親の決めた許嫁が実はフロイドだったことを知るリドルの話し

「金魚ちゃん~~!」
 昼休みになり外廊下を歩いていると、クラスだけで無く部活も違うフロイドが勝手に付けたあだ名を呼びながらこちらにやって来る。
 何度言っても変なあだ名で呼ぶのを止めようとしない彼の姿を見てリドルが顔を顰めたのは、何を考えているのか全く分からない彼の事が苦手だったからだ。だからといって逃げる事もできずにいると、側までやって来たフロイドに話しかけられる。
「金魚ちゃん今日も小さくて可愛いね」
 馬鹿にしているのでは無いという事が分かっていても、背が低い事を気にしているリドルにとってフロイドのその台詞は腹立たしいものであった。
「失礼な事をお言いでないよ」
 目尻を釣り上げてリドルからそう言われたというのに、フロイドは全くその事を気にしていない様子だ。それどころか、相手をしてもらえた事を喜んでいるようだ。
「ねーねー今度モストロ・ラウンジに遊びに来ない?」
「何でボクが……」
リドルはフロイドと全く親しくない。彼が一方的にリドルに絡んで来ているだけだ。そんな相手であるフロイドの誘いに応じる筈が無い。
「美味しいご飯食べさせてあげるよ」
「ボクは食べ物で釣られるつもりは無いよ」
 むっとしながらリドルが返事をしたのは、彼から食べ物に釣られると思われている事が分かったからだ。
「えー金魚ちゃんが来てくれるなら、特製のケーキも用意してあげるのに」
「ケーキ……」
 フロイドの話を聞きリドルが動きを止めたのは、甘いお菓子が大好きだったからだ。
「イチゴのムース使った甘くて酸っぱくて可愛いケーキ。金魚ちゃん気に入ると思うよ」
 どんなケーキなのかという事を想像してしまった事により、リドルはごくりと生唾を飲み込む。
 食べ物で釣られるつもりは無いと言ったばかりだというのに、ケーキに釣られてしまいそうになっている自分に気が付きリドルははっとする。
「た、食べ物でボクを釣ろうとしても無駄だよ!」
「釣られそうになってたじゃん」
 慌てて否定するとフロイドからからかうようにしてそう言われ、恥ずかしさから顔が赤くなる。
「そっ、それは……。とにかくボクはモストロ・ラウンジになんて行くつもりは無いよ!」
「うんうん。だったら美味しいケーキ屋さん教えてもらったから一緒に行こっか?」
 美味しいケーキ屋さんという言葉はリドルにとって酷く魅力的なものであった。
「美味しいケーキ……。はっ、なんでボクがキミなんかとケーキを食べに行かないといけないんだ!」
 誘惑に負けてしまいそうになっている事に気が付き、リドルは慌ててフロイドの誘いをぴしゃりと断った。
「だって金魚ちゃんにオレのこと好きなってもらいたいんだもん。ね~、金魚ちゃんいつになったらオレの事好きになってくれんの?」
 リドルの事が好きだといっているも同然の事をフロイドが言った事により、昼休みであるので外廊下に出ていた生徒の視線が一斉にこちらに向かう。
「えっ、リーチってローズハートの事が好きなの?」
「リーチが諦めず何回も告白してんのに、知らなかったのかよ」
「だって、リーチって女の子好きそうじゃん」
「それは分かるけど、ほらローズハートだし」
「あーそれは分かる気はする。性格はアレだけど顔は可愛いからな」
 そう言ったのはハーツラビュルの寮生では無いようだ。ハーツラビュルの寮生であったら首をはねているところだ。
 プライドの高いリドルにとって、聞こえて来た会話は許す事ができないようなものであった。背が低い事だけで無く、華奢で女顔である事がリドルはコンプレックスであった。
 そんな事を言われる事になってしまったのは、公衆の面前であるという事も気にせず告白して来たフロイドのせいだ。怒りに顔を真っ赤にしてリドルはフロイドを睨み付ける。
「キミみたいなふざけた男の事をボクが好きになる筈が無いだろ!」
「そんなん付き合ってみないと分かんないじゃん。付き合ってみたらオレの事好きになるかもよ? オレ好きな子には尽くすタイプだし」
 絶対にこんな男を自分が好きになる筈が無い。やればできるというのに努力せず、ルール違反ばかりしてだらしない。それに、背だってリドルよりもずっと高い。そう思っているというのに、自信たっぷりの態度で言われると不安になって来る。
 駄目だ。またフロイドのペースに乗せられてしまっている。フロイドといるといつもペースを乱されてしまう。
「ボクがキミを好きになるなんて絶対にないよ! それに、何度も言ってるけどボクには許嫁がいるんだ。カレッジを卒業したら彼女と結婚する事になってる」
 何度もその事を言っているだけで無く付き合えないという事をフロイドに言っているというのに、彼は諦めずにリドルに求愛していた。今日もそう言ってもフロイドは諦めようとしない。
「その許嫁ってどんな子なの?」
「まだ会った事が無いからボクもどんな女性なのかという事は知らないけど、キミよりもずっと素晴らしい人物だという事は間違いないよ」
「まだ会った事も無いんだから分かんねーじゃん」
 フロイドの言う通りであったのでたじろいでしまったリドルであったのだが、直ぐに気を取り直す。
「いいや、間違いないね!」
「そっか。案外オレみたいな子かもしんないよ」
「それは絶対にない!」
「へー」
 フロイドの表情が含みのあるものである事が気になっていると、急に現れてリドルに一方的に話しかけて来ていたというのに、「飽きた」と言って彼はどこかに行ってしまう。フロイドの行動が突拍子も無いものであるのは今に始まった事では無い。それでも、突然そんな事を言って放り出されると呆気にとられてしまう。
「何だったんだ……」
 フロイドの行動に対してそう思わずにはいられない。



