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『アイ アム ア ヒーロー』 感想 ※ネタバレあり。

現代日本にゾンビが産まれてバタバタする映画。

鑑賞前に抱いていた不安は、全て取り払われました。

それらは、人体破壊がぬるい、ご都合主義、整合性がない、などです。

全て、満点で飛び越えてくれましたね。

監督の演出力が冴えまくっていて、「台詞でなく、アクションと画で見せる! 」が、全て成功していて感動しました。

一番初めに感動したのは、英雄が神社でメロンパンを別けるシーン。

あれ、元々てつこのために買ってきたやつなんです。
でもそれを、新たな英雄のパートナーに分け与えることで、英雄が、先のステージに進んだことを、余計な説明なしに表している!
震えました。

また、このシーンでは、有村架純が、知り合ったばかりの英雄に、やけに馴れ馴れしいです。

性格の悪い俺なんかは、「いきなりこんな仲良くなるなんて嘘だろーいくらタクシーシーンで助け合ったといえどもさ」と、せせら笑っていたのですが、その後の、有村架純に噛み跡があったシーンが来ることで、「あっ! いきなり仲良くなるのは、有村架純が、もう自分は死ぬと理解していたからなのだ!」と、発見し、感動したのです。

この一連のシーンの構成の素晴らしさで、俺はすっかり、「完璧な脚本やんけ」と感動してしまったので、その後は全て震えて観ました。

一見ネタかと思われる腕時計のシーンが、その後素晴らしい回収をされる伏線も込みで、脚本が満点でした。

皆さん言ってますが、冒頭のパニックシーンはリメイク版の『ドーンオブザデッド』の清々しさを踏襲していてわかってるね! だし、ばんばん人が車に撥ねられる描写はリアルですごく満足!

ゾンビはいちいちグロくて破壊され尽くしていてお腹いっぱい!

タクシー運転手が、「私は三十年優良運転手だったんですよおおお」と言いながら速度を百六十キロ出す所も、その後の、ゾンビが生前の記憶で行動している、の説明含めて楽しかったし、女子高生の有村架純は可愛いし、可愛いのに生首もぐし腕引っこ抜くし、言うことなし!

ショッピングモールに移動してからは嫌な予感しかしないし、その予感を満足させてくれる人間関係嫌描写も完璧だし、血塗れになる有村架純の制服もセクシャルだし、岡田君は絵に描いたようなヒャッハーで早く死ね! と思ってたら意外と生き残って最後カッコ良いし、自己犠牲で死ぬカッコ良いおっさんいるし、なんだよこれ、ゾンビ映画に必要な要素全部取り込まれてるじゃん!

と、思ってたら、足をショットガンで撃たれても元気に跳ね回るゾンビとか巨デブゾンビの登場とか、なにより、原作にもある陸上選手ゾンビなどのフレッシュなゾンビ描写にゲラゲラ笑えるのです。

従来のゾンビ映画に必要なもの全部抑えた上に、フレッシュなゾンビ描写加えられたら、これもう、完璧なゾンビ映画じゃん!

と、上映中に震えること八回。

更にこの映画が凄いのは、ゾンビ映画なだけでなく、ヒーロー映画なんです。

ヒーローが誕生する瞬間を、きっちり描いておる。

そしてそのヒーローが誕生した瞬間、観客は爆笑しながら涙を流すのです。

いやー、ヒーローになってからの英雄は、凄い。『ブレインデッド』かよ。

あの、地下駐車場での大殺戮シーンを、この世の中、邦画で観られたのは凄い。

なんだよ邦画、観せられるんじゃん!
てのが素直な感想。

何で今までやんなかったんだ⁉︎
テレビ局製作だったからか⁉︎
だったらやめちまえよ、そんなシステム。

金は出るかもしんないけど、金出してゴミ産んでんだもん。

テレビ局が入らなければ、こんだけ面白い映画が造れるのだ!
と、証明してしまった意味でもエポックメイキングな一作。

マジでこの映画はある基準になったと思います。

今後の邦画のラインとして、『アイアムアヒーロー』で出来たんだからできるはずだよね、みたいな。

掛け値なしの本当のヒーローになった英雄が、ラストで「ただの英雄です」て初めて言うシーンは凄く泣けた。

ただの英雄は、わざわざ、「英雄、と書いて英雄です」と言う必要がなくなったのだ。

本物のヒーローに、なったのだから。

ただの、一般人の英雄こそが、ヒーローに、なったんです。

#映画 #映画レビュー

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