お見合い相手は男子高生でした

01.

「おはようございます」
 所属している部署のある部屋へとそう言いながら駆け込むと同時に、勝生勇利は壁にある時計で時間を確認した。
 始業時間五分前である事を時計は示している。今日はぎりぎり間に合った事が分かり、勇利は安堵しながら事務机が並んでいる部屋の中を進む。割り当てられている机まで行くと、椅子へと座りパソコンの電源をつけて仕事の準備をする。
 歩いていては間に合わないと思い、電車を降りてから先程まで走っていたので喉が渇いている。落ち着いたらお茶でも飲もうと思いながら準備をしていると、側に誰かがやって来たのだという事に気が付いた。
「またギリギリだね」
 柔らかな物腰で話し掛けて来たのは、上司であるヴィクトル・ニキフォロフだ。
「ユリアがぐずったんで」
 ユリアは、先日三歳になったばかりの勇利の愛娘だ。そんなユリアを、勇利は毎日保育園に預けてから会社に来ている。
「そっか……」
 何か考え事をする時、ヴィクトルは唇に人差し指を当てる癖がある。今もそんな格好で、何か考え込んでいる様子へとなっていた。
 ヴィクトルは長躯であるだけで無く端正な容貌をしているので、その姿は様になっていた。
 何かまた余計な事を考えているのでは無いのだろうかという事を勇利が心配したのは、薄情に見えるというのにヴィクトルが存外お節介と言いたくなる性格をしているからだ。
「ねえ、ユリアの為にもそろそろ再婚した方が良いんじゃないかな」
 唇から指を離すと共にヴィクトルはそう言った。
「まだ妻が死んでから三年だよ。再婚は早いよ」
 ユリアの母親である彼女と結婚したのは、まだ大学に在学中である二十歳の時だ。大学の先輩に紹介された妻と惹かれあい直ぐに結婚をして、ユリアが産まれた。しかし、彼女は交通事故でユリアが産まれた直ぐ後にこの世を去ってしまった。
 勇利が保育園の送り迎えをしているのは、ユリアを男手一つで育てているからだ。
 育児と仕事の両立は大変だ。更に、そこに家事も加わる。誰かに手伝って欲しいとは思う事もあるが、まだ妻を失ってから三年にしか経過していないので、先程ヴィクトルに言ったように再婚するつもりは無い。
「でもユリアが可愛そうだよ」
 熱心な様子でヴィクトルがそう言ったのは、仕事に加えて家事と育児もしている勇利を心配しているからだけでは無いだろう。何度も会った事があるユリアを、可愛がっているからという理由もあるだろう。
 ユリアの事を考えて彼がそう言っているのだという事が分かっているので、強く断れなくなってしまった。
「だけど……」
「うん、そうだよ。ユリアの為にもお見合いしよう。勇利が気に入りそうな子、俺が捜しておくからさ!」
 勇利の発言を聞いていない様子でそう言うと、ヴィクトルは席へと戻って行った。
 お見合いなどするつもりはないのでヴィクトルを追いかけようとしていると、始業時刻へとなった事を知らせるチャイムの音が聞こえて来た。
 地味でぱっとしなくて更に死別とはいえ、婚姻歴のある子持ちの男と結婚したいという女性はなかなかいない。お見合い相手がそう簡単に見つかる筈が無いので、わざわざそれを言う必要は無いのかもしれない。そう思った事もあり、勇利はヴィクトルを追いかけるのを止めた。

02.

「ユリア、ちょっと大人しくしててね」
 勇利は隣にいる蜂蜜色の髪をしたユリアにそう話し掛けた。
 勇利は黒髪に茶色の瞳であるのだが、ユリアは金色の髪に緑色の瞳をしている。そして、母親に似たのでユリアは勇利と全く顔が似ていない。
 誰からも可愛らしいと言われる天使のような容姿をしたユリアと共に勇利がやって来ているのは、自宅のマンションから電車で数駅の場所にある高級ホテルだ。ユリアと共に昼前である今ここへとやって来ているのは、これからこのホテルのラウンジで行われるお見合いに参加する為である。
 そう簡単にお見合い相手が見つかる筈がないと思っていたというのに、あの直ぐ後にヴィクトルから紹介したい相手がいると言われた。
 全く予想していなかった展開に戸惑っていると、見合い場所であるこのホテルと見合いの日取りを教えられた。見合いをするつもりは無かったのだが、もう日取りまで決められてしまったので断る事ができず、仕方なく今日ここまでやって来た。
(こんな高そうなホテルでなんかお見合いしたら、相手が断り難いよ)
 まだ相手とは会っていないのだが、相手から断られる事になる筈であると勇利は思っていた。
 Tシャツにデニムパンツという普段着で勇利がここにやって来ているのは、それだけが理由ではない。この後、近くの公園にユリアと共に行くつもりにしているからだ。その為ユリアにも、スカートレギンスにTシャツという動き易い格好をさせている。
 ユリアと建物の中を進んで行くと、ローテーブルと椅子が並んでいる一画が見えて来た。優雅な雰囲気が漂っているそこが、お見合いをするラウンジなのだろう。
 落ち着いた様子でお茶を飲んでいる者ばかりであるので、煩くすると迷惑を掛けてしまう事になりそうだ。
 今は機嫌が良いのだが、まだ幼いユリアの機嫌は急に変わる事もある。大人しくしていてくれるのかという事も不安に思いながら、勇利はユリアと共に店の入り口まで行く。
 足を止めると、ポケットの中から取り出したスマートフォンを使って、先に着いているヴィクトルに到着した事を知らせる。上司であるヴィクトルが先に着いているというのに勇利が焦っていないのは、このお見合いの仲介人である彼が先に来ていてくれないと困るからだ。
 直ぐにヴィクトルから返事が来て、窓際の席にいるという事が書いてあった。
「行こうか、ユリア」
 声を掛けると大きく頷いたユリアと手を繋いで、勇利はラウンジの中に入っていく。
 ヴィクトルを捜しながら奥へと入っていると、ユリアが子供らしい可愛い声で歌い始めた。いつもならばそれを聞いて可愛いと思うだけであるのだが、静かな場所にいる今は慌てた。
「ユリア、駄目だよ。暫く静かにしようね」
 優しくたしなめると、ユリアはすんなり歌うのを止めた。しかし、まだ幼いユリアが再び歌い出す可能性があった。その為安堵する事ができずにいると、ヴィクトルの姿を見つけた。
 四人用のテーブルにいるヴィクトルの向かいには、金色の髪をした女性の姿があった。背中をこちらに向けている女性は、華奢であるのだという事が座っている後ろ姿を見ただけでも分かる。
 身長は座っているのではっきりとは分からないのだが、女性としては決して低くは無いだろう。しかし、高いという訳でも無い程度であるだろう。
(どんな子だろ)
 ヴィクトルと一緒にいるという事は、彼女が勇利のお見合いの相手であるという事は間違い無いだろう。
 断られる事は分かっていても、それでもどんな子であるのかという事が気になる。女性に意識を向けながら二人の側へと向かっていると、ヴィクトルと目があった。
「勇利!」
 顔を綻ばせたヴィクトルが、片手を上げてそう言った。
 ヴィクトルに向かって軽く頭を下げていると、その向かいに座っている女性がこちらを振り返った。
(えっ……?)
