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キンモクセイが咲いたら

夏の終わりは急にやってきた。
風の音にぞおどろいて。
背中にじりじりと照る夕陽があついな、と恨めしく西の空を睨めつけながら角を曲がり陰に入ればひんやりとして心地よい。
秋だ。
行き過ぎる学生の自転車が運んできたのはキンモクセイのかほり。

姿は見えぬが、きっと筋向こうの家の庭木にあるのだろう。

この香りは四半世紀前の風景を呼び起こす。
キンモクセイの小さなオレンジの花の敷き積もった木陰で、
ござをひいておままごと。小さなエプロンとセルロイドのベビー人形。

夏の終わりに引っ越してきたおさげのあの子は、
はるなつあきふゆ一緒に過ごして、それから次の春に引っ越していったけど
今はどこでどうしているのかしら。

あの大きな木蔭で
豊潤な香りとオレンジの小花に彩られた小さな小さなおうちの中で
―ただいま。おかえりなさい。ばんごはんできてますよ。ありがとうございます。おみやげのおかしをかってきましたよ。えきまえのおいしいケーキです。ではいっしょにいただきましょう。

今日の晩御飯、なんにしようかな。
なんて、太葱が飛び出したエコバック下げてわが家へ帰る道々。
ふと薫ってくるキンモクセイが、四半世紀の時の扉を開けて、
私とあの子をめぐり合わせてくれる。

あの子も、キンモクセイが咲くころになると
この世界のどこかで、あの小さな世界を思い出してくれていると素敵。

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