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「快感教材」から自分の世界に没入しがちな子どもとの関わりをつくる (『せんせい、いっしょ。-特別支援学校のちょっと変わった先生の、ちょっと変わった教材の話-』#01北野ちゆき)

「Studio oowa」では、2024年の企画第一弾として、特別支援学校教諭の北野ちゆきさんによるエッセイの連載を始めます。

夏休みのある日、誰もいない教室に大量の「教材」が並べられた写真がInstagram(@chiyu_ki)にあがっていました。それは「特別支援教材」と呼ばれる、主に知的障がいのある子どものための教材です。一般的にイメージされる教科書やドリルのようなものに限らず、一見すると「道具」や「玩具」とも呼べそうなものたち。しかも全児童に共通するものがあるのではなく、一人ひとりの特性に合わせてつくられ、集められた教材なのです。

そもそも学校の先生がInstagramで毎日情報発信をしていることにも驚いたのですが、まずはその数に圧倒されました。日頃から障がいのある子どもを育てている一人の親として、またアートやデザインに関わる身としても心惹かれ、すぐに北野先生にメッセージを送り、そのとき”開催”されていた「ひとり教材展」を見学させてもらいました。
(誰に見せる為でもなく、自分が作ったモノをずらーっと並べてみる。ものづくりをしている人なら誰しも経験がありますよね。)

いわゆる”特別な支援が必要な子ども”を育てていると、彼らの”わからない理由”がわからないことが多々あります。”わからない理由”がわからないから、どう教えていいのかわからない。

それぞれの”わからない理由”(や好きなもの)に対して丁寧にチューニングされた特別支援教材を見ていると、その教材が生み出されたきっかけとなった北野先生の”友人”と出会っているような、またこれから僕自身が出会うかもしれないまだ見ぬ友人たちに先に出会っているような、そんな感覚になりました。

この特別支援教材はなぜ生まれたのか、他にどんな教材があるのか、もっと知りたい。そして特別支援教材を知ることを通して、彼らが持つ特性の一部を知ってもらえるきっかけになったらいいなと思っています。

Studio oowaでは、noteの連載と並行して特別支援教材の展覧会を定期的に開催する予定です。特別支援学校や支援級の先生、児童発達支援や放課後デイサービスのスタッフ、そして特別支援教材を必要としている子どもたちやその親たちの交流の機会になればと思っています。

 このエッセイをきっかけに、特別支援教材を通して彼らの特性に触れるきっかけになれば幸いです。

                        Studio oowa 加藤甫

#01 快感教材

枕の角を指でぎゅっと押すとき。
ゆで卵の殻をむくとき。
マットレスにダイブするとき。
おばあちゃん家の障子に指で穴をあけるとき。
ママの二の腕をふにふに触るとき。
真冬の霜柱を踏むとき。
ピタゴラスイッチ

快感(かいかん、: ἡδονή, ギリシア語ラテン翻字: hēdonē、: voluptas、: pleasure)は、気持ち良いと感じる事。快楽(かいらく)、享楽(きょうらく)とも。喜び幸せ満足等の感情と密接に結びついている。

wikipediaより

みなさんの快感はなんですか?


特別支援学校の教員の仕事の1つに「教材づくり」というものがあります。100円ショップなどで材料となる日用品を買ってきて、カッターや両面テープなどを駆使して切ったりつなげたり、木材を加工したりして、その子にあった教材を制作します。ここ数年の知育玩具ブーム。職業柄、心踊ります。ブームのおかげでおもちゃ屋さんだけでなく、100円ショップ、スリーコインズ、フライングタイガーなどにいろいろな知育玩具が置かれるようになりました。もちろん購入して教材として活用していますが、市販のものでは特別支援教育では適さない場面も出てきます。
商品として販売されている知育玩具は、1つの商品でさまざまな学習ができるようにデザインされています。1つの教材に複数の意味がある知育玩具だと特別支援教育を必要とする子どもたちには混乱してしまい、分かりづらいこともあるのです。けれども教材にバリエーションは必要不可欠です。(1つの教材の使い方を習得することが目的ではなく、)いろいろな教材で学習することによって習得したことが、その具体的対象を離れ、法則となって定着することを目的としているからです。