 振り返った事により、そこにいるのが女性では無く吸い込まれてしまいそうになるほど整った顔立ちをした美少年であるという事が分かった。
 性別を悩んでしまうような中性的な容貌をしているというのに、一瞬で彼が男であるという事に気が付いたのは、勝ち気な目が男であるという事を示していたからだ。
 ヴィクトルも端正な顔立ちをしているので、二人の姿は現実味すらも無いものである。
 お見合い相手なのだと思っていたのだが、そうでは無かったようだ。お見合い相手は、席を外しているのだろうか。彼は、今日のお見合い相手の弟か何かなのだろうか。
「ま……ママ!」
 手が離れたと思うと、大声でそう言いながらユリアはヴィクトルの向かい側にいる少年に向かって駆け出した。
「ユリア!」
 ユリアの行動に狼狽しながらも、勇利は慌てて後を追いかける。
「ママ! ママ! 抱っこ!」
 追いつく前に少年の元まで行ってしまったユリアは、泣きながら彼に抱っこをせがんでいた。
「すみません!」
 ユリアの側まで行くと、勇利は黒いズボンにTシャツという格好をした少年からユリアを離し抱き上げた。それでもまだユリアは、少年に抱っこして貰おうと手を伸ばしたままであった。
「やっ、やっ! ママ、抱っこ! ユのママなの!」
「ママじゃないよ」
「ママ、ママなの」
 否定しているというのに、ユリアは少年の事を自分の母親であると思ったままであった。
 少年は勿論、ユリアの母親などでは無い。そんな勘違いをしているのは、何度も見せた事がある写真の中の母親と少年がよく似ているからなのだろう。
 蜂蜜色の髪とペリドットの瞳をした少年は、亡くなった妻を男にして若くすればこうなるだろうと思うような女性的な外見をしていた。ユリアは母親に似ているので、他人であるというのに少年と兄妹のように見えた。
 大きな声でユリアが喚いたからなのだろう。ラウンジにいる者たちの視線を感じる。
「ユリア、静かにして」
「ママ! ママ!」
 先程よりも強い口調で宥めたのだが、ユリアは黙ろうとしなかった。
「すみません、ユリアをちょっと外に連れて行って来ます」
 視線に耐えきれなくなったからだけで無く、これ以上ここにいれば更に他の客の迷惑になってしまうので、勇利はラウンジの外でユリアをあやす事にした。
「抱っこしてやるよ。ほら、来いよ」
 ラウンジから出て行こうとしていると、少年がユリアに向かってそう言った。
 少年は硝子細工のような繊細な見た目をしているというのに、それに反して乱暴な言葉遣いで喋るらしい。子供が怯えてしまいそうな言葉遣いで喋ったというのに、ユリアは少年に抱っこして貰おうと身を乗り出して両手を伸ばしていた。
「ママ! ママ!」
「駄目だよ。ユリア」
 少年はそう言ってくれているが、他人である彼に迷惑を掛ける事はできない。
「このままだと、そいつ泣き止まねえだろ」
 呆れたような態度で少年からそう言われ、彼の言葉に従うべきであるのかという事を勇利は悩んだ。その間も、ユリアは少年に抱っこして欲しくてママと言って手を伸ばしたままであった。
 このまま駄目だと言い続けるのは、ユリアに対して可愛そうな事をしているのかもしれない。それに、少年は抱っこしても良いと言っている。少年の言葉に甘えた方が良いのでは無いのだろうかと、思って来る。
「じゃあ、ごめんね」
 勇利はユリアを少年に渡す。
「ママ!」
 少年に抱っこして貰うと、ユリアはもう離さないというようにぎゅっとしがみつき先程までよりも激しく泣き出した。
 ママと言いながら泣いているユリアの声を鬱陶しそうにする事無く、少年はユリアをあやしていた。抱っこをしてくれると言った事からも、口は悪いが少年は性格は悪く無いのだろう。
「ほら、大丈夫だ。だから泣くんじゃねえよ」
「ママ……ママ……」
 言葉遣いは乱暴なものであったが、少年の口調は優しいものであった。そんな風に声を掛けられながら背中をとんとんと叩かれ、先程までは大泣きをしていたユリアの声が小さくなっていた。
 ひくっひくっという嗚咽が小さくなると、ユリアの瞼が閉じていった。それを見て、ユリアが眠ってしまいそうになっているのだという事が分かった。
 このまま寝かせてしまった方が良いだろうと思い、勇利はユリアが眠るのを待つ。思っていた通り、ユリアはそれから直ぐに眠ってしまった。
「有り難う。助かったよ。子供の扱い上手いね」
 ユリアを受け取ろうと、そう言って勇利は少年に向かって両手を差し出す。
「歳の離れた弟と妹がいるんだ。今あんたに返したらこいつが起きちまうから、暫くこのまま抱っこしておいてやるよ」
 勇利は、それならば子供の扱いが上手いのは納得であると思った後、少年の言葉に甘えるべきかという事を悩んだ。
 少年の言う通り、今眠ったばかりであるユリアを返して貰うと起きてしまう可能性がある。もう少しこのまま抱っこして貰ったままでいた方が良いのかもしれない。
「じゃあ、お願いするよ」
「ああ」
 勇利は少年の元を離れると、ヴィクトルの隣へと行く。そして、空いている隣の椅子へと座る。
 予想外の事態が起きてしまった為、先程までヴィクトルがここにいるのだという事を忘れていた。黙って状況をヴィクトルが見守っていたのは、今は自分は何もしない方が良いと判断したからなのだろう。
 漸く落ち着く事ができた事により喉が渇いたと思っていると、このラウンジの従業員が側へとやって来て勇利の前に水を置いた。
 従業員は、状況が落ち着くのを見計らってやって来たのだろう。そんな従業員にアイスコーヒーと共に、ユリアが起きた時の事を考えてオレンジジュースを頼んだ。
 店員が離れて行ったので水を飲むと、喉の渇きが癒えた。
(僕が思ってたよりも、ユリアに寂しい思いをさせてたのかも)
 ユリアが少年を母親であると思い込み泣きながら強くしがみついたのは、母親の愛情を欲していたからだろう。ユリアはまだ三歳であるので、母親の愛情を求めるのは当たり前の事である。
 まだ再婚など考えられ無いと思っていたのだが、ユリアの事を考えると再婚した方が良いのかもしれない。
「そろそろ大丈夫かな?」
 少年に抱かれているユリアを見詰めながら考え込んでいると、ヴィクトルから小首を傾げながら話し掛けられた。それと同時に勇利は、ここにはお見合いをする為にやって来ているのだという事を思い出した。
「ごめん」
 今日は、相手と会った後早々に帰ろうと思いながら勇利は返事をした。
 再婚した方が良いのかもしれないと先程思ったばかりであるというのにそう思ったのは、長居すると再びユリアが泣き出す可能性があるからだ。
「じゃあ、彼を紹介するね。彼の名前はユーリ・プリセツキー。十六歳で、この近くの公立高校に通ってる高校一年生だよ」
「へー」
 何故、お見合い相手でも無い彼を自分に紹介するのだろうか。ヴィクトルの言葉に対してそう思うだけで無く、思っていた通りの年齢であったらしいという事や、自分と同じ名前だという事を勇利は思った。
「どう?」
 まるで素晴らしい商品を紹介でもしているかのような顔で、ヴィクトルはそう言っていた。
「どうって……良い子そうだね」
 何故、ユーリの感想を求められているのかという事が分からず、勇利は困惑しながら返事をした。
「それだけ? 勇利が好きそうな子だと思うんだけど、どうかな?」
「えっ……あっ、もしかして、この子が僕のお見合い相手?」
 ヴィクトルの発言は、そうであるとしか思えないものであった。
「そうだよ」
 思っている通りであるのだという事が分かり、勇利は困惑した。
「そうだよって……この子、男の子だよ!」
「そうだね」
 そんな事など分かっているというようにしてそう言ったヴィクトルは、勇利が何故そんな事を言っているのかという事が分かっていないのかもしれない。いいや、ヴィクトルの事であるので分かっていてそう言ったのだろう。
 ヴィクトルとは決して長い付き合いでは無い。今の部署に異動になってからの付き合いである。しかし、出会ってから今まで親睦を深めて来たので、彼の考えている事はある程度分かるようになっていた。
「僕は男は恋愛対象にしてないよ。それに、この子まだ高校生じゃ無いか。こんな若い子紹介されても困るよ」
 若い相手の方が好きな者もいる。ヴィクトルから勇利もそうであると思われたのかもしれない。それでも、普通は二十代半ばも近い男に高校生を紹介しないだろう。
「勇利面食いだから、俺の知り合いのうちで一番の美形を連れて来たのに」
