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怪談『カーナビ』

「もう今のこのカーナビは違うんですけど」

タクシー運転手の大森さんは言った。

「前まで使ってたカーナビがどういうバージョンだったかはわからないんですが」

相当、古いものであったらしい。

「で、夜中に走ってたときです」

若い女の人が、大森さんのタクシーを停めた。

「住所を告げて、そこに行ってくれって言うんですけど」

カーナビに住所を入力すると、そこは神奈川県の山道の真ん中だったという。

「こんなとこで降りるの? てくらい何もないただの山道で」

だが大森さんは、客に言われるがままに、降ろしたという。

女の人は真っ暗な道路に立ったままで動かない。

「本当にいいんですか?」

心配になり、大森さんは尋ねたが、女の人は何も言わずに立ったまま、じっ、と森の中を見ていたという。

「で、そっから一週間くらいあとなんですけど」

やはり、夜中に拾った若い女の人が、同じ住所を告げたという。

「本当になにもない、ただの山道なんです。その住所。でも、その人もそこで降りるって言って」

大森さんは降ろし、料金を貰った。

やはり女の人は何も言わずに、ただ森の中を見ていた。

「なんか、私が知らないだけで、若い人向けのペンションでもあるのかな、て思って」

あまり気にしないようにしていたと言う。

そしてまたも深夜に拾った若い女の人が、同じ住所を言った時、大森さんはとうとうその客に、訊いた。

「そこ、何かあるんですか」

返ってきた答えは、
「友達を、探してるんです」だった。

三人目を下ろしたとき、大森さんは「もう次は断ろう」と決めたが、四人目が現れることは、今の所ないと言う。

「それからカーナビが新しく変わって、今のこれになったんですけど」

大森さんは、カーナビを操作して、住所を一つ入力した。

「これがその時言われた住所なんですけど、もう、あの道が表示されなくなっちゃってて」

液晶画面を見せてもらうと、ナビに表示されていたのは、神奈川県の山道などではなく、町中の建物だった。

「火葬場なんですよ、そこ」

大森さんは言った。

「なんでそんなことになるんですかね」

訊かれても困る。

※登場する人名は全て仮名です。

#短編小説 #怪談

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