 自分に許嫁がいるという話を両親からリドルが初めて聞いたのは、幼い頃。まだ物心が付いていない頃の事だ。その為、なんの抵抗もなくそれを受け入れ、自分はその許嫁とカレッジを卒業したら結婚するのだと当然のように思って来た。だから、他の相手と恋愛をするつもりは無い。
 両親が選んだ相手であるので、きっとその相手を愛する事ができる筈だ。そして、幸せな家庭を築く事ができる筈だ。
「あなたももう直ぐ三年生になるんだから、そろそろ許嫁に会っておいた方が良いわね」
 ホリデーになり自宅に戻ると母親からそう言われた事により、リドルは許嫁と初めて顔を合わせる事となった。
 その時母親に自分の許嫁はどんな女性なのかという事を聞いたのだが、会えば分かると言って何も教えてくれなかった。
 リドルが自分の許嫁の事で知っているのは、父親が手広く事業をやっており同い年の女性だという事だけだ。何故か写真も見せてもらった事が無い。
 どんな女性なのかという事は分からないが、両親が選んだ相手なのだから申し分無い女性である筈だ。同性である自分の事を好きだと言って憚らないフロイドとは大違いの女性だろう。そんな風に思っていたリドルであったが、許嫁と初めて会った事によりそんな考えが吹き飛んだ。
「彼があなたの許嫁のフロイドさんよ」
「フロイドでーす」
 何故男である自分の許嫁として男の彼がやって来るのだ。しかも、彼は今は人間の姿をしているが本当は人魚だ。両親に連れて来られたホテルのラウンジで、リドルはフロイドを目の前にして硬直していた。
「リドルくんが驚いてるじゃないか。もしかして、自分が許嫁だって事をリドルくんに話して無かったのか?」
 フロイドに対してそう言った彼の父親は、どう見ても真っ当な仕事をしているようには見えない人物だ。手広く事業をしているという事を聞いていたが、その事業の内容がまともな物であるとは思えない。人の道から外れたとうな事をしているのかもしれない。
「だって、金魚ちゃんには許嫁とか関係なくオレの事好きになってもらいたかったんだもん」
「そうかそうか。それなら仕方ないな」
 仕方ない筈がない。リドルが自分の許嫁であるという事をフロイドも知らなかったのかもしれないと思っていたのだが、二人の会話からそうでは無い事が分かる。
「お母様……。男のボクの許嫁が何故男なんですか?」
 男であるリドルの許嫁に同性を母親が選ぶとは思えない。しかも、父親は真っ当な職業をしているとは思えないような人物だ。何か理由があるとしか思えない。
「リドル、仕方が無いの。お父様が乗っていた船が昔難破した事があるという話をした事があったでしょ?」
「はい」
 その話を何度か母親からだけで無く父親からも聞いた事がある。患者の元に行く為に乗った船が難破して海に投げ出されたのだが、運良く父親は無事に戻って来る事ができたそうだ。
 何故その話をこんな時にと思っていたリドルであったのだが、はっとした。いや、まさかそんな事が起きる筈が無い。そう思いながらも母親の話の続きを待つ。
「海に投げ出されたお父様は、フロイドさんのお父様に偶然助けられたの。その時に、お父様は自分に子供ができたら嫁がせるという約束をフロイドさんのお父様としたの」
 母親の語調は、勝手にそんな約束を父親がした事に対して怒っているものだ。母親と仲が良いとはいえない父親は、そんな母親の横で気まずそうな顔へとなっている。父親は安易にそんな約束を人魚としてしまったのだろう。
 母親の話を聞く事によって、それだけで無く自分の思っていた通りであった事が分かった。
「人魚との約束は絶対ですからね」
「そうそう」
 その約束を破ったら何かあるのだという事が分かる表情で自身の父親が告げた台詞を、フロイドが透かさず肯定する。そんなフロイドの浮かべている表情は、隣にいる父親が浮かべているのとよく似たものだ。フロイドは外見だけで無く性格も父親に似たらしい。
「まさかボクの許嫁がフロイド……」
「金魚ちゃんがいるって知ったから、ジェイドたちと一緒にNRCに入ったんだよ」
「入学許可証が来たというのに、面倒くさいとか言い出した時はどうしようかと思ったぞ。リドルくんも偶然NRCに入学する事になっていて良かった」
 名門であるNRCの入学許可証が来たというのにそれに対して面倒くさいと言い出すなど、普通ならば絶対にしないような事だ。しかし、フロイドの性格を考えるとそう言い出してもおかしくない。
 幸せな家庭を一緒に築くと決めていた相手である許嫁がまさか男で、更に絶対に相容れない存在であると思っていたフロイドであったとは。まだ現実を受け止める事ができずにいると、フロイドから笑いかけられる。
「よろしくね、金魚ちゃん♡」
 フロイドを見ながら絶望的な気持ちへとなっていたリドルは、その言葉に返事をする事はできなかった。

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