 不満そうにヴィクトルはそう言った。
 不満そうな態度も気になったが、それ以上に面食いという言葉の方が気になった。
「別に僕は面食いって訳じゃ……」
「え、勇利自分が面食いだって事に気が付いて無かったの!」
 心底驚いている様子でヴィクトルは言っていた。
 それを否定しようとしたのだが、亡くなった妻は大学で美人で有名で、そんな彼女と付き合うようになったばかりの頃周りから妬まれた事を思い出した。更に、初恋である幼馴染みも学校で評判の美少女であった事をふと思い出した。
(あ……僕、面食いだったんだ)
 今まで自覚していなかったのだが、面食いであったのだという事が分かった。
 自分でも気が付いていなかった事に、何故ヴィクトルは気が付いたのだろうか。亡くなった妻の写真を彼に見せた事がある。それを見てそう思ったのかもしれない。いいや、そんな事ぐらいで確信はしないだろう。
 面食いであると思われてしまうような行動を、自覚無く取ってしまったのかもしれない。そう思いながらヴィクトルを見ると、笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 自分が面食いであるという事を自覚した事を、ヴィクトルに気が付かれたのだという事がその反応から分かった。ヴィクトルの思っている通りであるので、それを勇利は否定するつもりはない。
「じゃあ、ユリオと付き合ってみなよ」
 ユリオというのは、ユーリの渾名なのだろう。
 ヴィクトルはそう言いながら、先程から黙って話しを聞いているユーリに勇利から視線を移した。
「えっ、そんないきなり。この子だって、こんな年上の更に子持ちなんか紹介されても困るでしょう」
 紹介される事になる相手が、ずっと年上の子持ちであるという事をユーリは聞いていないのだろう。そうでなければ、ここに来なかった筈である。
「ユリオは年上で良いって言ってるし、子持ちでも良いって言ってたよ」
 ユーリに同意を求めて視線を向けていると、彼が何か言う前にヴィクトルがそう言った。
「えっ、そうなの?」
 勇利のその言葉にユーリが首を縦に振った事から、ヴィクトルの言っている通りであるのだという事が分かった。

「ユリア、サンキュ」
 ユーリがユリアから渡された玩具の皿の上には、子供が怪我をしない形をした玩具の野菜が幾つか乗っている。ユリアから期待した顔で見詰められているユーリは、芝居じみた態度で野菜を食べる真似を始めた。
「もぐもぐ。もぐもぐ。ユリアが作った料理うめーな」
 ユーリから褒められ、ユリアがこぼれそうな笑顔へとなった。野菜を食べる真似をするのを止めたユーリは、目尻を下げてそんなユリアの頭を撫でる。
 お家ごっこをしている二人を見ながら、勇利は今更ながらに何故こうなったのだろうかという事を思った。
 ここは、ユリアと共に勇利が暮らしているマンションの一室である。何故、先日お見合いをした相手であるユーリが部屋にいるのかというと、現在ここで生活をしているからだ。
 どうしてまたそんな事になったのかというと、ヴィクトルからユーリと付き合う事を勧められたのだが、お互いにお互いの事をまだ全く知らないので付き合う事はできない。何度かあってから決めようという事になり、お見合いが終わったので帰る事になった。
 ユーリの胸でまだすやすやと赤ん坊のようにして眠っているユリアを勇利が受け取ろうとすると、目を覚ましたユリアが、ママから離れたくないと言って号泣しながらユーリから離れるのを拒んだ。そんなユリアに、ユーリが「だったら一緒にいてやるよ」と言った事により、暫く一緒に住む事になったのだ。
 勿論、そんな事までさせられないと勇利はユーリに言った。しかし、ユーリがこんな状況のユリアと離れる事はできないと言ったので、彼の言葉に従う事になった。
「ママ」
 ユリアがユーリに抱っこを強請っている声が聞こえて来た。甘えて来るユリアに顔を緩ませながら、仕方がねえなと言ってユーリはそんなユリア抱き上げた。
 ユーリを自分の母親であると思い込んでいるユリアに、勇利は母親では無いという事を何度も言った。しかし、その度にユリアは違うと言って大泣きするだけで、自分の母親では無いという事を納得しようとしなかった。
 その事にほとほと困っていると、ユーリが「俺はユリアのママでも良いぜ」と言った。何を言ってもユリアを納得させる事ができそうに無いのと、ユーリがそう言ってくれたので、それからはもう否定する事はしなくなった。
 ユーリに抱っこされているユリアの顔は幸せそうなものである。そして、赤ん坊のような顔になっているユリアを抱っこしているユーリの姿は、母親であると錯覚してしまいそうなものである。
 確かにユリアの母親とユーリは似ている。しかし、ユーリを亡くなった妻と同一人物視している訳ではない。別人であると思っているというのに、そんな風に錯覚してしまいそうになる事が不思議だ。
「どうした。眠たいのか」
 ユーリの質問に、瞼が閉じ始めているユリアが頷いた。
「じゃあ、お風呂入るか」
 そう言いながら壁時計を見ていたユーリの視線がこちらに向かう。
「風呂に入れてやってくれ、カツ丼。その間に片付けしとくから」
「分かったよ、ユリオ」
 声に出すと、ユーリは勇利と同じ名前になる。そんなユーリの事を、勇利はヴィクトルに準じてユリオと呼んでいる。
 そしてユーリは、勇利の事を名前と全く関係の無いカツ丼や豚と呼んでいた。勇利の好物がカツ丼であるという事を知り、そんな風にユーリは呼ぶようになったのだ。最初はそんな風に呼ばれる事に抵抗があったのだが、今はもう慣れてしまった。
 勇利はユーリからユリアを受け取ると、リビングを出てバスルームに向かう。
 脱衣所でユリアが着ている服を脱がせると、バスルームの中に入りバスタブにお湯を入れる。お湯を溜めている間に、いつも隣でユリアの体と頭を洗っている。
 ユリアの髪は、キッズ用の低刺激のものでいつも洗っている。髪を洗われるのが苦手な子供もいるようなのだが、ユリアはいつも大人しく髪を洗われてくれる。今も、勇利に髪を洗われながら、お風呂場用の玩具で大人しく遊んでいる。
 ユリアのお気に入りの玩具は、バスタブの湯に浮かせる事もできるアヒルの親子だ。一番気に入っているのは、大きく赤いリボンを付けた母親だと思われるアヒルだ。それをいつもユリアは選ぶ。
 頭の次は体を洗い終えると、バスタブに湯が溜まったのでユリアをその中に入れる。ユリアが溺れていないかという事を確認しながら、勇利も体と頭を洗っていく。
 髪を洗い終えユリアと共にバスタブの湯に暫く浸かると、そろそろ出ようかと声を掛けて出る。
 脱衣所で体を拭くと、ユリアがユーリを呼びながら裸で出て行ってしまった。
「ママー!」
「ユリア、ちゃんと服着ないと駄目だよ」
 服を手に取り腰にバスタオルを巻きながら、ユリアを追いかけて勇利も脱衣所を出た。
 リビングに入って行ったユリアは、そこにいたユーリに抱きついていた。
「俺が着せてやるから、お前もその間に服着ろ」
 こちらを見ながらそう言ったユーリは、大袈裟なほど顔を顰めていたが頬が赤くなっていた。彼が照れているのだという事が、その事から分かった。
「有り難う」
 自分たちは男同士である。ユーリが同性の裸を見て赤面している事を不思議に思いながら、勇利は持っていたユリアの服を渡してバスルームに戻る。
 バスタオルで体を拭き、ユリアのパジャマが置いてあった棚の上にある自分のパジャマに着替えていく。以前まではそれを勇利は自分で用意していたのだが、ユーリが来てからは彼に用意してもらっている。
 ユーリはここで生活をするようになってから、ユリアの面倒をみてくれるだけで無く、家事までしてくれている。
 まだ高校生であるというのに、ユーリは慣れた様子で家事をしていた。その事を不思議に思い訊いてみると、母親が病弱であるので幼い頃から代わりに家事をする事が多かったそうだ。そんなユーリが作る料理は、母親が作るような優しい味の家庭的なものであった。
 ユリアは、美味しいと言ってそんな彼の料理を頬張っていた。
 外から、「クリーム塗るぞ」というユーリの声が聞こえて来た。お風呂を上がったユリアにいつも保湿クリームを塗っている事を知っているので、ユーリはパジャマを着せる前にそれを塗ってくれているのだろう。
 ユリアとユーリの楽しそうな笑い声が聞こえて来る。それを聞いていると、こちらまで笑顔になってしまう。
