見出し画像

ペナンに残る戦争跡地”pinang WAR museum”

ペナンと言えば、マレーシアを代表するリゾート地ですよね。
美味しいものを食べて、リゾートホテルに泊まって、、、観光名所もたくさん!

そんなペナンに、ひっそりと戦争跡地を博物館にした場所があるのをご存知ですか?

日本軍が1941年から3年8ヶ月に渡りペナン島を占領していた跡地をご紹介します。

War Museumはどこに?

ペナン島の南に位置する小高い丘の上に博物館があります。
ジョージタウンを歩いていると、戦争なんてイメージ湧きませんよね。
でも、ジョージタウンにも実際に日本軍の空襲があったようです。
この丘の入り口は幹線道路になっていて、コンドミニアムが建っている住宅地なんですよ。

丘を登るにつれて道が細くなり、木々が生い茂ってきます。

そして、何よりも空気が違うのです。
「あ、ちょっとヤバイところにきてしまったかな」
霊感なんて全くありませんけど、そんな思いがよぎりました。
その理由は到着してから判明しました。

戦争博物館

入り口に到着してまず驚いたのが、地図の広いこと!
入り口でどの位時間がかかるか聞いたところ、ミニマムで1時間ということでした。

というのも、建物内に展示されたものを見る博物館ではなく、要塞だった地を自分の足で歩く、オープンエアの博物館なのです。

要塞の場所としてふさわしい小高い丘の上にあり、辺りを一望することもできます。

入場料もマレーシアの博物館にしてはお高い額です。
チケットを購入すると
「韓国人か?日本人か?」
と尋ねられました。
ここで日本人と言うと、受付のおばちゃんの顔が少し険しくなった気がしました。

ここは、1930年にイギリスが建てた要塞です。
その後、第二次世界大戦で日本軍が制圧して使っていました。
戦後60年間、放置されていましたが、その後博物館として公開されたそうです。

入り口で、地図を開き丁寧な説明を受けました。
こんな説明を受けるのも初めてです。
この場所への思い、戦争への思いが深いのでしょうね。
「戦争を感じて」
そう言われ、地図を手渡されました。

戦時中にタイムスリップ

敷地内には、実際に日本軍が使っていた部屋、拷問部屋、日本語を教えていたと思われる部屋、調理室、慰安婦の部屋など当時の様子が分かるようになっています。

数は少ないですが、マレーシアの博物館といえば必ずいる「マネキン」さんも。

捕虜となってここで生活していた人達、日本兵としてここで生活していた人達の暮らしが再現されています。

ここにはトンネルが数か所あります。

空爆から逃れるように作られたのだと思いますが、1つは別料金でかなり深いトンネルでした。

どちらにとっても快適な生活ではなかったはず。

まず、蚊が多いこと。それも刺されたらやばそうな蚊。。。

マラリアやディンギーにかかった人も多くいるのではないでしょうか。

絞首刑台も残っていました。血痕の後や死刑場・・・

資料や写真では分からない空気感が感じられます。

まさに、感じる博物館でした。

※写真がupできずにいます。
ぜひまた足を運んで下さい。

Penang War Musiam

add: Jalan Batu Maung, 11960 Batu Maung, Pulau Pinang

tel: +60164213606

Bussiness Hour: 9:00-18:00

FB

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?