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怪談『香典』

「怖い話というか、なんかよくわかんない話ならあるんですけど」

アマチュアバンドをやっている奥井さんは、そう笑った。

「スタジオで練習を終えて、深夜勤のバイトに行って、朝方、帰ってた時です」

そのバイトは朝5時に終わり、まだ薄暗い道を、奥井さんは自転車で走ってたという。

「眠かったし疲れてたので、目線が地面の方しか向いてなくて。それで気づいたんですけど」

奥井さんは、視界の端にお金を見つけた。

「少し通りすぎて、ん? って思って。引き返したんです」

するとやはり、視界に入ったものは、1万円札であった。

「垣根の下の方に、お金が落ちてたんです。やった、ラッキー、と思って、その、言いにくいんですけど、ネコババしようと思って」

葉っぱの下に落ちているお札に手を伸ばして、気がついたらしい。

「1万円札が、四枚あったんですけど、全部新札で。珍しいなあ、と思ってたんですけど」

四枚目の1万円札の下から出てきたものがあった。

「封筒だったんです。白と黒の。御霊前って書いてありました」

香典の封筒だったらしいのだ。

「え? なんでこんなものが? って吃驚したんですけど、とりあえずもらっとこうと思って」

周りに誰かいないかと見渡した時に、気づいたらしい。

「お金と封筒が落ちてた茂みの向こうというか、内側に、大きめのゴミ袋が二つ、置いてあったんですよ。で、そこに凄い小バエがたかってて」

その途端、ゴミ袋の内側がガサガサ、と動いたという。

「その瞬間、ああ、自分のちょっと前に、香典の封筒見つけた人がいて、中身を取り出したところで、ゴミ袋を見つけて、慌てて逃げ出したんだ、って理解できて」

奥井さんはお金に手を付けず、封筒ともども、その場に戻したという。

「その後は必死で自転車こいで帰ったんでわかんないんですけど。アレなんだったんでしょう? やっぱ四万円もらっとけばよかったすかね?」

知らん。

※登場する人物名は、全て仮名です。

#怪談 #短編小説

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