 ユーリが来てから、ユリアは以前よりもずっと笑うようになった。そして、幸せそうな顔をするようになった。
(このままずっといてくれたらなんて、思っちゃ駄目なんだよね)
 今の生活をこのまま続けたい。続けた方が良いに決まっている。そんな風に思っているのだが、それは思ってはいけない事であるという事は分かっている。ユーリは他人であるので、ずっとここにいる事はできない。
 着替えを終えた勇利は、使い終えたバスタオルを片付けてから脱衣所を出る。
 リビングに戻ると、オムツを履いたユリアがお気に入りのパジャマをユーリに着せてもらっていた。
 三歳になると、オムツが外れている子供が多い。ユリアももう普段は履かせていないのだが、寝ている時におねしょをする事が時折あるので履かせている。
(そういえば、ユリオが来てから一回もおねしょしてないんだよね)
 ユリアがおねしょをしてしまうのは、寂しさが理由であったのかもしれない。理由がそれである場合、ユーリが家に帰ってしまうと再びおねしょをするようになってしまうという事だ。
 ユーリが帰った後の事を今まで考えた事が無かったのだが、その時の事を考えてしまう。
(ユーリが帰っちゃったら、ユリア落ち込むだろうし)
 塞ぎ込んでいるユリアを想像すると胸が痛くなり、再びここにこのままいてくれないだろうかという事を思ってしまう。
(そんな事駄目だよ。ユリオはまだ高校生だし)
 まだ高校生であるユーリに、三歳児の母親になってもらうという事などできない。
「ん、もうおねむなのか?」
 ユーリの質問に対して、今にも眠ってしまいそうな顔へとなっているユリアがこくりと首を縦に振った。その仕草を可愛いと思ったのは、勇利だけでは無かったようだ。ユーリが頬を緩ませている事から、彼もそう思っているのだという事が分かった。
 ユーリにとってユリアは他人でしか無い。何故ユーリが、そんな娘の世話をまめまめしくしてくれているのだろう。そう勇利は思った事がある。それは、ユリアが可愛いからなのかもしれない。
「じゃあ、パパにおやすみ言おうな」
「おやしゅみなさい!」
 ユーリに促され眠気を堪えながら勇利にそう言ったユリアの姿は、頬が緩んでしまうようなものであった。
「おやすみ」
「行くぞ」
 ユーリと共にユリアが隣の部屋へと入って行く。
 リビングの隣の部屋にユリアを寝かせに行ったユーリを待っていると、直ぐに戻って来た。
「俺もそろそろ風呂入る」
「うん」
 ユーリが入浴する為に部屋から出て行くと、勇利は今日一日が終わったような気持ちへとなった。
「ビール飲もう」
 冷蔵庫まで行くと、中から冷えた缶ビールを取り出す。更に食器棚からグラスを取り出すと、リビングにあるローテーブルの前に座った。
 食事は、テレビの前にあるこのテーブルでいつも取っている。ユリアにはまだこのテーブルは高いので、ここで食事をする時はいつも部屋の端に置いてある子供用の椅子を使っている。
「美味しい」
 グラスに注いだ黄金色のビールを飲むと、一日の疲れが癒えるような気がした。
 グラスに注いだビールを次々に飲んでいく事によって、缶の中身が無くなった。今グラスにある分で終わってしまう事を寂しく思ってると、扉が開きリビングにユーリが戻って来た。
 先程までは派手な格好をしていたユーリであるのだが、今は落ち着いた色のルームウェア姿であった。家ではいつもスエット生地のパーカーに、同じくスエット生地の七分丈のパンツという格好をしているようだ。
「あ、ビール飲んでるのかよ」
 首にタオルを掛けたユーリが、そう言いながら側へとやって来る。
「ちょっとね」
 もうユリアは眠っている。それに、今日しなくてはいけない事は全てしている。悪い事はしていないのだが、それでも悪事が見つかってしまったかのような気持ちへとなった。
「また太るぞ」
「一本だけだし、最近はそんなに食べて無いから大丈夫だよ」
「それなら良いんだけど」
 疑いの眼差しをユーリに向けられ苦笑いしながら、何故太っていた事を知っているのだろうかと勇利は思った。
 太っていたのは、妻に先立たれたばかりの頃から一年ほど前までである。悲しさを紛らわす為に過食をしてしまい太ってしまったのだが、ヴィクトルから痩せた方が良いと言われ、ダイエットをして今の状態まで戻した。
 その時の事を、勇利はユーリに話していない。
 ヴィクトルからその事を聞いたのかもしれない。
「俺は先に寝るからな」
「おやすみ」
 ユリアを連れて行った隣の部屋に、ユーリが入って行く。
 二人が寝てしまったので、自分もそろそろ寝なければいけない。ユーリがここに来てから、朝何を作ろうかという事を考えて眠らなくてよくなったので楽になった。そんな事を考えながらグラスと缶を片付け、歯を磨き隣の部屋に行く。
 先に寝ると言っていたというのに、ユーリは床に敷いている布団の上でスマートフォンを触っていた。
 ゲームをしているようには見えないので、学校の友達とメッセージのやりとりをしているのかもしれない。
(ユリオから友達の話聞いた事無いんだよね)
 ユーリは短気で態度が悪く、口も悪い。しかし、情に厚い性格をしている。人を惹きつける外見もしているので、友達がいないとは思えない。友達の話をしてくれていないだけなのだろう。それは、まだ勇利に心を許していないからなのだろう。
 他人に興味が無いので、今まで相手に好かれたいと思った事が殆ど無い。それなのに、その事が寂しくなってしまった事が不思議だ。
 勇利は、ユリアが寝ている布団の横に行く。ユーリが滞在するようになってから、二人でユリアを挟んで寝ている。
 布団に入ろうとしていると、ユーリも今度こそ寝る事にしたのだろう。布団の中に入ったままスマートフォンを片付け始めた。
 部屋を暗くすると、ユーリの声が聞こえて来た。
「起きたのか?」
「ん。ママ、おっぱい」
 眠っていたユリアが起きてしまったようだと思っていると、ユリアのそんな甘えた声が聞こえて来た。ユリアの発言は、勇利に衝撃を与えるようなものであった。
「おっきな赤ちゃんだな」
 目を見開き狼狽していると、仕方が無さそうな様子でユーリがそう言った。ユーリの返答に驚き体を起こすと、ユリアにおっぱいを吸わせる為にパーカーの下に着ているTシャツを捲っている彼の姿が見えた。
 ユーリの胸に顔を埋めたユリアが、ちゅぱちゅぱという音を立てながらおっぱいを吸い始めた。
 ユーリは男であるので母乳を出す事はできない筈だ。しかし、ユリアの姿は本当におっぱいを飲んでいるかのようなものであった。
 瞬きを忘れてそんな光景を見詰めていると、おっぱいを吸いながらユリアがユーリの服をぐいっと引っ張った事により、見えていなかった方の乳首まで見えた。
(あっ……)
 Tシャツから出て来たピンク色の乳首は、見てはいけない存在のように思えるものであった。下肢の中心がずんと重くなったのを感じながら、勇利は慌ててそこから視線を離した。
 下着の中で男性器が硬くなっているのを感じる。ユーリの乳首を見て欲情してしまったらしい。
 同性愛者では無いので、今まで男のそこを見てそんな風になってしまった事は無い。しかし、ユーリの乳首が特別であったので欲情してしまったのでは無い筈だ。
 最後にセックスをしたのは、妻が亡くなる前だ。ユリアの世話に追われて、最近自分で抜いてすらもいない。ユーリの乳首を見て欲情してしまったのは、欲求不満になっていたからなのだろう。
「寝ちまったのか?」
 そんな声が聞こえて来たのでユリアを見ると、先程まではおっぱいを飲んでいたのに、今はユーリの胸に顔を押しつけて眠っていた。おっぱいを飲んだ事により、満足して寝たようだ。
 ユーリがユリアを布団に寝かせる。
(僕も寝よう)
 布団の中に体を戻すと、電気が消えた。電気を消してくれたので瞼を閉じると、ユーリが布団を離れたのを物音から感じる。
 トイレに行こうとしているのだろう。そう思っていたのだが、ユーリは部屋から出て行かずこちらへとやって来た。
 何か用があるのだろうかと思っていると、ユーリが勇利の布団の中へと入って来た。
(えっ……)
 ユーリの行動に驚いていると、体が近づいて来た。
 ユーリと布団の中で密着する。
「さっき俺のこと見てムラってしただろ」
 勇利の耳元でユーリが告げた言葉は、驚きから目を剥いてしまうようなものであった。
(気が付かれてた!)
