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『キョンシー』感想 ※ネタバレあり。

キョンシー作る上での約束守らなかったからウギャー! って映画。

あの大傑作『霊幻道士』シリーズの現代リブート作品。
正直、満点つけてますけど、これは、キョンシー&道士もの、が故の加点+2です。
キョンシーでも道士でもなけりゃ、満点つきませんよ、こんな映画。

と、いうのも、この作品、監督が俳優件歌手であり、今作がデビュー作という特殊な状況からなのか、演出がとにかく変、なのです。
見せたい画のこだわりはすごいと思う、というか、それも殆どCGありきの、なんか安い画なんですが、それでも、この場面はこうカッコイイからこれで良いんだ! みたいな変な説得力というか力技もあり、観てるこっちも、「変だなこれ」と思いながらも、「まあカッコイイからいいか別に。映画ってそういうもんだし」と無理やり納得させられてしまうほどには、こだわりは感じられるのです。
でも、変なスローモーションとかすごい多くて変なのです。

で、清水崇監督がプロデューサーだからなのか、幽霊描写と、過去の凄惨な事件現場描写と、おばけ描写は、そこだけ浮いてる感じでJホラーでした。いや、好きなんですけど。
最強の双子幽霊(下手すると大ボスのキョンシーより強いかも?)の描写は、『呪怨』の伽倻子を更にアグレッシブにしてもう一人増やした感じで、モンスター化が激しく、笑ってしまいました。血を纏うオーラもカッコイイし。

で、更に、清水崇監督の『輪廻』や『戦慄迷宮』のように、一場面の中だけでコロコロと変わる場所と人物のエピソード(今回は団地)。少ない予算の中でも効果的に世界を描ける素晴らしい手法だと思います。

で、その中で三つか四つのエピソードがぐるぐる絡みながらやがて一つに繋がってドジャーン! な、あれになるのですが、大オチのアレは賛否両論でしょうね。

【ここからネタバレを含みます】

アレをどう捉えるかで、この作品の評価は全く変わるのですよ。
つまり、アレをただ単に安易な夢オチととるか、それとも、売れない俳優が最後に観た、かつてのオールスターと自分が共演した夢、と取るか。
前者で終わるのは簡単です。
でも、後者の視界で見直して観るのも有りなんじゃないか、とは思うのです。

事実の話をすると、主人公のチン・シウホウは、劇中では、ラストまで名前が明かされませんが、台詞によって「かつて映画俳優だった」「昔の衣装が捨てられない」ということにより、『霊幻道士』を観ている人ならば、あの、『霊幻道士』のサンコーだ! とわかるわけです。で、そのチン・シウホウは、今回の役名もそのまま、チン・シウホウ。

つまりこれは、『霊幻道士』以降、仕事がなくなってしまった(実際はそんなことはない)かつての映画俳優、チン・シウホウが、自殺した直後に観た、「本当に自分が出たかった映画」という幻を観る、という構成になってるのですよね。

まあ、夢オチっちゃあ確かに夢オチでございますが、そのオチを描くために、わざわざ『霊幻道士』『霊幻道士4』のアンソニー・チェンと、『霊幻道士2』『霊幻道士4』のチャン・ファットと、『霊幻道士3』リチャード・ンと、『霊幻道士』シリーズお馴染みのビリー・ラウを呼んでいることが素晴らしいじゃないですか。
彼の夢を実現させるための説得力の話ですよ!
それはもちろん、皆が思うことですが、ラム・チェンインとリッキー・ホイがいればもう、それだけで成立するというか、どちらか一人だけでもいい! て話ですが、それは言わないことにしましょうや。

で、物語は、チン・シウホウが死に際に見た素晴らしい霊幻道士の夢、という形を取るのですが、こういう叙述トリックというか、メタオチは、キョンシーには合わねーよー!

と、一言だけ叫ばせてもらいます。

でも、墨壺とか印組とか、お札に早書きとか、特殊霊魂とか、霊幻道士ならではのアイテムと動きがもうビンビンきて、ただそれだけで俺の中では、ポルノでした。
だから+二点。

だからこの映画は俺にとっては最高だけど、観てつまんなくても俺に文句言うんじゃねえ、って感じ。

#映画 #映画レビュー

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