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小説『Hope Man』

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昭和の真っ只中、出会いと別れを経験して大人になっゆく『龍一』の生き様を描いた物語。〈イメージソングはこちら〉https://www.youtube.com/watch?v=jra…
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小説『Hope Man』第64話 冬休みの地獄と悪魔

球技大会の翌日から、また始まった。 いつもの『無視』だ。 さらにそれはあからさまで『三浦のせいで負けた』 『あいつさえゴールを決めたらな』『あいつさえいなければ』 三浦とすれ違いざまに言う者、三浦を睨み付けながら言う者、それは様々だったが一貫しているのは「球技大会で負けたのは三浦のせい」と言う、三浦への怒りの感情だった。 三浦は日々口数が減り、声も小さくなり、元気がなくなって行った。クズ組の中本と藤枝、そして龍一はいつも三浦を気にかけ、側から離れないようにつるんだ。

小説『Hope Man』第63話 球技大会

学校と言うものは容赦がない、中学三年の秋だと言うのにクラス対抗の球技大会を行うと言うのである、この仕打ちはいかがなものか。人の2倍3倍の勉強をしなくてはならないと言う龍一にとって、うぜぇとしか言いようが無かった。 『と、いうわけで今回の球技大会はサッカーに決まりだからな』 受験を控えた生徒たちによくもまぁこんな言葉を早朝から言えるものだと龍一は怒りすら覚えたが、トーナメント戦だと聞き、この期に及んでまだ戦わせるのかと思い、その怒りは『呆れ』に変わった。呆れではなく自分が神

小説『Hope Man』第62話 ファミコンへの道

勉強に打ち込まなければならないと言うのに、世の中は誘惑の魔の手を龍一に伸ばしてくる。 ファミコン 1983年(昭和53年)に発売された家庭用ゲーム機、販売価格は14.800円。龍一が8歳、小学2~3年生頃に既に発売されていた。 欲しくて欲しくてたまらなかった龍一だったが、生活に余裕のない桜坂家にとって14.800円も出してゲーム機を買うと言う事などあり得なかった、それにもまして厳格な父親である康平がゲーム等と言うものを認めるはずもなく、龍一はコツコツと小銭をクッキーの缶

小説『Hope Man』第61話 文化祭

人は嫌な記憶を自分で記憶を仕舞い込み、忘れ去ろうとする。 勿論人による事ではあるが。 その記憶を仕舞い込んだ心の扉が突然開く事がある。 それは歌だったり、映画だったり、人の言葉だったり。 龍一は犬の名前と曲が心の中の記憶とリンクしてしまった。 『酷い事された記憶は全部残ってるのに』 なぜ自分でこんな大切な記憶を仕舞い込んでいたのだろうかと考える。レオとの大事な思い出なのに…いや、きっと自分のせいでレオが連れていかれてしまったと言う事実を隠したかったのかもしれない。

小説『Hope Man』第60話 仕舞い込んだ記憶

龍一は犬が嫌いだ。 嫌いと言うよりは苦手と言うべきだろう、TVで可愛い子犬を見るとキュンとしたり、利口な犬を見ると『すげーな』と感じられるのだから心底嫌いなわけではない。 怖いとか汚らわしいとか、そんな気持ちもなかった。 なのにどうしても触れようとは思えない、抱きしめたいとも思えない、遊んであげよう、撫でてあげようとも思えない。 自分でもそれはなぜか全くわからなかった。 ------------------------------------------------

小説『Hope Man』第59話 失ったもの

夏休み最後の朝が来た。 いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまったようだ。 部屋に差し込む日の光の中に雀の鳴く声が聞こえた。 時計を見ると午前6時。 母親は既に起きているようで居間と一緒になった台所からは朝食の準備をする音がした、父親は何があっても決まった時間に必ず朝食を摂るからだ。 顔を洗いに風呂場に向かう龍一。 洗面所と言うものが無いので、風呂場で洗面器にお湯をためて洗濯機の上に乗せてお湯をこぼさぬように顔を洗う。台所を使っていなければ台所のシンクで顔を洗うのだ

小説『Hope Man』第58話 夏休み、残り1日

描いて描いて描き続けた7日間、とうとうペンを握る指の皮が剥けて血が出てしまった。痛くて握れなくなった龍一、しかし幸か不幸か龍一の童夢は完成した。 『良かった、指が壊れる前に完成して』 実際は壊れているのだが、龍一の壊れていると言う感覚はこんなものではなく、描けなくなる程の重傷を意味していた、要するに完成していなければまだまだ描き続けただろう、指にペンをテープで巻きつけてでも。 龍一は童夢を眺めた。 久しぶりにペンを握り、絵を描くことに没頭した日々は最高に楽しかった。