 ユーリの思っている通りであるが、それは認める事ができないような事である。
「えっとあれは……」
「隠さなくて良いんだぜ」
 言い訳を探していると、ユーリが更にそう続けた。
 顔が見えないので、どういう意図で彼がそう言ったのかという事が分からない。勇利はユーリの顔を見ようと体を起こした。
 勇利に続くようにして体を起こしたユーリの顔は、恥ずかしそうにしているようにも拗ねているようにも見えるものであった。拗ねる必要が無い場面であるので、そう見えるだけで後者では無いのだろう。恥ずかしさを誤魔化す為に、そんな態度を取っているのだろう。
「したいならしようぜ」
「えっ、駄目でしょう。まだユリオ、高校生だし」
 ユーリの発言を聞くと同時に、そう言っていた。
 この状況で、ユーリが誘っているのだという事に気が付かない筈が無い。
「結婚するんだから問題ねーよ」
「結婚?」
 ユーリに結婚しようと言った事など当然無い。何故彼がそんな風に思っているのかという事が、分からない。
 困惑していると、ぐいっと顔をユーリが近づけて来た。その行動に一瞬戸惑った後、ユーリの整った顔に釘付けになった。
「俺と結婚したくねーのかよ」
 険しい顔でユーリからそう言われ、勇利ははっと我に返った。
「君みたいに綺麗な子に、僕みたいな地味な男は釣り合わないよ。それに、君はまだ結婚するような歳じゃないし」
「もう結婚できる年齢だ!」
 この国では、男女ともに十六歳になれば結婚する事ができる。結婚する事ができる年齢であるので、自分と結婚をしろというようにしてユーリは言っていた。それに、頷く事ができる筈が無い。
「それはそうだけど。でも、まだ結婚するには早いよ」
「ぐちゃぐちゃ言ってねーで、俺と結婚しろ」
 叫ぶようにしてそう言ったユーリは、まだ熱がひいておらず固くなったままになっている勇利の性器をズボンの上から掴んだ。
「えっ! ユリオ」
「やりたくねのかよ?」
 答えを急かすように、苛立った態度でユーリは言った。
「したいけど」
 思わず正直な気持ちを告げると、満足そうにユーリが口元を引き上げた。
「だったらしようぜ」
 悪戯好きの子供のような顔へとなっているユーリを見て、勇利は可愛いと思ってしまった。そして、今から彼を抱くのだと思うと、今までに無いほど興奮した。
 ユーリが再び勇利の性器を掴んだ。先程は直ぐにそこから手を離したユーリなのだが、今度はそこを触ったままになっていた。勇利はそんな彼の手に自分の手を重ね、その手をそこから離した。
「ここじゃ駄目だよ。ユリアが起きちゃう」
「だったらどこでするんだ?」
 すんなりとユーリが場所を移動する事に同意したのは、ユリアを起こしたく無いからだけでは無いだろう。ユリアに恥ずかしい姿を見られたく無いという理由もあるだろう。
「リビングに移動しよっか」
「分かった」
 こくりと頷いたユーリが立ち上がる。勇利もそれに続いて立ち上がると、すやすやと眠っているユリアを起こしてしまわないように気を付けながら二人でリビングに移動した。

03.

「本当に良いの?」
「怖じ気づいたのかよ」
 薄明かりを付けたリビングの中で意思を確認すると、ユーリがだせぇとでも言い出しそうな顔でそう言った。
 その台詞を、口が悪い彼から何度が言われた事がある。その時は苛立ったのだが、今は全くそんな気持ちが沸いて来る事は無かった。それは、そう言いながらもユーリが緊張した様子へとなっている事に気が付いたからだ。
(初めてって事は無いよね。最近の子は色々早いみたいだし。それに、ユリオぐらい綺麗な子だったら、相手なんていくらでもいそうだし)
「じゃあ遠慮する必要は無いよね」
「あっ……ああ」
 ユーリの返事は、先程までの強気な態度が嘘のように弱々しいものであった。珍しい姿を見てずんと下肢の中心が重くなるのを感じながら、勇利は体を寄せる。
 腰へと腕を回し、内臓が本当に入っているのかという事が疑わしくなってしまう程細い腰を引き寄せる。ユーリが顔を上げたので、勇利は唇を塞いだ。
「んっ……」
 ユーリの体に力が入っている事から、まだ緊張したままになっているのだという事が分かった。勇利はそんなユーリの緊張を解そうと、唇を重ねたまま体を撫でる。
「んぅ……ん……」
 ユーリの反応から感じる場所を見つけると、そこを暫く触り続けるという事を繰り返しながら手を動かしていく。ユーリの体から力が先程までよりも抜けたので、感じる事によって緊張が解れたのだろう。
 もっと感じさせたいという事を思い、勇利はズボンの上から双丘の間を撫でる。びくっとユーリの体が弓なりになった事により、重なったままになっていた唇が離れる。
「ふぅ……」
 唇を追いかけ再び塞ぎ、口腔へと舌を忍ばせる。
 驚いたようにユーリの肩が揺れ動いたのを勇利は感じる。嫌がっているのでは無いので、それを気にせずに舌をユーリの舌に絡みつかせた。
「はっ……んぅ……」
 キスの途中、ユーリは溺れている最中のように息継ぎをしていた。その行動は、色気を感じさせないものであった。
 経験豊富で慣れているのだと思っていたのだが、そうでは無いのかもしれない。経験は少ないのかもしれない。
 満足するまで口腔を蹂躙したので口を離すと、ユーリの体から力が抜け落ちていった。
 このままでは床に崩れ落ちてしまう事になる事が分かり、勇利はユーリの体を腕で支える。その時ユーリの性器が足に触れた事により、そこが固くなっているのだという事を知った。
 脱力を彼がしたのは、キスをする事によって感じてしまったからのようだ。
 ユーリは感じやすいのかもしれない。それならば、更に感じさせたい。感じている姿を見たいと思いながら、勇利はユーリの体を支えたまま腰を床に下ろしていく。
「んぅ……」
 勇利はユーリを床に敷いてある緑色のラグの上に座らせると、再び唇を重ねる。先程のように唇を貪るのでは無く、今度は重ねては離すという事を繰り返した。
 鼻に掛かった甘いユーリの声を聞きながら、勇利はズボンの中に手を入れる。
「……っ!」
 ユーリが驚いたように体を揺らした。嫌がっているのでは無さそうであるので、それを気にせず勇利は更に下着の中へと手を入れる。
「ふっ……」
 男同士であるので、ユーリは勇利に下着を見られる事を全く気にしていない。その為、ユーリの下着姿を何度か見た事がある。ユーリはボクサーパンツを愛用していた。今履いているのもボクサーパンツなのだろう。
 今まで見た物はそれも派手な見た目の物であった。服だけで無く下着まで派手な物をユーリは選ぶようだ。
 今履いているのはどんな物であるのだろうかという事を思いながら、勇利は産毛のように柔らかな下生えの下にある性器を掴む。
「はっ……」
 未成熟な見た目をしたユーリのそこは、可愛らしい物であった。普段は皮を被っているのだという事が分かるそこは、手の中に隠れてしまう大きさしか無い。小さな性器を手の平で擦ると、甘い声が聞こえて来た。
「んぅ……」
「気持ちいい?」
 感じているのだという事は、ユーリの反応からだけで無く、最初よりも手の中にある物が固くなっている事からも間違い無かった。しかし、本当にそうなのかという事は分からない。だから、どうなのかという事を勇利はユーリに確かめた。
「わかんねえ……」
「でも、ここさっきまでよりも固くなってるよ」
「そんな事……はっ……」
 そんな事は無いとユーリは言いたいようだ。