特別支援学校教員14年目の私にも、子どもたちから生まれた自作教材がたくさんあります。たくさんの子どもたちとの出会いのおかげで、100近くの自作教材が棚を埋め尽くしています。

そんな私には、ある儀式があります。夏休みになり、登校してくる子どもたちがいなくなると…棚から次々と教材を出して、広い教室に並べていきます。「1人教材展」と呼んでいる儀式で、並べながら教材のメンテナンスをしたり、カテゴリーや段階別に分けたりして、自分の経験と知識をつなぎ合わせようとしています。
並んだ自作教材たちを眺めていると、「この教材はあの時の…」「この教材はあの子と…」、あの時にタイムスリップしたようによみがえってきます。
その時、子どもの目が輝く・子どもが何度も手を伸ばす「快感教材」があることに気づいたのです。

今回は、子どもたちから生まれた「快感教材」について、語りつくします。

北野先生が作成したオリジナルの特別教材たち

「感覚」に興味があることを強みと捉えて、感覚に訴える「教材づくり」をしよう。

快感という要素を教材に取り入れた「快感教材」の発祥は、数年前、ある子との出会いにさかのぼります。
小学部低学年ASDの彼は、ビー玉のような黒い瞳をしていて、両手は胸の前で静かにすり合わせていることが多く、発語はほとんどなく、高くて小さい声でハミングのような音色を出していました。
排水溝に水が流れていく様が大好きで、その両手をいつもより強くこすり合わせながらキラキラした目で排水溝を見ている…どちらかというと、大人しい印象の少年でした。

また彼は、複数の細かい物を手に乗せて、シャラシャラシャンシャン…と手のひらで上下させることを好んでいました。
教室にあるいろんな物を集めては、手のひらでシャラシャラシャンシャン…延々とやっています。座りながらシャラシャラシャンシャン。歩き回りながらシャラシャラシャンシャン。
視線を合わせようとして顔を近づけると、私の髪の毛を手に乗せてシャラシャラ…
個別の学習の時にも、ひも通しに使う教材やプットインに使う教材等、いろんな物が彼のシャラシャラシャンシャングッズになります。
シャラシャラシャンシャンの自己世界に没入している。そんな一面もありました。

そんな様子を見て、私は「彼の世界・視界に入りたいな」と、感じます。

彼に、活動や学習に注意を向けてもらおうとして、シャラシャラシャンシャンを制止したり、名前を読んで声をかけると、「興奮」か「怒り」の状態になります。
キャッキャと声をあげて笑いながら、教室中を走り回る「興奮」。
声をかけた大人の目をきつく見ながら、自分の顎をコンコンたたいて示す「怒り」
シャラシャラシャンシャンをしている時は静かで大人しいんです。が、その自己世界を邪魔されると、混乱を示す彼でした。

そんな様子を見て、私は「感覚刺激と自分だけの世界にのめりこんでいる彼と、交わりたいな」と感じます。

そこからスタートしたのが、彼と快感教材と私の物語です。
個別学習の時には、

  1. ぼーっとして動きが鈍い

  2. シャラシャンシャンの固執が強い

の2パターンの様子が多くありました。

「ぼーっとして動きが鈍い時の彼」は、いつも胸の前で合わせている手も下がっていて、「元気ない?」と思ってしまうような様子で、ただ静かに椅子に座っています。
コイン入れのコインを手渡すと、チラッと一瞬だけ見て入れます。が、2回目3回目と続かない。意識も身体も脱力状態っていう感じでした。

「シャラシャラシャンシャンの固執が強い時の彼」は、眼がギラっとしていて、教材かごから一瞬にして好みの素材を見つけ出すと、素早く取ってシャラシャラシャンシャン!!
「これやったら、この素材あげるよ」の交渉(というか、もはやお願い)で、シャラシャラシャンシャンの合間に教材に取り組むか、椅子から立ち上がり教室の隅でシャラシャラシャンシャンシャラシャラシャンシャン…と、より自己世界に没頭したい日もあったり。そんな感じでした。