小説『Hope Man』第57話 考えるんじゃない、感じるんだ

この夜、龍一は机の前にしっかりと座り、一冊の漫画を開いた。 それは「大友克洋先生の作品 童夢」。 幼き龍一の心に衝撃を与え、絵でお金を稼ぐと言う夢と希望を植え付けた本である。 何度も何度も、何十回も何百回も読んだその本、龍一が本棚から童夢を出す時は本気の時だ、真剣に絵に向き合う時なのである。 童夢に触れるだけでエネルギーが流れ込んでくる気がした。 「自分は出来る、自分は描ける」そう思わせてくれるパワーを感じるのだ。 読む…それが目的ではなく、感じるのが目的。 じ

小説『Hope Man』第56話 四天王動く

旅を終えた龍一の夏休みは残り8日となっていた。 『受験は年明けだし、まだ夏だし』 龍一の心にはそんな怠け心も顔をのぞかせる。 しかし特にやる事もないので生活リズムも怠惰でだらしなくなり、好きな曲を聴きながらゴロゴロと過ごしてしまっていた。 『龍~電話~』 めんどくさそうな母親の呼ぶ声で玄関に置かれている電話をとった。何故だろうか玄関に電話を設置する家が多かった昭和。冬は寒くて長電話が拷問レベル、それでも女の子は上着を着たりして電話を楽しんでいたのだが、家族からの電話

小説『Hope Man』第55話 昂一との旅、借金王

一体何日経過したのかすらわからない昂一と龍一のトラック旅は、いよいよ目的地である埼玉県へと入った。 龍一のイメージでは凄い都会的な街だったのだが、家と家との間隔は広くて見渡す限り広大な畑の風景だった。 『あれ…思っていたのと違う』 これはあくまでも龍一の頭の中の埼玉と現実の埼玉の景色に大きなズレがあったと言うだけの事だ、実際の埼玉はそんなズレに戸惑う龍一を広大なその姿で迎え入れた。 『納品は明日だから今日は善兄(よしあに)の家に泊るからな』 『善兄?あ、そっか、埼玉

小説『Hope Man』第54話 昂一との旅、埼玉

数日間の旅を経て、訳の分からない道へ入ってしまった昂一。この時代、カーナビと言うモノは無く地図に頼るしかなかったのだが、唯一の頼りである地図を見間違えると言う失態を犯した昂一。 『龍、ここどこ?』 『俺が知りてぇわ!!!!』 『こんな田んぼしかねぇ道走ったかなぁ…』 『何回か来た事あんの?』 『いや?初めて来たけど』 『まてまてまてまて!一回停めろ一回停めろ』 ゴトンゴトンゴトン 龍一が昂一に対してトラックを停める様声を荒げた時、トラックが左右に激しく揺れた。

小説『Hope Man』第53話 昂一との旅、感情

『そろそろ寝るかぁ』 昂一が減速しながらハンドルを左に切ると、道路の横に定期的にある【P】のマークがついたスペースにトラックを止めた。 かなり大きなスペースなので、他にもトラックは止まっていたが全く気にならないくらいに広かった。恐らく他のトラックも休憩しているのだろう。 『兄貴、ここで寝んのか?』 『おう、何か問題でもあるんか?』 『いや、ないけど』 『後ろのベッド、今回は使って良いぞ、次俺な、かわりどんこにすんべ』 『かわりどんこ?んまぁいいや』 突っ込むと

小説『Hope Man』第52話 昂一との旅、逃走

右も左も前も山山山。 一体どこを走っているのかわからないのに景色がずっと山では、ヒントとなる位置情報が全くないので誘拐されている気持ちになった龍一。 『龍、なんか曲かけてくれ、眠てぇ』 『あ、うん』 リュックから持ってきたカセットテープを選ぶ龍一。 『眠気覚ましならこんな感じかな』 そう呟きながらテープを入れた。 いきなりド派手なディスコソングが大音量で車内を包む。 『お!いいじゃんいいじゃん!』 『いいだろ?』 眠気のぶっ飛んだ昂一はアクセルを少し踏み込

小説『Hope Man』第51話 昂一との旅、自動販売機

数時間でフェリーが到着した、海を渡ったと言う実感こそ無いが、船酔いの残るフワフワとした足の感覚はしっかりとそれを感じていたようだ。 トイレの手洗い場で歯を磨き、昂一と共にトラックに乗り込む。 朝食は船を降りてからにしようと言う事になり、いよいよ陸地へと降り立つ。 見知らぬ街なのに懐かしい感覚がする街並みに龍一の心が湧いた。 修学旅行で通り過ぎただけの街だったから、ゆっくり見れるのが嬉しい。 結構な時間トラックは走るのを止めない、腹が減って来た龍一は昂一に尋ねた。