 先程よりも固くなっている事に、ユーリが気が付いていない筈が無い。何故素直に認めようとしないのかという事を不思議に思いながら、勇利は性器を擦り続ける。
「もう出そうになってるんじゃないの?」
「ちがっ……」
 ユーリは否定しているが、性器は今にも弾けてしまいそうなほどぱんぱんになっている。先程からユーリは、でたらめを言ってばかりだ。そんな彼を射精させる事によって、本当の事を認めさせたくなった。
「ほら、本当はイきそうになってるんだよね?」
 勇利は、触っているうちに気が付いたユーリが最も感じる場所である裏筋を親指で擦りながら、亀頭も刺激する。
「ちがうっ……あっ……ああっ……」
 体を捩りながらユーリが逃げようとする。逃がすつもりなど無かったので、足をもう片方の手で押さえつけ逃げる事ができないようにする。
「やっ……あっ……ああっ……!」
 逃げる事ができないのだという事が分かったのか、大人しくなっていたユーリの声が途切れた。
 びくっと手の中にある性器が震え、ユーリの華奢な体から力が抜け落ちる。その変化は、彼が吐精したのだという事を示すものであった。
「イったの?」
 先程までは正直に質問へと答えようとしなかったというのに、ユーリは素直に首を縦に振った。絶頂に上り詰めたばかりの倦怠感によって、頭が回らなくなっているのかもしれない。
 下着から手を引き抜く時に液体が触れた。それは、ユーリが放った物なのだろう。勇利はユーリのズボンを脱がせる。先程までは惚けた顔をしていた彼であるのだが、今は恥ずかしそうな顔へとなっていた。
「下着濡れちゃったね」
 想像していた通り派手な下着は、先程放ったものによって濡れていた。
 まるでお漏らしでもしたかのようであるとそれを見て思った後、ユーリが驚いた顔で濡れた部分を見ている事に気が付いた。濡れた部分を見て、ユーリも同じ事を思ったのだろう。
「脱がしてあげるね」
 はっとした顔へとユーリがなった。訴えかけるようにしてこちらを見ている事から、脱がすのを止めて欲しいのだという事が分かった。しかし、それを言葉に出さなかったので止めるつもりは無い。
 下着を脱がせる事によって、尖端から滴を滴らせている無垢な性器が現れた。
「あっ、可愛い」
「可愛いって言うな!」
 反射的にそう言ってしまったのだろうユーリは、言った後にしまったという顔をしながら口を両手で押さえた。こんな大声を出すと、ユリアを起こしてしまうと思ったのだろう。その反応もまた可愛いと思いながら、勇利はユーリの上着も脱がせる。
 普段は食事をするのに使っている部屋で、裸にさせられたからなのだろう。ユーリは頼りなげな様子へとなっていた。
 ユーリを床へと寝かせると、勇利もパジャマを脱いでいく。下着まで脱ぎ終えると、顔を横へと向けている彼の下肢の中心へと顔を寄せた。
「えっ……え……」
 勇利はユーリの戸惑った声を気にせず、射精した事によって萎えている男性器を口へと含んだ。
(案外平気なもんなんだね)
 口でしようと思いそれを実行に移したのだが、同性に性的に興奮した事が今まで無いので嫌悪感を抱くかもしれないと危惧していた。しかし、それは杞憂であった。少しも気持ち悪さはしなかった。
(誰でもって訳じゃないのかも。ユリオのだから平気だったのかも。後、ユリオのここが綺麗だからってのもあるのかも)
 萎えている今は皮を被っているユーリの性器は、飾っておきたくなるような色と形をしていた。勇利は性器を口腔の粘膜で擦りながら口から出し入れするだけで無く、根元にある小さな二つの丘を指で撫でる。
 先程まで萎えていた性器は、すっかり口の中で育っていた。
「あっ……ああっ……イくから……イくからっ……」
 ユーリが嘆願するようにして言っている事から、口を離して欲しいのだという事が分かった。
 口に咥えられたまま達したく無いのだろう。それは分かっていたのだが、彼をこのまま射精させたかったので、口から離すつもりは無い。
「あっ……だめっ……んぅ……」
 大声を出す事ができないので小さな声で暫くそう言っていたユーリが、急に静かになる。そして、口の中で性器が震え、喉の奥へと向かって熱いものが放たれた。
 ユーリが放っているものが止まるのを待ってから、勇利はまだ完全に固さを失っていない欲望から口を離す。惚けた顔で床に背中を預けているユーリの姿を見た後、口に含んでいる物を出す為に彼から離れる。
 棚まで行くと、その上に置いてあるティッシュを手に取る。
「なんで」
 白濁を吐き出したティッシュをゴミ箱に入れていると、背後からそんなユーリの声が聞こえて来た。聞こえて来た声は、信じられないといわんばかりのものであった。
 勇利はユーリの元へと戻る。
「フェラされるの初めてだったの?」
 ユーリの態度は、そんな風に感じるものであった。
「そんな事された事がある筈ねえだろっ!」
「今までの相手はしてくれなかったの?」
 ユーリの今までの相手は男性であったのだろうか、それとも女性であったのだろうか。そう考える事によって、勇利の頭に浮かんだのは男性である。
 ユーリは男であるのだが、中性的な美貌の持ち主であるからなのだろう。抱くよりも抱かれる方が似合っているように思えた。
「今までの相手なんかいねーよ」
 ユーリの言葉により勇利は目を丸くした。今までの相手がいないという事は、ユーリには経験が無いという事である。先程までの彼の初々しい反応が、それを肯定していた。
 経験の無い相手の方が良いと、今まで思った事は無い。それどころか、経験が無い初心者は色々と面倒であると今まで思った事しか無かった。それなのに、初めてなのだという事を知った事により興奮し、下肢の中心に熱が集まっていった。
 今直ぐにユーリの処女地を大きくなった物で暴きたくなったのだが、初めての相手にそんな事などできない。そんな事をすれば、怖がらせてしまう事になるという事ぐらい分かっている。
「優しくするね」
「最初から優しくしろよ」
 今まで通り優しくするという意味で言ったのだが、今までは優しくしていなかったがこれからは優しくするという意味だとユーリは思っているようだ。それは、ユーリが先程までの勇利は優しく無かったと思っているという事である。
「優しくしてたと思うんだけど?」
「優しくねえ。……もっと優しくしろよ」
 不満そうな顔でユーリはそう言った。
 我が儘な子供を相手にしているような気持ちになり、勇利は頬を緩めた。
「分かったよ。じゃあ四つん這いになって」
「えっ……ああ……」
 戸惑った様子になりながらも、ユーリは体を反転させて四つん這いの格好へとなった。
 尻の肉が薄いからなのだろう。少し足を開いているだけであるというのに、こちらに向かっている双丘の間にある可憐な色をした場所が見えている。
 今までそんな所を見たいと思った事すらも無いというのに、今からここに欲望を埋め込む事になるのだと思っているからなのだろう。興奮から息を飲んでしまう。
「えっ……」
 双丘に手を置き尾てい骨を舐めると、ユーリの体が揺れると共に驚いたような声が聞こえて来た。それを気にせず双丘を舐めながら舌を下に動かしていく事によって、後孔へとたどり着いた。
 こんな所までユーリは綺麗であった。整った形をした後孔を舐めると、それを嫌がりながらユーリが逃げようとした。
「そこやだ。やっ……」
 ユーリを手で押さえつけ、逃げる事ができないようにして勇利は愛撫を続ける。
 ユーリの嫌がる事をしたくてそうしているのでは無い。ここを濡らして解さなければ、大きな物を飲み込む事はできない。だから、続けなくてはいけないのでしているだけだ。
