性の強弱によるKが変わらずに伝播が効率化することがありそうです。
最近のシステマティックレビューではトレードオフ仮説を支持するエビデンスははっきりしなかったようです。
まずはデータを確認することが重要で、安易な楽観論は危険だと思います。
最後に以下のニュース記事よりウイルス学者の言葉を引用します。
"Killing the host is okay as long as the virus has spread when it does it"
ウイルスにとっては宿主が死んでもそれまでに伝播させてれば問題ない。
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