【後篇】包茎と、醜形恐怖と、抗がん剤と。それでも私達は今日からまた恋をする。
【前篇】からの続きです。
ルル嬢には、78歳になる「ぴいたん」というおばあちゃんがいる。介護スタッフの仕事をしながら(老老介護…?)趣味で童話をつづっている。
童話の内容は、例えば「おじいさんとおばあさんが、山のビアガーデンに行って、はだかになって帰ってきました」というもの。
シュール、というか、ワイルドというか。
山のビアガーデンで何があったの。
そんなワイルドぴいたんには、ずっと会えない想い人がいると言う。
仕事で出会ったその男性は、「マツダ」82歳。
介護の仕事現場、スタッフ高齢化で凄いことになってますね。
最初から目と目が合って、お互い、なんとなく気になって、何かふわっとした上気感が芽生えたのだけど、78歳と82歳は何も言い出せず、時間が経ってしまったという。
そのうちに、マツダは別の介護施設に移動になってしまい、ぷっつり音信が絶えた。
それからまもなく、ぴいたんはガンに罹ってしまい、抗がん剤治療に入った。
でも、そんな状態になっても、やっぱりマツダのことが、気になる。声が聞きたい。連絡を取りたい。
思いきって、メールを出してみた。
でも返事は来ない。
毎日、毎日、メールの受信箱をあけてドキドキしながら覗いてみたが、ない。今日もない。
一年経ったころ、あきらめた。少し泣いたけれど、仕方がない。私は抗がん剤をやってるし、歳をとっている。
マツダだって年寄りだ。もしかして、死んだのかもしれない。そうだ。きっともう、この世に居ないんだ。最初から居なかったことにしよう。
ぴいたんはこの頃、ちょっと鬱っぽくなり、年寄りが山で消える童話ばかり描いていた。
介護仲間に、45年前に小説で新人賞をとったことがあるという若い後輩(68歳)がいて、「グリム童話より怖いです」と太鼓判をおしてくれた。
そんな鬱々とした日々の中、久しぶりに現れたのが、猛禽肉食系の孫むすめ、ルル。
祖母ぴいたんの、出口のない恋バナを聞いて、さっそくお祭りプロデューサー、ガガ姐さんに伝えた。
「だめだよそれ。なんでさっさと電話してみないんだよ! マツダが生きてるか、死んでるか、確認しなきゃだめじゃん」姐さんは、吠えた。
それでもぴいたんが渋っているので、ガガさんはイベント業で鍛えた声を1オクターブ張り上げ、勝手に電話した。
「こちらKDDI、〇〇センターの者ございまあす♡ お客様にご新規のプランをご紹介させていただきまあす♡」
「要りません」電話は速攻で切られた。
生きてんじゃん、マツダ。
しかも反射神経いいじゃん。元気じゃん。
というわけで、今度は孫娘ルルが間に立って、改めてマツダに電話をかけなおし、事情を説明してみた。
すると、ぴいたんが出したメールは届いていなかったか、迷惑メールに振り分けられたのか、マツダは全く読んでいないことがわかった。
なんだ、話はこれからじゃないか。
というわけで、「ぴいたんから、ぜひお話ししたいことがあります!」と呼び出した。
老人は暇だが、いつ体調が急変するかわからないので、3日後に席を設けることになった。
当日!