このように、その日・その時の状態で彼の目に見える行動は違いますが、
基本的に学習にそこまで興味がなく、教材も彼の自己刺激の材料になる状況でした。

そこでまずは、彼の眼を、教材という外界に向ける。
そう考えている時に注目したのが、彼の「感覚への没頭」です。

シャラシャラシャンシャンの時、その音×手触り×細かい物が舞う視覚の全てが合わさった「快感」に、彼はのめりこんでいます。
彼が「感覚」に興味があることを強みと捉えて、感覚に訴える「教材づくり」をしよう。自己の世界に没入する彼と、教材(外界)との最初の出会いは、この教材でした。

♢カチッと棒さし @障害児基礎教育研究会

木製の棒をさすと、仕込まれた強力マグネットが「カチッ」と心地よい音を鳴らします。
一本目の棒さし。「カチッ」の瞬間。いつものようにほぼノールックで手を動かしていた彼の黒い眼が見開きました。
私が木製の棒を無言で差し出すと、彼は視線を棒に動かし、1秒・2秒と見て、胸の前で合わせていた手を静かに伸ばします。
棒を持って、棒を見て→穴を見て→また棒を見て、さします。「カチッ」
え?また?なんだ?のような、訝しげな表情です。

私は彼の〈快感の仕組み〉に気付きました。

  1.  快感「カチッ」による手応え・フィードバックがある

  2. 自分の行為「棒を入れた」に気付く

  3. 自分の行為に意味ができる:「こうしたら、こうなる」

  4. 目的をもった行動「棒を入れる」が自発する

一番変化があったのは、彼の目です。
これまでの彼は、コインが手渡されるとコイン入れをチラッと見て、大体の感覚で入れていました。時々、私が意地悪をしてコイン入れの場所を動かすと、あれ?とチラ見する。(しつこくやりすぎて、怒らせてしまったこともあります。)快感教材の魅力を発見した彼の目は、次のように①から②へと変化していきました。

①触ったあとに見る
 手で触れて棒が入って「カチッ」の後に目で見ていた。
 手の次に目がきていた。
②見てから触る、見てから入れる
 ①と異なり、目が先にきています。
 見てから棒に手を伸ばす、見てから目的(棒を入れる)を持って手を動かす。
 目の意味を実感し、彼の目は「意思をもつ目」になったようでした。
(その後、見比べる目へと進化をしていくのですが、その話は、また今度)

彼のように、「手の次に目」なのか「目の次に手」なのか、でその子の「目と手の協応」段階が変わってきます。
操作としての教材ではなく、教材をどう見ているか、がその子の世界を捉えるポイントになります。

こうして、快感教材によって、自己世界から外界に出て、彼と教材との出会いが遂げられました。

快感教材の魅力はそれだけではありません。
〈快感の共有〉によって、教材を介して、私と彼のかかわりも変化しました。

♢ゴルフボール入れ  @障害児基礎教育研究会

細かい物をシャラシャラシャンシャンしていた彼の手に、ゴルフボールが手渡されます。手のひらを広げるほどの大きさで、ずっしりした重みがかかり「持っている」実感がある。教材の快感に気付いた彼は、

①手渡されたゴルフボールを見て、筒を見て、またゴルフボールを見て
②筒に手を伸ばし、手を広げて落とし入れる
③快感「ゴトン」

「これか。」のような表情をしているように見えました。
そして、視線は合っていないのだけど、目の端でこちらを見ているような彼。

「私を待っている」、「ゴルフボールを差し出す私の動きを待っている」
その瞬間、私はそう感じました。
私は無言で、ゴルフボールを差し出します。
視線がゴルフボールに固定され、彼の手が伸びました。
「ゴトン」…自分の行為の結果を見送って、私の手元に視線を動かす彼。
そして、ゴルフボールを差し出す私。
…なんだかロマンチックとも思えるような時間が続きました。
快感の共有によって、彼-教材-私の関係が成立しました。

「感覚刺激と自分だけの世界にのめりこんでいる彼と交わりたい」私の望みが叶ったのです。


快感教材によって生まれた関係性の変化

それと同時に、学習場面以外でも、彼と私の関係が変化していきました。
シャラシャラシャンシャンも相変わらず好きな彼ですが、同じくらい好きなことができました。くすぐり遊びです。

