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【STRUGGLE R】第1話

解放される力

 僕は昨日、面白い写真を撮ることができた。西部緑地と呼ばれる森の奥から光が空に伸びている写真だ。サーチライトと見紛うかもしれないが、あの森の奥から空を照らす意味があるだろうか。
 遭難者の説があるかもしれない。ただ、まだ春が来たばかりだが雪は積もっていないし、森の近くには高校が建っている。空に光を向けるくらいなら道路に向かって走るほうがいい。根本的な話になるけど、そんな光量を出せる機械を森の奥に持っていくなら一人では不可能だ。
 となれば複数人。なにかの工事か。それもない。工事をするなら、それこそ近くの高校に通っている僕たちが知ることができるからだ。
 以上のことから、この光は人工的なものではないということがわかると木崎剣一と部長の伊部里花に話した。
「なるほど」
 剣一は腕を組んで頷く。
 ここは西部緑地を直ぐ近くにある高校、その新聞部の部室だ。剣一の背後にある本棚にはこれまで発行してきた記事のバックナンバーが詰められている。六畳くらいだが、テーブルと僕らが座っている三脚の椅子、本棚で窮屈な部屋となっている。あともう一脚、来客用の椅子も設けているが最近はずっと畳んだままだ。
「よくこのタイミングで撮れたね」
 里花が剣一から写真を受け取って言った。
「いついかなるときでもスクープを見逃さないことこそ新聞部の真髄かな!」
「さすがだね、普久原くん」
 里花の笑顔が眩しい。その横で剣一は顔をしかめている。対照的な表情で、人間の多様性を見ているようだ。
「で、これ調査しに行くってことか、雅志」
 剣一が腕を組み直す。
「そういうこと! 面白い記事が書けたら儲けものじゃない?」
「うん、いいね!」
 里花は大きく頷く。
「悪くないな」
 剣一は前髪を軽く払う。
「よし、じゃあ善は急げだ! いまから行こう!」
 僕は勢いよく椅子から立ち上がった。がたん、と大きな音がして二人の身体が一瞬震えた。
「あ、ああ」
 剣一はゆっくりと立ち上がり、本棚に置かれているカメラに手を伸ばす。
「やる気満々だね」
 里花も立ち上がり、椅子を畳む。
 これでも僕はオカルトやホラーが好きだったりするのだ。


 西部緑地の中を僕が先陣を切って歩いていく。僕が真ん中で、左側に里花、右側に剣一が並んでいる。剣一が小声で尋ねる。
「雅志、さっきの写真、この前言ってたことと関係あるのか」
「この前言ってたこと?」
 僕が問い返すと剣一は怪訝な顔をした。
「声が聞こえるって話だ」
「ああ、そのことね」
 数日前、僕は剣一にだれかが呼ぶ声がすると話していた。そのことが記憶から抜けていた。
「まあ、その正体を確かめるために、夜出歩いてたんだよね。もしかしたら関係があるのかも」
「気になるな」
 剣一がつぶやいた。
 僕の記憶によると、剣一がこういうときに同意をしてくれることはなかった。だからなのか、自分が認められたような気がして嬉しさが込み上げてくる。
「なにか面白かったか」
 僕は笑っていたようだ。剣一に言われるまで気がつかなかった。
「ありがとう、僕の話を気にかけてくれて」
「まあ、いついかなるときでもスクープに目を向けるのは新聞部のたしなみだからな」
 剣一は顔を背けて言った。
「二人ともなんの話してるの?」
 里花が笑う。
 そのとき、ざざ、と目の前からなにかが滑ったような音がした。多分僕らは一斉に正面を見たと思う。
 距離にして十五メートルくらいはあるだろうか。狼の姿をした怪物が二本足で立っていた。茶色の体毛に覆われ、人間の手にあたる部分には長く鋭い爪が光っている。口からは牙がはみ出ており、よだれが滴っている。とても友好的には見えない。そのせいで、僕らは身動きが取れなかった。
 狼の怪物は僕らを一人一人品定めするように見ており、里花のほうを見て首の動きを止めた。そして、地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。咄嗟に僕は里花の前に立とうと足を動かした。
 怪物は文字通り目にも留まらぬ速さで、僕らの目の前に現れ、その手にある爪で貫こうとしていた。
 僕は、里花を庇って自分が傷つくか、なんとか怪物の攻撃を避けられると思っていた。しかし、その予想をどれも裏切る形となっていた。剣一が、金色の刀で攻撃を防いでいた。
 剣一? どうして剣一が……?
 自分の予想とは違う光景が広がっているせいで、僕は里花が言っていることが頭に入ってこなかった。
 剣一は刀で怪物を押し返した。それを受けると怪物は僕らから目を逸らし、さっきと同じ速さでその場を後にする。剣一は怪物の跡を追おうとした。
「待ってよ剣一! どうするつもり?」
 剣一の前に立ち塞がる。
「どうって……あれ?」
 剣一は首を傾げる。
「木崎くん、その刀は?」
 里花が剣一の右手にある刀を指す。
「わからない。二人を守らないとって思ったらこれを持っていたんだ」
 そうか。僕はなんとなくこの状況がわかる気がした。あの刀は、剣一を選んだのだ。自分が窮地に陥っている状況で他人を優先できるその精神を選んだのだ。
 一人納得している最中、剣一が森の奥に顔を向ける。
「だれかいる」
 そうつぶやいたと思ったら、駆け出していた。
 僕と里花は顔を見合わせるが、ひとまず剣一を追うことにした。事態の行く末を見届けなければならない。それがいま僕ができることだ。

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