中国にいて、「忘れない」ことの難しさ
今朝Twitterを見ていて、こんな投稿が目に留まりました。
ちょうど去年の同じ日、北京の四通橋というところで、当時すでにかなり厳しさを増していたゼロコロナ的防疫措置と、それを実行し続ける政権について、はっきりと反対の意を示す横断幕を掲げた人がいました(日本でも話題になったので覚えている人も多いかもしれません)。この投稿は、それを実行した人物の消息や功績について投げかけるものです。
僕はこれを見て、あれから1年経ったのか、と思うより先に、「まだ1年しか経っていないんだっけ?」というように、不思議な感覚に陥りました。最近は加齢によって時間が進むのがどんどん速くなってきて、数年前の出来事でさえつい最近のことに感じることのほうが多いというのに、なぜかこの出来事だけは、遠い昔に起きたことのように感じてしまったのです。
もっといえば、この出来事自体のことをすっかり忘れてしまっていました。当時、僕はひょっとしたらこのことが今後の中国の大きな変化のきっかけになると思い、同時に感じた、足元がおぼつかなくなるような不安をマガジンに書いています。
それだけ印象的だったのに、この出来事は僕の頭の中から消えてしまっていました。たった1年前の出来事なのにも関わらず、です。
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なぜそんな大事な出来事を忘れてしまっていたのかを考えると、この一年で起きた社会の変化がその大きな要因だったのではないかと思います。
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