検査の有用性はどうやって判断するか‐PCR論争について考える

検査の有用性はどうやって判断するか。私が学生の時には感度・特異度の話が主だった気がするが、本来はより包括的(または複雑)に考える必要がある。

臨床における感度・特異度の考え方は別記事を参照

包括的に考える際にはその考え方の指針となるフレームワークが重要だ。臨床にエビデンスに基づくガイドラインの作成のための指針を発表しているGRADEというグループがいる。その指針を基に考えていく。


診断/検査とは何かを発見または除外して、それに応じてマネージメントを変えることで、個人または集団のアウトカムを変えるためにある。そのため、検査単独ではなく、目的とその後の治療/マネージメント、そしてアウトカムをセットで考え、目的(例えば早期発見による死亡率の低下や集団の感染制御)に応じて検査の有用性を個別に判断する。

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そして、感度・特異度、想定される事前確率をもとに真陽性、真陰性、偽陽性、偽陰性の割合を評価し、その各検査結果がどのようなアウトカム(利益・不利益のどちらもあり得る)に繋がるのかを検討する。

早期検査・治療により死亡率を下げたり、早期に発見、隔離して2次感染を減らしたりできるかもしれない。もしくはコロナでない可能性を下げることで安心を与えるだろう。

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一方、検査による偽陰性や偽陽性によって不利益が生じる可能性がある。

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重要なのはこの繋がりがどれだけ確からしいのか、可能であればデータによって検証する必要がある。というのも検査に対する人間の反応というのは単純ではない。例えば、大量検査によって無症状の患者を発見することで、感染を制御するという意見があるが、検査陽性でも隔離に協力しない人が多ければアウトカム(二次感染)はあまり改善しないかもしれない。また、偽陰性者が感染を拡大させるという意見をみるが、偽陰性の可能性などをきちんと伝えればそのような事態は最小限にできるかもしれない。

このように感度・特異度と、検査結果とアウトカムの繋がりの考慮し、感度・特異度だけでなく、「検査が各アウトカムに与える影響」の確かさ(エビデンス)を検討する必要がある。

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次に各アウトカムの重要性を考慮する。これは通常のガイドライン作成では患者団体の代表、臨床医の代表などの種々の立場を代表する委員の意見を聞いてどのアウトカムが重要かを判断する。無論、死亡というアウトカムは重要だと考えられる可能性が高い。

各アウトカムに与える検査の影響を考慮し、総合的に利益と不利益のバランスを考慮する。例えば無症状者の検査では偽陽性が問題とされることが多い。しかし、陽性者のなかには感染性がある患者が一定の割合で含まれ、それらを拾い上げることにより感染制御に効果があるかもしれない。検査には利益・不利益の両者があるのでどちらも考慮し、利益が不利益を大幅に上回ると判断さればその検査戦略は推奨される可能性が高い。

利益と不利益以外の要因について

利益と不利益のバランスは一つの重要な因子だが、その検査戦略を推奨するか否かはより多くの因子を考える必要がある。その考え方の指針がEvidence to Decision Frameworkといいエビデンスから推奨に至るまでの考え方の指針である。

重要な要素は以下である。

問題の重要さ
利益と不利益のバランス
エビデンスの確かさ
アウトカムの重要さ
必要なリソース
費用対効果
公平・公正
ステークホルダーにとっての受け入れやすさ
実現可能性

これらの要素は特に利益と不利益のバランスが不確かまたは利益が少ない場合に重要となってくる。例えば少しの利益しか得られず、それが費用や労力に見合わない場合は推奨されないもしくは一定の条件をもとに推奨となる可能性がある。


ネットの論争についての私見

長々と書いたが、ネット上の議論ではこのような包括的な議論を欠いている事が散見される。

理論上とにかく検査を拡大すれば感染を制御できるという意見は検査結果が実際に行動の変化に繋がりアウトカムの改善に至るのか、また上に述べた他の要素についての考慮が抜けていることがある。

偽陰性や偽陽性だけを指摘する事は逆に利益が不利益を上回るのかという定量的な視点を欠いていることがままある。

ネットの論争なので包括的な議論を求める必要はもちろんないのであるが、上記のような複雑性を考慮にいれて建設的な議論をしてほしいと思っている。

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