怪談 『ハサミ』
「津田爽子、て名前でした」
美容師をやっている赤山さんは言った。
「爽子は、店に来た時は明るくてお話好きで、努力家で仕事も覚えるのが早くて……店長も、あの子はいいとこまでいける、なんて、褒めてたんです」
ただ、センスは今ひとつでしたけど、と赤山さんは眉を潜めながら言った。
「爽子には、親友がいて、美容師学校の同期生で。その子は別の店で働いてたらしいんですけど、将来その子と共同で美容院開くんです、て楽しそうに話してました」
だけどある日、爽子は沈んだ表情で出勤する。
「店長が、どうかしたのか、て訊いたら、親友の子が死んじゃったんです、て答えて。私も、えっ、て思ったけど死因とかとても訊ける雰囲気じゃなくて。店長も、そうか、まあ、元気だせよ。くらいしか言えなくて」
そこからの爽子は、人が変わったように暗い人物になってしまったという。
「はじめは、ショックだろうから、て店長も黙認してたんですけど、お店の雰囲気も良くないし、お客さんも察しちゃうし。で、お店が終わった後、みんなで爽子に、このままじゃ困る、て話をしたんです」
爽子は、何も言わず、頷くことさえせず、ただボーッと皆からの言葉を受け流していたという。
「で、店長も怒っちゃって。そんなんならもうお前こなくて良いよ、とかまで言いだして。それでも爽子はずーっと黙ったままで」
皆も呆れ果て、仕事の疲れもあり、今日はこれで解散しよう、となったその時。
「爽子が突然、服の下からハサミをだして。髪切る用のやつを。皆、あっ、て吃驚したけど誰も動けないでいて。なんとなく私なんか、店長が刺される、とか思っちゃったんですよね」
赤山さんは少しだけ笑った。
しかし店長が刺されることはなかった。
「爽子、そのハサミでジョキジョキジョキジョキ、自分の髪を切り出して。鏡も見ずに、ただ適当にザカザカって。あの子、綺麗な髪してたのに、それがみるみる互い違いのザンバラ頭になっていって」
バッサリと髪を切り終えた爽子は、ハサミを床に投げ出して、唾を吐いて話しだした。
「『これ、あの子の愛用のハサミなんです。あの子のお母さんが、これは爽子ちゃんが持っててね、て渡すんです。あの人、あの子が死んだの、私のせいだと思ってるんです。狂ってるんですよ。絶対に私のせいなわけないのに。そう思いません? ねえ?』」
一気にそうまくしたて、『絶対私関係ない』と一言だけ呟くと、爽子は出て行ったという。
「その後、皆で爽子の切られた髪を片付けようとしたんですけど、あの子の髪、一箇所に固まって、床から取れなくなっちゃってて」
爽子の髪の山は、美容院の床から生えてるかのように、その場から動かせなくなってしまったのだと、赤山さんは言う。
「店長が、皆もう帰って良いよ、後は俺やっとくから、て言ったから皆帰ったんですけど、次の日店に出たらまだそのままで」
店長は、「どうやっても取れないんだよこれ」と言った。
「仕方ないからその日はそのままにして、床に布を被せて隠して営業したんですけど、お客さんが皆、なんか変な臭いがする、て言ってきて。私達は何も臭わなかったんですけど、どのお客さんも皆、髪の毛が焼けたみたいな臭いがする、て言ってきて」
「私達も店長も原因はきっとあれだ、てわかってたけど、それを言うわけにはいかなくて」
結局その日の晩、店長がなんとかするから、と言って再び美容院に残ることになった。
次の日、赤山さんが出勤すると、美容院が燃えてしまった後だった。
消防士が言うには、床にライターオイルが撒かれて、そこに火がついてあっという間に燃え広がったそう。
「あ、店長が燃やしたんだ、てわかって」
その店長は、焼け跡から遺体で発見された。
「で、その日の夕方のニュースで、爽子が河川敷で焼死体で見つかった、て知って。ああ、店長があの子の髪を燃やしちゃったからだ、て漠然とわかったんですよね」
赤山さんは、なんでかわかんないんですけど、と付け加えた。
「で、それから店の皆とも疎遠になっちゃったし、話すこともないんですけど、ずっと一個だけ引っかかってることがあって」
赤山さんは小さく折りたたまれた紙を取り出した。
「爽子の死んだ親友が、どうして死んだのか、どうやって死んだのか、気になるんですけど、自分ではとても調べる気にならなくて。--ここにその子の名前が書いてあるんで、よかったら調べてくれないですか?」
赤山さんと別れた後、紙は開かないまま、駅のゴミ箱に捨てた。
世の中には知ろうとしない方が良いことがある。
※ 登場する人名は全て仮名です。
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