「3、2、1!」でのくすぐりにゲラゲラ、笑いながら教室中走り回って私から逃げ出したり、他者(外界)とのかかわりを思う存分楽しんでいます。
その中で一番ハマった遊びが、彼が私の手をひいて「ここに立って」と伝えます。私がじっと立っているのを確認すると、4mほど離れた遊具の上に彼が立ちます。そして胸の前で合わせた手を小さくパチパチしながら、彼は待っています。「3、2、1」と彼のもとへダッシュして、こちょこちょ~!爆発的な笑い。
昼休みの定番の遊びになり、私たちは何度も何度も繰り返しました。
ある日、彼がすでにニヤニヤしながら「ここに立って」の指示、もう私もニヤニヤです。

いつものように、少し離れた遊具の上に立って、両手をパチパチ…
こちらをキラキラした黒い瞳で見て、「せんせー!」と高い声、そんな声だったんだね。
発語のほとんどない彼が、初めて「せんせい」と発した瞬間です。私も満面の笑みで、鳥肌を立てながら、彼のもとにダッシュしました。

快感教材の魅力、を彼(子ども)から学びました。
そうして、私は今日も教材づくりに励んでいるのです。

その後も、快感教材の研究と実践を重ねて、「カチッ」「ゴトン」以外の快感があることを見つけ、いろいろな快感教材が生まれました。(ちなみに…これは、極上の快感だ。と唸りながら私が参考にしたのは、「障害児基礎教育研究会」と「モンテッソーリ教育」です。)

いくつかの快感教材をご紹介します。

♢小豆あけうつし

♢ラップのピックさし @soraiangle

♢ミシン目カッター


快感に気付いた時。子どもの表情は、「あれ?」「おや?」「これは…」という感じで、笑うというより…職人のような緊張感のある表情になります。
そして、目で物を捉えて、自分の行動の結果を目で確認することで…彼・彼女の目が「意思を持つ目」となります。
目的を持って、手を伸ばし、操作することで…彼・彼女の手が「意思のある手」となります。
自分の目と手で、外の世界とかかわり生きていく。
これが、学習の根幹の1つかもしれません。

そして、そんな学習の瞬間の子どもを見ることが、私の一番の〈快感〉なのです。

(つづく)

執筆|北野ちゆき
写真・編集|加藤甫
モデル|oowa kids

【ひとり教材展 at oowa vol.1】

夏休みに誰もいない教室で行っていた【ひとり教材展】が教室を飛び出して開催します。会場は横浜市西区にあるスペース@studio_oowaです。1回目は本連載の#1快感教材、#2眼球で取り上げた教材たちです。どなたでもご覧になれます。ぜひ足をお運びください!

開催日|2024年1月21日(日)2月3日(土)に延期になりました!
時間|10:00-16:00
会場|studio oowa(神奈川県横浜市西区中央2-46−21 万代ビル1F
参加|無料
主催|Studio oowa
問い合わせ|oowa.studio@gmail.com/08034542269(代表:加藤)
助成|横浜市地域文化サポート事業・ヨコハマアートサイト2023

北野ちゆき
1988年青森県生まれ。宮城教育大学教育学部養護学校教育専攻修了後、神奈川県の特別支援学校教員として勤務。知的障害特別支援学校を3校経験し、多くの子どもたちと出会う。「学校をワクワクに」「子どもから学ぶ」がモットー。特別支援教育ならではのワクワクを広げるためにInstaglam(@chiyu_ki)での情報発信や、2023年より横浜市の放課後等デイサービスのアドバイザーなど、学校内にとどまらず地域や福祉へと関心の幅を広げている。特別支援教育をライフワークとする1児の母。

Studio oowa
横浜市西区にある加藤甫写真事務所が運営するスタジオ兼コミュニティスペース。”oowa”とは、1人の発話が苦手なダウン症の男の子が使うオリジナルの言葉「おーわ」に由来する。社会がまだことばと認識できていない行動やアクションを探し、尊重・共有することでオリジナルのコミュニケーションを模索するばづくりをおこなっている。 Instagram|@studio_oowa




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