 最初はまだ諦め悪く逃げようとしていたユーリであったのだが、やがてなすがままとなった。そして、聞こえて来ている声が甘い色を孕んだものへと変わって来た。
「感じてるの?」
 ユーリは首を大きく左右に振ったのだが、感じているので間違い無い。こんな所を舐められて感じてしまっている事が恥ずかしくて、それを認める事ができないのだろう。
 素直では無いユーリに対して今までそんな気持ちを持った事は無いというのに、今は可愛いと思ってしまった。
 勇利は表面を舐めるだけで無く、中まで舌を入れて固いそこを寛げていく。
「はっ……んぅ……」
 双球まで流れ落ちた唾液でしっとりと濡れるほどじっくり後孔を愛撫すると、濡れているそこに指を宛がう。
「挿れるよ」
「んぅ……!」
 指を沈めると、ユーリの体内はそれを追い出そうとした。
 苦しんでいるのかもしれないと思ったのだが、彼の反応を見るとそんな風には見えない。勝手に体が異物を排除しようとしてしまっているだけのようだ。
 それが分かったので気にせず指を更に沈めると、体内が絡みついて来た。
「うわっ……引っ張られてる……」
 先程までは指を追い出そうとしていた体内であるというのに、今は反対に奥へと誘うようにして動いていた。ここに指では無く自分の物を埋めた時の事を想像すると淫靡な熱を感じ、勇利は息を飲んだ。
 ユーリが痛がっていない事を確認しながら、体内に沈めている指を動かしていく。
「はっ……んぅ……」
 性器も触った方が良いだろうと思い、勇利は体の下にあるそこに手を伸ばす。
(あっ……固くなってる)
 性器がはち切れてしまいそうな姿になっている事から、想像していたよりもユーリが感じているのだという事を勇利は知った。
 このままユーリを追い詰めてしまいたくなり、勇利は体内で指を動かすだけで無く性器を擦っていく。
「んぅ……あっ……だめっ……あっ……んっ!」
 性器が揺れ動きユーリの体が撓んだ。直ぐに力が抜けたかのように、ユーリは前のめりの格好へとなった。それと共に、彼の体内へと埋め込んでいた指がずるりと抜けた。
 勇利は、ラグに顔を埋めて蹲るような格好へとなっているユーリの体を反対にする。腹部を白濁が汚している事から、彼が射精したのだという事が分かった。
 落ち着いた様子へとなって来たユーリの視線が勇利の下肢の中心へと向かったと思うと、信じられないという顔へとなった。
「なんだよそれ」
 男性器を固くしているので彼がそう言ったのだと思ったのだが、それに続いた言葉を聞く事によってそうでは無かったのだという事を勇利は知った。
「なんでそんなにデカいんだよ」
「ユリオのと比べたら大きいかもしれないけど、普通だよ」
 大きいという程の物では無いのだが、ユーリは納得できないという様子へとなっていた。そんなユーリに、普通であると認めさせるつもりは無い。
「そろそろ良い?」
「あっ……いいぜ」
 何をしたくてそう言ったのかという事に気が付いたユーリは、怖々とした様子でそう言っていた。経験の無い彼は、今からの行為に恐れがあるのだろう。
「大丈夫だから」
 安心させようと思いそう言ったのだが、ユーリは顔を強ばらせたままになっていた。安心させる事はできそうに無いという事が分かったので、勇利はユーリの足を大きく広げ後孔へと昂ぶりを宛がう。
「今ゴム無いから、ごめんね。外で出すから」
「んぅ……」
 ユーリの体内を肉塊で貫いて行くと、苦しそうな声が聞こえて来た。
 指を受け入れた時は苦しく無かったようなのだが、それよりも太い物を飲み込んでいる今は苦痛を感じているようだ。
「少し我慢してね」
「んぅ……」
 ユーリを励ましながら剛直を進めていく事によって、これ以上進む事ができなくなった。まだ根元まで沈める事ができていないが、これ以上進めるのは無理そうなので諦める事にした。
「大丈夫?」
「キスしろ……」
 苦しそうな顔をしながらユーリはそう言った。
「キス?」
「キスしてくれたら苦しくなくなるかも」
 そんな事がある筈が無いと思いながらも、勇利は体を重ねてユーリの唇を塞ぐ。直ぐに離すつもりであったのだが、首へと手を回して来た彼にしがみつかれたので離す事ができなくなってしまった。
 唇を重ねたままでいると、苦痛に耐えながら勇利を受け入れているユーリの事が愛おしくなって来た。ユーリが唇を離すと共に首から手を離したので、勇利は体を元に戻す。
 先程までは苦痛に耐えている様子であったのだが、今は余裕のある様子へとなっていた。キスをしたぐらいで苦しくなくなる筈が無いと思っていたのだが、本当に苦しくなくなったのかもしれない。
 それならば、動いても平気である筈だ。
「動くね」
 もうユーリの返事を待っている余裕など無かったので、勇利はそう言って腰を動かし始めた。
「あっ……んぅ……ああっ……」
 最初は驚いた様子へとなっていたユーリであるのだが、直ぐに勇利に付いて来ようとする様子へとなった。そんなユーリが出している声は衝動により出てしまったものでしかなかったのだが、次第に色づいていった。
「あっ……んぅ……かつどん」
「こんな時ぐらい名前で呼んでよ」
「あっ……んぅ……ゆうり」
 恥ずかしそうにしながら名前を呼ぶユーリの姿は、勇利の股間を熱くするものであった。既に限界になっているものが、更に体の中で大きくなったように感じる。
「ユリオ」
 はぁと熱い吐息と共にユーリの名前を呟くと、先程までよりも勇利は激しく腰を動かし始めた。
「あっ……んぅ! ああっ……」
 何度も腰を打ち付けると、大きな声を出したユーリに性器を締め付けられた。
「ユリアが起きるから、声抑えててね」
 たしなめるようにして言うと、虚ろな目へとなっているユーリはこくりと頷き自らの口を両手で塞いだ。その姿は、勇利の嗜虐心を刺激するものであった。
 彼の全てを自分で埋め尽くしてしまいたい衝動に勇利は駆られた。
「ああっ……んぅ……あっ……」
 ユーリの体の中を何度も熱いもので抉り体を揺さぶり続けると、限界になった。
「出すよ」
 このままユーリの中で出してしまいたくなったのだが、そんな事はできないので射精する寸前体から引き抜いた。そして、勇利はユーリの白い肌へと白濁を吐き出した。
「ユリオもイったんだ」
 直ぐに落ち着いたので息を吐いていると、ユーリの腹部が先程勇利が出したもの以外で濡れている事に気が付いた。
 先程までは大きくなっていたものが萎えている事からも、ユーリも射精したのだという事が分かった。先程勇利のものを締め付けた時に、達したのかもしれない。
 勇利は、欲望を吐き出したのだがまだ固くなっている物を引き抜く。
 眉根を寄せているユーリの後孔が、ひくひくとしている事に気が付いた。大きなものによって開いたそこを、彼は閉じようとしているのだろう。何故そんな事をしているのかという事が分かっているというのに、それを見ていると下肢に熱が集まっていった。
「もう一回いい?」
「今したばっか」
 再び体内に潜り込ませる事ができる状態へとなっている物を宛がいながら言うと、これ以上は体力的に無理であるという様子で彼はそう言っていた。
「そうだね」
 もう一度しても良いのかという事を確認したのだが、衝動を止める事ができない状態へとなっていた。
「ごめん」
「やっ……んぅ……」
 強引に再び性器を埋め込むと、力ない声しか出す事ができなくなっているユーリの体を勇利は揺らした。

04.

