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『三ちゃん』の噺

今日、家の近所を自転車で移動してる最中、気になるものが目に入りまして、初めは自転車漕ぎながら「ふーん、なるほどね」と流したのですが、「いやどういうこと?」と思い直して、Uターンして道を戻り、写真を撮ってみたのですけど、ちょっとこれ見てみてもらえますか。

出窓風のショーウインドの中から貼られた、「家電のトラブル解決します」「水まわりのトラブル解決します」「トマトがスパット切れる包丁に研ぎます」「こんな物直せる? どうぞ相談して下さい」の文字。

余程手先の器用な人に違いない!

普通なら家電と水まわり、それぞれ違う業者に依頼しなければならないところだが、ここの主人に頼めば一石二鳥、更に包丁まで研いでもらえるというお得仕様。
エアコンが壊れてシャワーの出が悪くて同じ包丁をもう7年近く使い続けてる我が家に必要だったのはこのお店だったのだ! と思わずにはいられない。

ショーウインドの下に置かれたやけに本格的なブーメランと、よく飛びそうな二つの飛行機の存在も、店主の手先の器用さを裏付けるものだ。

トマトくらいならスパット切れてもそんなに驚かないような気もするが……と思いつつも、何工務店なのかな? と、横目でお店の看板を探すと……右側に、青い暖簾がかかってる!
工務店に暖簾⁉︎ 斬新だ。

御食事処だって⁉︎

家電や水まわりのトラブルの相談がてら、空腹も満たせるというのか。
よく見ると室外機の上にも「包丁ハサミ研ぎます」の文字が見える。

ところで手先が器用なはずの店主がなぜ店の入り口の半分に室外機を置くのを許してしまったのか。家電のトラブルじゃないのかこれは。

とにかく、この工務店の店主の手先の器用さはとどまることを知らないようだ。
と、感心しながら店の全貌を見てみると。

工務店じゃなかった!

元は恐らくラーメン屋さんだ!
ということは、この店は元来、御食事処がメインなのだ。
だけど、何故かメニューを置くべきショーウインドに、家電や水まわりのトラブルを解決し包丁を研ぐ、という内容の張り紙をし、あまつさえ食品サンプルではなくブーメランと飛行機を置くという方向で、工務店みたいなサービスも行っているお店なのだ。

いやどういうこと?

恐らく最初は、お店で使う包丁を研いでいたところから全てが始まったのではないだろうか?

「おい大将、包丁研ぐの上手いねえ」
「全く三ちゃんの包丁はよく切れるもんだ。見てご覧、トマトなんかスパットだよ。惚れ惚れしちまうねえ」
「そんなに包丁研ぐのが上手いなら一丁、ウチの包丁も研いでもらおうかね」
なんて常連客に言われて大将、

「良いよ。研いでやらあ。矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ」
「鉄砲のどこ研ぐつもりだろうねあの人は」

なんてやりとりがありまして、やがて店には「三ちゃんの研ぐ包丁はよく切れる」と噂を聞いた人で大盛況に。

「メニューに使う材料より包丁の方が多くなっちまったよ」

と、ボヤいているうちにある一人の常連客が、
「大将は包丁研ぐのは確かに上手えけど、まさか家電なんて直せねえよな?」
と、ふっかけたもんだから大将、
「バカ言っちゃいけない。俺を誰だと思ってんだ? こんな物直せる? 直せるに決まってらあな。どうぞ持ってきてご覧なさいってんだ」
なんて答えちまったものだから、
「おい、三ちゃんとこ持ってけば電気屋頼むより安くつくぞ」
とこれまた大盛況。

「どこの誰だよ電子レンジ持ってきたバカは。ウチはラーメン屋ですよ、家で食ってねえでウチで食えってんだ」
とブーブー文句を言いながらも大将サササっと直しちまう。

そうなるとしめたものだと悪い常連客がいましてね、

「なあ三ちゃん、さすがにおめえ、トイレの水まわりばかりはどうにもお手上げだろ?」
なんて言い出すわけです。
すると大将これまた

「眠たいこと言わせんじゃないよ、ウチをなんだと思ってんだ。家ー電屋だよ? 直せるに決まってるよ」
「おいラーメン屋みたいに家電屋だって言っちゃってるよあの人」

それで大将、行かなきゃ良いのにわざわざその客の家まで行ってこれまたサササっと直しちまうから大したもんだ。

あっという間に「家電だ」「水まわりだ」「包丁研いでおくれ」「ブーメランを教えて欲しい」
だのの客で一杯になりまして、

「最近はなんだよ、誰もラーメン注文しねえじゃねえか。もういいや、どのみち俺はラーメンだけにおさまる男じゃなかったんだ。よし、思い切ってラーメン屋はやめて、料理全般を扱う店にしよう。青い暖簾にバーンと御食事処、って書いて。そうしようそうしよう。そうと決まれば早速、表のラーメンの文字を消さなきゃだな」

そうして大将、近所の工務店に電話して、安い値段で看板からラーメンの文字を消させましたが、それを見た常連客は首をかしげるばかり。

「おい三ちゃん、あの、表の文字を消す仕事のことだけどよ」
「おう、思い切ってバーッ、と、消させたのよ」
「こう言っちゃなんだけどね、あの仕事、ちょっと雑すぎねえかな。あれは良くないと思うよ」
「そうかい」
「いやそうかいじゃないよ、見てご覧よ、ラーメンの文字が見えちゃってるよ、これ」
「いいんだよいいんだよ、それ相応の値段でやってもらったんだ、文句は言えねえよ」
「それなんだけどね大将。お前、自分でやればもっと綺麗に消せただろうに、なんで自分でやらずに頼んだんだよ?」

「バカ、俺に頼んだ方が高くつく」

#雑記 #落語

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