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「Penguin's Detour」をとおして

みなさんいかがお過ごしでしょうか。昨今に限らずですが、体調管理、大事だと思います。メンタルケアにもつながります故、侮るなかれ。健康第一。




先月のことですが、「Penguin's Detour」というオリジナルソング&MVを投稿したところ自分で作った割にはちょっと引くほど再生されていて、へぇ~とジワジワ伸びていく数字を静観しつつ、ダラダラ羽を伸ばしていたら、イヤハヤ1か月が経っておりました。

※追記:2020年11月にリメイクして再投稿したのでそちらを添付します。
※追記:2022年4月10日にMV公開終了しました。ありがとうございました。
https://note.com/studiohayashida/n/na85b39f7430f



動画へのコメントも、「良い曲」とか「えもい」とか「すこすこのすこ」等ありがたいことに嬉しい反応を未だいろいろな方面から頂いてます。作者という立場ではありますが作品を楽しむ目線は平均してみなさんとあまり変わらないと思っているので、「ありがとう」というより「そりゃよかった~」という気持ちの方が大きいかもしれません。




投稿されてからずっと聴いてましたという方でもいい加減そろそろ飽きてきた頃なんじゃないですかね。ここぞというタイミングを見計らって、今回はその「Penguin's Detour」についてちょっとだけ踏み込んだ話(解釈とか作品の根幹を成す領域にはなるべく触れずに)と今後について少し書いていこうと思います。作品の評価もここまで来ればそういった需要は無きにしも非ずかなと思いました。この曲を知ってくれたうえで興味のある方はぜひ読んでみてください。




経緯

暗い話をするつもりはないのですが、心療内科でうつ病と診断されたのが昨年の初夏ごろ、実はこれが一度目ではないものの比較的軽いものでしたが、ひたすらにどうしようもない日々が続いていました。その一年前からSAD(社会不安障害)とOCD(強迫性障害)というものも患っていたのですが、そういった病名をどこかで欲していたこともまた健康的ではなかったと思います。




幸い周りの人の協力もあり、おかげさまで今はだいぶ落ち着いています。治していったというよりは適応していったという感じに近いかもしれません。他人や境遇は変えられないし、かといって自分のこともたいして変えられないけど、それでも知ることはできたというか。




これはある程度のことが済んだ側の意見かもしれないけど、直面する課題においてまずは今何が起こっているのかという状況を「俯瞰する」というのはきっととても大切なことで、ずばりそれがこの作品のテーマでもあります。




もともとの歌詞とメロディーは二年くらい前から既にあって、昨年の晩秋くらいにまた本格的につくりはじめました。二年前の自分に共感できた分、制作を進めることへの抵抗は特にありませんでした。




作品制作というアウトプットは自分にとって自尊心を保つための数少ない手段のひとつで、どの作品も決して偶然の産物ではありません。絡まった刺繍糸を丁寧に解いては一から刺繍し直していくような作業を延々と繰り返すので、基本的に制作中はほとんど苦しみしかないのですが、これはもう性癖というか、とにかくそれをやらずにはいられなかったんですよね。




場合によっては未完成のまま野垂れ死んでいただろうなとか思うと、今こうしてこれが書けている自分を我ながら誇りに思っています。それくらいこの「Penguin's Detour」は自分にとって掛け替えのない作品であり転機になってくれたような気がしています。




意図

全体的に暗い曲と詞ですが、一貫して暗いイメージにしてやろうというつもりはなく、作ってたときは、メロディは明るくしてみようとか、サビだけ明るくしてみようかなとか、とにかく「どこをとっても悲観的なもの」にだけはしたくありませんでした。それは完成に至るまでも同じです。




ただ、どんな理屈も敵わないほど憂鬱に陥ってしまう時というのがやっぱり自分にはあって、毎日なるべく平穏無事に過ごしていたいと思ってはいても、じゃあ憂鬱じゃない時だけが物事の本質を捉えられているかというとそうでもないかもわからない。だから毒は毒として、この曲ではあくまで「俯瞰する」というスタンスを目指しました。




タイトルについて

「そもそもなんで🐧やねん」と。ちなみに最初は「Detour」っていうタイトルでした。漠然とこの曲のシンボルみたいなものが欲しいなと思ったときに、その見てくれであったり、生態であったり、この曲における人間の描写が🐧にもリンクするなと思ったので、様々な要素の公約数をとって修正していった結果、こういうタイトルとああいう歌詞になりました。




それと「Detour」の読みについて。自分では「ディートゥア」と読んでますが、この曲に関してはべつになんでもいいです。ある人は「デツアー」、「ドゥーティア」、「ドトール」、極めつきには「ダンス」って読んでた人もいたけど、いいよ。




今後について

およそ二年ほど前にこんなことをつぶやいてます。

これは今でもおおよそ変わりません。




ずっとプロの音楽家になりたいと思っていたしそれは今も変わらないのだけど、自分の力量を確かめていくうちに諦めないことへの諦めというか、「なんだかんだ楽しく生きていければどうなってもいい」という考えにシフトしていきました。なりたい自分になるよりも、なりたくない自分にならないことの方が遥かに大事で、自分自身すら味方につけられなくなってしまったときが本当の不幸だと思います。




音楽なんて耳が聞こえない人を前にすれば一体何になるんだとも思うし、森羅万象そういうのを突き詰めていけばキリがないけれど、最終的には今自分にできることだけを粛々とこなしていくほかないんですよね。




なので、こんな自分を応援してくださっている方々の期待に応えられる自信や見込み、そういったものが具体的に整うまでは今あるだけの作品を存分に愛でてあげてほしいと思います。サブスク等の配信を希望する声もたくさんいただいているのですが、いつかアルバムとして形に残したいなと思っているので、この度は見送らせてください。いずれもどうもありがとうございました。これからもどうぞご自愛ください。





おわり。