 食事の途中であるというのに、テーブルに置いてあるリボンが付いた髪ゴムをユリアが隣にいるユーリに「髪結んで!」と言いながら差し出した。
「後で結んでやるから」
 赤いリボンの付いた可愛らしい髪ゴムは、買い物をしている最中ユリアから欲しいと強請られて勇利が買い与えた物だ。それを気に入ったユリアは、それから保育園が無い日も毎日それを髪にしている。
「今がいいの!」
「分かったよ」
 ユリアの我が儘に困った顔をしながらも、ユーリは食事を取るのを止めてユリアの元まで行った。
 お気に入りの髪ゴムを大好きなユーリに付けて貰う事になり、ユリアはこぼれるような笑みを浮かべていた。
 こちらまで感染してしまうようなそんな笑みを見て勇利が目尻を下げていると、ユーリがユリアの髪を結び終えた。
「できたぞ」
「ママ、ありがとう!」
 髪ゴムを付けて満面の笑みでそう言ったユリアの姿は、普段から既に可愛いというのに更に可愛かった。それは、親の贔屓目では無い筈だ。
 ユーリはここで生活をするようになってから、朝食を作るだけで無くユリアの相手をしながらご飯を食べさせてくれている。
 ユリアは好き嫌いが少ない方である。それでも、時折遊んで食べなかったり食べるのが遅い時があり、毎朝大変であった。
 こんな事まで高校生であるユーリにさせて良いのだろうかと思いながらも、ユリアの世話をしてくれる事を勇利は有り難く思っていた。
(このままずっとここにいてくれないかな)
 ユーリを見ながら勇利が昨晩も思った事を再び思ったのは、ユーリがいると育児の負担が軽くなるからだけではない。ユーリがいると、妻が亡くなる前に戻ったかのような気持ちへとなる事ができたからという理由もある。
「ほら、ちゃんと人参も食べろよ」
「はい!」
 ユーリにそう言われて、残していたミックスベジタブルの人参をユリアが食べ始めた。
 今日ユーリが用意してくれた朝食は、野菜がたっぷり入ったコンソメスープとご飯。ベーコンとミックスベジタブルを添えた目玉焼き。そして、納豆と昨晩の残り物である肉じゃがだ。
 実家では洋食を作る事の方が多かったようなのだが、勇利とユリアの好みにあわせて、ユーリは和食をよく作ってくれている。どの料理も美味しかったのだが、一番美味しかったのはぶりの照り焼きだ。ユリアはそれを食べた時、全身を使って美味しい事を表現していた。
 ユーリが空になっている茶碗を持って立ち上がる。
 痩せ過ぎであるとしか思えないほど痩身であるというのに、ユーリはよく食べる。食べた物がどこに行っているのかという事が不思議になる程だ。そんなユーリはいつも食事の際にご飯を二杯は食べるので、お代わりをしに行っているのだろう。
 勇利は咀嚼した物を飲み込むと、自分もご飯をもう少し食べたくなった。
「僕もお代わりしようかな」
「ユも!」
「お前はもう食べられないだろ」
 勇利がお代わりと言ったのでそれを真似しただけで、まだ食べたいとユリアが思っている訳では無いのだという事が、ユーリは分かっていたようだ。
 まだ自分ではご飯をよそう事ができないのでお茶碗を差し出していたユリアは、ユーリからそう言われてさっと可愛い猫の絵がついたお茶碗を下ろした。
「ついでによそってやるよ」
「有り難う」
 自分でよそうつもりであったのだが、ユーリがそう言ってくれたので勇利はその言葉に甘える事にした。
 ユリアの母親がまだ生きていた頃は、専業主婦であった彼女がこうやってご飯をよそってくれていた。それが当たり前の事では無かったのだという事は、直ぐに知る事になった。
 妻が死んだ後、ああすれば良かったこうすれば良かったという事を幾つも思い後悔した。しかし、既に彼女は亡くなっておりそれをする事はできない。
 次に誰かと結婚する事があれば、もう後悔しないようにしたい。人は急に目の前から消えてしまう事があるのだ。
 キッチンにある炊飯器までご飯をよそいに行っているユーリの華奢で頼りなげな背中を見詰めながら、勇利はそんな事を考えた。
 今まで再婚をした方が良いのかもしれないと思った事はあったが、具体的にどうしたいという事を考えた事は無かった。それなのに、そんな事を考えてしまったのは、勇利と結婚をするつもりであるユーリを昨晩抱いたからなのだろう。
 今朝、目を覚ますとユーリは何事も無かったかのような態度で勇利に接しようとしていた。しかし、彼の態度は昨日の事を意識したものであった。
(可愛かったよね……)
 昨日の事を思い出す事によって、興奮するよりも初心な彼の反応を思い出し可愛さから頬が緩んでしまった。
「ほらよ。また太っても知らないからな」
 戻って来たユーリは、そう言いながら勇利に茶碗を差し出して来た。
 そういえば、昨日もそんな事を言っていた。昨日は、ヴィクトルがその事を話したのかもしれないと思い納得した。しかし、ヴィクトルが勝手にそんな事を言うとは思えなくなって来た。
「何で僕が太ってた事知ってるの? ユリオにはその事話して無いと思うんだけど」
 受け取った茶碗をテーブルに置きながらそう言うと、ユーリがしまったという顔をした。何かあるのだという事がその反応から分かり、勇利はユーリの返事を待った。
 椅子へと腰を戻したユーリは、直ぐに口を割る事は無かった。テーブルに茶碗を置いて迷うような様子へ暫くなっていたユーリが、決心を固めたような様子へとなった。その事から、話す事にしたのだという事が分かった。
「お前は覚えて無いみたいだけど、お前とは奥さんが亡くなったばっかの時に会った事があんだ」
「えっ……」
 機嫌良く歌っているユリアのうた声を遠くに感じながら、勇利は何処で会った事があるのかという事を考えた。ユーリはそこに存在するだけで空気すらも変えてしまいそうな程の美形である。そんな相手と会っていれば、覚えていそうである。
 妻が亡くなったばかりという事は、もう三年近く前の事であるので、三年前の面影の無い姿に成長してしまったのだろうか。そう思ったのだが、それは考えられ無い。覚えていないだけなのだろう。
「ごめん、覚えて無い」
「分かってたから謝らなくて良い。三年近く前の春に、公園で泣き止まない赤ん坊に困ってるお前に偶然会ったんだ。凄いお前疲れた顔してたし子供の相手は慣れてるから見てられなくて、泣き止ませてやるってお前から無理やりユリアを奪ったんだ」
 ユーリに出会った時の事をその話を聞いても思い出す事はできなかったが、妻を失ったばかりの頃よく近所の公園のベンチで座っていたので、ユーリが言っているのは勇利の事で間違い無いだろう。
 その時の事を覚えていないのは、当時最愛の妻を失い幼い子供と二人取り残され茫然自失になっていたからなのかもしれない。
「ユリアが泣き止んだら、奥さんが先日事故で死んだばかりなんだってお前大泣き始めたんだ。男の癖に。大人の癖に。父親の癖になに外で泣いてるんだ。だせえって思って呆れたんだけど、こんなに愛してもらえるなんて羨ましいって、号泣してるお前見てるうちに思うようになった。それに、放っておけないって気持ちにもなった」
 懐かしそうな顔をしてユーリが話した出来事を聞く事によって、見ず知らずの相手に優しく声を掛けられ、糸が切れたように大泣きしてしまった事を思い出した。やはりその相手の顔を思い出す事はできなかったが、あれはユーリであったのだろう。
「そうだったんだ。あの時はありがとう。ずっと誰でも良いから話しを聞いて欲しいって思ってたから、声を掛けられて良い大人なのに大泣きしちゃったんだ」
 恥ずかしさから照れながら告げると、ユーリも照れたような様子へとなった。
「それでお前とは別れたんだけど、そっからずっとお前の事が気になってたんだ。また泣いたりしてねーか。赤ん坊はちゃんと元気にしてるか。ちゃんと飯食ってるのかって。でも、名前すらも聞かなかったから、もう二度と会う事はできないんだと思ってた。だけど、近所に住んでる幼馴染みのヴィクトルが部下だって見せてくれた写真に、お前がいたんだ」
 何故ヴィクトルが、近所に住む年の離れた幼馴染みに勇利の写真を見せたのかという事が不思議になる。
「お前が再婚相手を探してるから可愛い子周りにいないって言われて、お前が再婚相手を探してるって事を知って、だったら俺を紹介しろって言ったんだ」
 更に続いたユーリの話しを聞く事によって疑問が解決すると共に、普通は高校生の男子に相談する内容では無いだろう。面食いであるだけで無く、若い子が好きだとやはりヴィクトルから思われているのかもしれないと勇利は思った。
 初恋の相手も亡くなった妻も年上だったので、年下が好きだという事すらも無い。明日ヴィクトルに勘違いを訂正しなければいけない。
「そうだったんだ。でも、何で紹介しろなんて言ったの?」
 気になっていたので会いたいと思っているだけであったのならば、普通そんな事をヴィクトルに言わないだろう。その事を疑問に思っていると、食事を終えたユリアが「ごはん食べた!」と片手を挙げて元気よく言った。
「ちゃんと全部食べられたな。偉いぞ」
 褒められて嬉しそうな顔へとなったユリアを、ユーリが椅子から下ろす。その顔が赤くなっているように感じていると、ユーリがユリアに「カツ丼と話しがあるから、お前はちょっと遊んでてくれよな」と言った。それに返事をしたユリアは、収納ボックスに入っている玩具で一人遊びをし始めた。
 愛娘の楽しそうな声を聞き、一瞬話しの途中であるという事を忘れてしまいそうになった。ユーリに意識を戻すと、ユーリの視線が勇利に戻った。その顔は、やはり赤くなっていた。
「……お前の事考えてるうちに、好きになったからだよ。そうじゃなかったら、あんな事なんかさせなかった」
 あんな事というのは、昨晩の行為の事を言っているのだろう。
 初めてであるというのにあんなにあっさりと体をユーリが許したのは、勇利の事が好きであったかららしい。それが分かった事により、勇利はすっきりとした気持ちへとなった。
「そっか」
「直ぐに俺の事好きになれなんて言わねえから! ちょっとずつで良いから、俺の事好きになってくれたら良いから」
「うん」
 必死の形相で訴えかけて来ているユーリを可愛らしく思い頬を緩ませながら返事をすると、本気にしていないと思われてしまったようだ。ユーリから「絶対に好きにしてみせるからな!」と強い口調で言われる事になった。
 それに再び返事をしながら、再婚する日は近いのかもしれないと勇利は思った。

End.

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