怪談『追走』
「冬前だったので、まだ全然暗くって」
新聞配達をしている真鍋さんは言った。
朝五時過ぎ、最後の配達を終えて、住宅街を通って配達所に戻るときだったという。
「薄ら暗い、というか。空は徐々に明るくなりかけてるんですけど、まだはっきりとは見えない、みたいな。ちょうどあれです、夕方の黄昏時の、朝版、みたいな感じ」
黄昏は、誰彼とも書き、自分以外の者の顔が暗くなりかけてるため、果たして誰なのかが判別できないような時間帯である。
「まあ、だんだん明るくなるわけだし、仕事も終わったしで、のんびりと自転車を漕いでいたんですけど」
真鍋さんの正面から、同じような自転車のライトが見えた。
「正面から、自転車が来てるな、て思って」
住宅街の道といってもそこまで狭いものではなく、車も通れるほどの幅もあったため、気にせずにペダルを踏んでいたという。
「だんだんライトが近づいて来て、で、サーっとすれ違ったんですけど」
自転車を漕いでいた人の顔が気になった。
「服は、普通の、リクルートスーツみたいなの着ていて、スカートから足が出ていたので、ああ、女の人だな、て思っただけなんですけど」
その女性の顔がどうしても気になったという。
「長い髪で、普通っぽいんですけど、顔が、真っ白だったんです。色白とか、メイクとか、そんなんじゃなくて、まだ暗いのに顔だけ、ぽあっ、と浮かび上がってるくらい白く光ってて。で、その白い卵みたいな顔に、おっきい目と、おっきな口が開いてて」
真鍋さんは自転車を漕ぎながらも、どうしても今すれ違った女性の顔のことが気になった。
「歯がね、並んでたんですけど。上下。ずらっと」
それが気になった。
「だから、あれ? と言うことは、あの女の人、こうやって、歯を、イーッ、てやりながら自転車漕いでたってことなのかな?」
もう見えるわけないのだが、あまりに気になったので、ひょい、と、後ろを振り返ってみると。
「真後ろに、白い顔が、イーッ、てやりながらこっちに向かって自転車漕いでたんです」
白い女の顔は、今にも真鍋さんの背中に当たりそうだったと言う。
「パニックになって思い切り自転車漕いで……ようやく配達所に戻りました。あの女の人は、いつの間にか居なくなってましたけど」
真鍋さんはその後、配達中に事故にあって新聞配達を辞めた。
「ああいう時間帯に会う人は、気にしちゃいけませんね。それにしても、死ぬかと思うくらいビックリしましたよ、あの時は」
死ななくて良かったね。
※登場する人名は全て仮名です。
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