抗がん剤治療以来、外に出るのもおっくうになったぴいたんが選んだ服は、襟も身ごろもヨレヨレになったスヌーピーのピンク色のTシャツ。
「そんな服、だめに決まってんだろ!」
速攻でガガとルルが飛びかかって、スヌーピーを脱がせ、ヨレヨレの服の山から、白いブラトップを探し出した。
「いやだよ、そんな下着みたいな服! はずかしいよ!」
というぴいたんにタックルし、押さえ込んでフルメイクし、ブラトップの上からレモンイエローのカーディガンを着せた。近くのスーパーで300円で買ってきたイヤリングとラリエットをつけたら、けっこう可愛くなった。
ブローして、リップを塗ったら、なんか色っぽくなってきた。
いいじゃん。いいじゃん。
しかし、これがマツダには、完全に裏目に出た。
泣きそうな顔で、待ち合わせ場所によろよろと現れたマツダ82歳。
移動先の職場でヘルニアをわずらって、痛みのあまりメールもできなかったとのことで、プルプル、震えながら、杖をついて一生懸命あるいてきた。
そして、一年振りのぴいたんの姿を見て、絶句した。
「き、き、きれいになっちゃって…」
それから貝のように押し黙るふたり。
年齢的に、そのまま化石になりそうだ。
意を決したぴいたんが、「あの、こうして、再会できて、嬉しいです。ずっと、お会いしたいと、思っていたんです…」と切り出した。
心なしか、ぽうっと頬に赤みがさすマツダ。
しかし、おそるおそるの話が本題におよぶと、マツダは頑として抵抗しはじめた。
「いや、いや。僕なんか、だめです。すごく鈍感な男なんだから。昔、女房が病気になったのも気づかなくて、死なせてしまったんです」
「ほんとうにだめ人間なんです。80もすぎてるし、腰が悪くて、こんな杖をついてるし。どうするんですか。じきに、僕の介護になりますよ。そんなのだめだ。付き合うなんて、無理なんです」
マツダの口調は頑としていた。
ぴいたんは、居たまれなくなって、泣きながらトイレに駆け込んだ。嗚咽が止まらない。この歳で、こんなに悲しいことがあるなんて。
追いかけて、個室に割り込んで、ルルとガガは必死の形相で励ました。
「ぴいたん、本当にこれでいいの? もう会えないかもしれないよ。え? 死ぬかもよ。もう後がないかもよ。二人とも、こ・の・ま・ま・死・ん・で・い・い・の? えっ?」
励まし方が、怖くて雑だ。
泣いていたぴいたんは、カッと目を見開いた。
「このままは、いやだ。もう、死ぬんだったら、死ぬんだったら…」
涙でメイクがぐしょぐしょになった顔をグッッと上げたぴいたん。
やおら、がに股でずんずんトイレを出ていった。
そのまま、マツダへめがけて、ずんずん歩いた。
そしてガシッと、杖ごと手を掴んで、叫んだ。
「マツダ! ねえ聞いて!!」
「は、、はいっ」
「あたし達には、時間がない!!」
「は、、そうですね」
マツダ、完全に気圧された。
杖が、テーブルのしたに落ちたけれど、誰も拾わない。
「明日まで生きてるか、わからない!!」
「あ、はい、、」
「だから、やっぱり付き合おう。それで、付き合いを続けるかどうかは、一日、一日、考えればいい!」
「は、、、」
「あたしは、あんたの介護をしてもいい。尽くすよ。あたしだって、抗がん剤やってて、いつだめになるかわかんない。だから、もしかしたらあたしの介護になるかもしんない。それって、だめかな!?」
「だめじゃない、、あ。いえ、、いいかもしんないです」
すっかり、JKみたいな口調になったマツダを、ぴいたんはぐいと引き寄せて、頬に唇をおしつけた。
78歳と82歳、契約成立。
ヒャッハーーー!!!!!!
すげえーー!
スタンディングオベーションするガガさんとルル。
なんだか、ツンとデレが交差するムードになって、
ぴいたんは急に、上目遣いになって「つきあっても、あたしの童話の創作の邪魔はしないでね」とか言い出した。
ヒャッハーー。
エモいーーー。
来た時は、杖をついてよろめいていたマツダは、なんか急に、男の顔になった。
しゃんしゃんとぴいたんをエスコートし、カフェを出て行った。
昭和初期生まれは、やっぱり胆力がちがう。
そのまま、マツダのマンションに転がり込んだぴいたんは、それから3日間、帰ってこなかった。
やるじゃないか。78と82。
やったんか。
「ーーーーーーそれがねえ」
って、帰ってきたぴいたんは、ちょっとぷんぷん、口を尖らせて言った。
「マツダさあ、足が痛い、腰が痛いって、お風呂にも入らなくて。汚くしてるから、なかなか抱き合えないのよ」
そんな二人は、3日間ずーーっとお喋りをしても、尽きることがないらしい。
マツダはヘルニアを患って、男の沽券に関わる事なので、用心してるのかもしれない。体力が戻るまで、待ってあげようよ。
というわけで、祖母も孫娘も、そろって清い関係を「更新中やで〜」ということらしい。
死ぬ気になれば、なんでもできるっていう話だ。
波乱の世の中だけど、私たちは、ほんの少し勇気を出せば、杖がなくても歩けるようになるんだ。
このまま、波にのまれて藻屑となって化石化するか、陸に上がって歩きだすか。
そういう話やで。
そういう話をあたしは書くよ、命がある限り。
と、すこしキャラ変したぴいたんは言って、空の向こうを仰ぐみたいな顔をする。
マツダはにこにこと笑って、後ろからそんな恋人をみている。
(了)
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