見出し画像

【歌詞和訳】Death Cab for Cutie / 『What Sarah Said』 -人の死をどこまでもリアルに描いた真に迫る歌詞世界


◆Death Cab for Cutie

 アメリカを代表するインディーロック・バンド、”Death Cab for Cutie”。フロントマンを務めるベン・ギバートの優しく儚げな歌声と、こだわり尽くされた緻密で美しいサウンド、叙情的かつ普遍的なメロディセンスが魅力。シンプルに良いメロディが聴きたい時にも、美しいサウンドを楽しみたい時にも、繊細な歌詞世界に浸りたい時にも、良い音楽を欲する全てのタイミングで満足できる鑑賞体験を提供してくれる、超実力派バンドだ。

 1998年に1stアルバム『Something About Airplanes』をリリースした彼らが一躍脚光を浴びたのは、4thアルバム『Transatlanticism』の成功と、それをきっかけとしてメジャーデビューした彼らがリリースした続く5thアルバム『Plans』のグラミー賞ノミネートだ。4thは先日更新した「好きなアルバム10選」でも取り上げた筆者のフェイバリット・アルバムの一枚で、詳しくはそちらの記事を参照してほしいが、当該記事執筆の際、実は4thではなく5thの『Plans』をリストに入れるか最後まで迷いに迷ったほど、この2枚は甲乙つけ難い名盤である。こうしてスターダムへと躍り出た彼らは、2008年リリースの6thアルバム『Narrow Stairs』で全米アルバムチャート首位を獲得するとその地位を確固たるものとし、主要メンバーであったギタリスト兼プロデューサーのクリス・ウォラの脱退を経験しながらも、現在に至るまでに10枚のアルバムを発表している。

 余談だが、先日ライブレポ&和訳歌詞の記事を書いた Teenage Fanclub とも親交が深いバンドであり、ベンはソロ・プロジェクトの中でTFCの名盤『Bandwagonesque』を丸々カバーしている。TFCのフロントマンの一人、ノーマン・ブレイクとベンの対談が素晴らしい内容だったので、こちらも興味があれば是非読んでみて欲しい。ベンが持つ音楽哲学の一端を知ることができ、Death Cab for Cutieというバンドへの理解もより深まると思う。

◆『Plans』と『What Sarah Said』

 先述の5thアルバム『Plans』は、メジャーデビューアルバムとはいえ新しい環境に浮き足立ったところが全くなく、彼らの持ち味である美しいメロディと繊細なサウンドプロダクションが存分に楽しめる作品になっている。ともすれば「良い曲だな〜」とあっさり聴き流すこともできてしまうほど普遍的でポップセンスも備えた楽曲たちだが、心を傾けて聴くと、そのメロディの美しさと展開力、そしてクリス・ウォラがプロデュースする音作りの緻密さに一層惚れ惚れしてしまう。必要な音が少しの過不足もなく存在するような、豊かでありながら同時にミニマルなサウンドで、ベン・ギバートによる儚げな歌声とソングライティングとも相まって、静謐な雰囲気を感じるアルバムに仕上がっている。軽く聴いても楽しめるが、しっかりと向き合って聴くことで更にその真価を発揮する、大衆性とコアな音楽リスナーへの訴求力を両立した非常に完成度の高い一枚だ。

 タイトルの『Plans』は、ベンの好きな「神様を笑わせたいならどうすればいいかって?計画を練ればいいんだよ」というジョークに由来している。あるインタビューで、ベンはこう語った。

「外出して車に撥ねられる」なんて計画を立てる人はいない。ほとんどのプランは常にハッピーエンドなんだ。本質的に、計画というものは全て、時の翁へのささやかな祈りなんだよ。僕は、計画というのは何かはっきりとした結果を伴うものではなく、むしろ小さな願いに近いものだという、そういう考え方が好きなんだ。

https://www.mixonline.com/recording/death-cab-cutie-365586

このコンセプトにもあるように、収録曲の歌詞には共通して儚い願いのようなニュアンスが存在する。そしてそうした姿勢は、切なげだけれど暗いわけではない、しっとりとしたメロディとサウンドにも表現されているように思う。

 #1『Marching Bands Of Manhattan』の夜の闇から徐々に姿を現していくように段々と厚みを増していくサウンドとベンの繊細な歌声は、これから始まるアルバム全体の雰囲気をイントロデュースしてくれる。#4『Different Names for the Same Thing』の曲前半からは想像できない後半の展開も見事だし、それが続く#5『I Will Follow You into the Dark』のアコースティックギターのみのミニマルなアレンジの美しさを引き立たせてくれる。

 筆者が特に気に入っているのは#9『What Sarah Said』で、今回はこの曲の歌詞を和訳する。美しいピアノの旋律から始まるイントロは、美しくもどこか切迫感を覚える響き。この曲は特にリズム隊のタイトな演奏が素晴らしく、エモーショナルな歌詞世界をより真に迫ってくるものにしている。


◆歌詞和訳

And it came to me then
That every plan
Is a tiny prayer to father time

わかったんだ
計画なんていうものは全て
時間という神にも等しい存在への
ちっぽけな祈りに過ぎないんだって

As I stared at my shoes
In the ICU
That reeked of piss and 409

それに気づいたのは
尿と洗剤の匂いが染み込んだICUで
自分の足元を見つめていた時のこと

And I rationed my breaths
As I said to myself
That I'd already taken too much today

僕は呼吸を落ち着かせながら
自分に言い聞かせていた
今日はもう十分やっただろう、と

As each descending peak
On the LCD
Took you a little farther away from me
Away from me

液晶画面に映るバイタルサインのグラフ
その波の頂点が下がっていくたびに
君は少しずつ僕から離れていく
僕の元から奪われていく

Amongst the vending machines
And year old magazines
In a place where we only say goodbye

自動販売機と古雑誌に囲まれた
さよならを言うことしかできない場所で

It sung like a violent wind
That our memories depend
On a faulty camera in our minds

今では壊れてしまったカメラ
その写真にしか残っていない思い出が
まるで暴風のように
僕らの心の中で残響していた

And I knew that you were truth
I would rather lose
Than to have never lain beside at all

わかっていたんだ
そばに居られないのなら
いっそ失ってしまいたいと思うほど
君こそが僕にとっての真実だったんだと

And I looked around
At all the eyes on the ground
As the TV entertained itself

周りを見渡してみると
誰の目も床に向いている中で
テレビだけが楽しそうに流れている

'Cause there's no comfort in the waiting room
Just nervous paces bracing for bad news
And then the nurse comes round
And everyone lifts their heads
But I'm thinking of what Sarah said

待合室には何の慰めもなく
ただバイタルの音だけが不安定に響き
僕らを悪い報せに備えさせた
看護師がやってくると
みんなは顔を上げたけど
僕はサラが言ったことを考えていた

That love is watching someone die

彼女は言った
「愛とは、その人の最期を看取ることだ」と

So who's gonna watch you die
So who's gonna watch you die
So who's gonna watch you die

そうだとするなら
君の最期を看取ってくれるのは誰だろう
誰が僕の最期を看取ってくれるだろう
誰が君の最期を看取ってくれるだろう

◆まとめ

 まるで純文学のように目に映る景色と自分の心の内を叙述していくような歌詞は、死にゆく人自体については直接言及することなく、しかし「人の死を看取る」というエモーショナルな体験をこの上なくリアルな筆致で目の前に描写する。言葉だけ見ると淡々としているようにも思えるが、世界観を完璧に表現するベン・ギバートの繊細かつエモーショナルな歌唱と、緊迫感と儚さを伴った計算し尽くされたサウンドが合わさると、訳しながら涙腺に来るほど真に迫るパワーを持つ「歌詞」となり、ただただ圧倒される。

 「愛とは、その人の最期を看取ることだ」という言葉と、それを受けて浮かぶ「誰が自分の死を看取ってくれるだろう」という祈りにも似た疑問は、人生と愛に関するハッとするようなテーマを投げかけてくる。

 ちなみに、死んだのが ”Sarah” で、”You” は「君(=Sarah)」という意味だと捉えれば、最後のフレーズを「君の死を看取るのは誰だ?(僕が看取っている、なぜなら君を愛しているから)」というニュアンスで訳すこともできる。ただし、それだと続く “gonna” の部分が未来形であることに違和感が残るため、ここでは「人の死に直面することで、過去にサラから聞いた言葉がリアルなテーマとして迫ってきた」という歌詞であると解釈し、 “you” は自分も含んだ二人称として自問と他者への投げかけというニュアンスで翻訳した。

 歌詞にアルバムタイトルにもなったコンセプトフレーズ(”That every plan Is a tiny prayer to father time”)が入っており、『Plans』を象徴する一曲であると言える。また、#5の『I Will Follow You into the Dark』でも愛と死について歌っているが、こちらは愛する人に「君もいつか死を迎える日が来るけど、僕もその暗闇の中へと付いていくよ」と語りかけるような歌詞で、「自分を看取ってくれるのが誰かはわからないが、少なくとも愛する人の最期は自分がそばに居続ける」という、『What Sarah Said』に対する一つのアンサーとも捉えられるような曲になっている。それぞれの曲を単体で聴いても素晴らしい出来だが、アルバムを通して聴くとより味わい深いものになっているので、是非このUSインディー史に残る歴史的名盤を一度聴いてみて欲しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?