酔ってうっかりフロイドとエッチしてしまったことから始まるフロリド

「んっ……」
 小さく身動ぐと、体内に違和感がした。まるで太い棒のような物が体の中に埋まっているような。今まで経験した事がない類いの違和感に眉根を寄せて瞼を開くと、目の前にはリドルの顔を覗き込んでいるフロイドの姿がある。
「……っ!」
 フロイドは違う寮だ。何故オクタヴィネルの彼がここにいるのか分からず困惑していると、機嫌が良さそうな様子で彼から笑いかけられた。
「おはよ、金魚ちゃん」
「おはよう……」
 思わず返事をしてしまったリドルは、体を起こす事によって自分がいるのがハーツラビュルの自室では無い事を知る。
 隣にもベッドがある相部屋。そんな部屋の中は淡紫と白を基調にしており、まるで冷たく澄んだ海の中にでもいるような気持ちになる。ハーツラビュルとは全く雰囲気が違う部屋の中を見ていると、ベッドで頬杖をつくような格好へとなっていたフロイドの腕が腰に回って来る。そして、直ぐに体を引き寄せられた。
「昨日の金魚ちゃんエッチでめっちゃ可愛かったよ♡」
 そう言ってフロイドに頬へとキスをされたのだが、フロイドの発言から昨日の出来事を思い出したリドルに、それに反応できるような余裕は残っていなかった。
「……っ!」
「うちで朝ごはん食べてく? うちのモーニングも美味しいよ」
 モーニングという事は、モストロ・ラウンジで出している物のことを言っているのだろう。寮内で経営しているというのに、モストロ・ラウンジは朝も営業しているらしい。
 人間驚き過ぎると妙に冷静になってしまい、今考える必要がないようなことを淡々と考えてしまうらしい。そんな事を考えてしまっているのだから、冷静になっているつもりでなっていないのだろう。
 何故こんな事になってしまったのだ。
 何故、何故。
 しかも、何故よりにもよって相手がフロイドなんだ……!



「ようこそモストロ・ラウンジに」
「招待感謝するよ」
 リドルはこのオクタヴィネルの寮長でありモストロ・ラウンジという名前で寮内で営業しているカフェの支配人であるアズールに招待されて、寮生たちと共にここにやって来ていた。
「オレたちまで本当に良いんですか?」
「僕たちは大した事はしてないと思うんですが」
 夜会服のような見た目の寮服でリドルたちを出迎えたアズールに対してそう言ったのは、ハーツラビュルの一年生のエースとデュースだ。
 自信家で調子に乗りやすい。だが、それに見合う才能がありこれからぐんぐん伸びていきそうなエース。生真面目なのだが、少し抜けたところのあるデュース。見た目だけでなく中身も正反対に近い二人なのだが、波長があうのか言い合いをしながらもいつも一緒にいる。
 他にリドルが一緒にここにやって来た寮生は、副寮長のトレイと、同じく三年のケイトだ。
「あなたたちのおかげで僕は大損をせずに済みました。そのお礼に、今日は僕がご馳走させていただきます。どうぞ好きな物を注文してください」
「そう言ってくれてるんだ。みんなその言葉に甘えよう」
「そうだね」
 アズールの言葉に対してトレイとケイトがそう言ったことにより、モストロ・ラウンジの中に並んでいるテーブルに移動して好きな物を注文する事になった。
 学園内にあるのでモストロ・ラウンジの存在は知っていたが、ここで食事をするのは初めてだ。メニューにある料理は美味しそうなものばかりであった。
 カロリーオーバーしてしまわないよう計算しながらそんなメニューの中からリドルが選んだのは、チーズの乗ったハンバーグのセット。それと、本日のデザートも頼んだ。
 デザートまで頼んでしまうとカロリーオーバーしてしまうというのにリドルがそれを頼んだのは、デザートを見ながら悩んでいると、トレイから今日ぐらい気にしなくて良いだろと言われたからだ。
 お茶会のケーキと同じように、アズールに招待されて食事をしているのだから今日は特別に食べても良い筈だ。オーバーブロットした事により母親の教育は間違っていた事を知ったリドルなのだが、母親から禁止されていたケーキなどのお菓子類を今も理由が無ければ食べられずにいる。
 フロアで働いている寮生が運んで来てくれたハンバーグセットを食べ終えると、デザートが運ばれて来た。
 本日のデザートは、いちごのムースだ。他にもケーキやクレープなどというデザートがあった。その中でそれをリドルが選んだのは、いちごを使ったデザートが好きだからだ。
 赤と白のコントラストが目も楽しませてくれるデザートを食べていると、ふわふわした気持ちになる。デザートを食べてこんな気持ちになったのは初めてだ。体温も上がっている気がする。その事を不思議に思いながらも最後まで食べた事により、一層心が軽やかになった。
「リドル、お前酔ってないか? 顔が真っ赤だぞ」
 未成年である自分がお酒など飲む筈がない。
「よってない」
 いつも通りトレイに対して言ったつもりであったのだが、幼子のような舌ったらずな言い方になってしまった。それを聞き、トレイの顔が一層曇る。
「これは完全に酔ってるな。何を食べたんだ?」
「これ」
 お酒を飲んでいないのだから酔う筈が無い。そう思いながらも、リドルは小首を傾げて空になっているデザートの容器を指差す。
 いつもよりもずっと幼い仕草をしてしまっていたのだが、頭が働かなくなっているので、それに気がつく事はできなかった。
「デザート?」
「そのデザートには少量ですが、ラム酒を使っているんです。あんな少量で酔ってしまうなんて、リドルさんはお酒が弱いんですね」
 トレイの疑問に答えたのはアズールだ。いつの間にかこちらに、アズールとジェイド。それにフロイドがやって来ていた。
「真面目なリドルの事だから今まで飲んだことが無かったんで、少しの量で酔ってしまったんだろ」
「金魚ちゃん本物の金魚みたいになってんじゃん」
 フロイドの発言は、いつもならば小馬鹿にされていると感じてしまうようなものだ。しかし、今はそれに対して嫌な気持ちになることすら無い。ふわふわとした気持ちになったままであったので、リドルはこちらを見ているフロイドにふにゃっとした顔で笑う。
 それを見てフロイドが険しい顔へとなる。
「そんな顔オレ以外の奴に見せたくないんだけど」
 感情を失った声でそう言ったと思うと、フロイドに体を抱き上げられる。
「っ!」
「金魚ちゃん軽すぎ。酔いがさめるまで、金魚ちゃんはオレの部屋で休ませるから。良いでしょ、アズール?」
「こちらの失態ですので仕方ありませんね」
「じゃあ、後のことは二人に任せたから〜」
「分かりました」
 アズールの返事を聞く前に、フロイドは歩き出していた。床に落とされてしまわないようにそんなフロイドの首にぎゅっと両手でしがみついていると、寮の奥に連れて行かれる。
 足を止めドアを開け部屋の中に入ったフロイドが、その中に二つ並んでいるベッドの一つにリドルの体を抱いたまま座る。
「金魚ちゃん、オレの部屋に着いたよ」
 背中に回っていた手が離れたのでフロイドから離れる事ができる状態になったのだが、少しも離れたいという気持ちにならない。
 このままずっとフロイドと引っ付いていたい。そんな風に思ってしまう程、フロイドに抱かれていると心地が良い。まるで揺り籠の中にでもいるかのようだ。
「ベッドに下りねえの?」
「やだ。まだ抱っこ」
「金魚ちゃん孵化したての稚魚みたいで可愛いね。だけどこのままだと、オレ金魚ちゃんのこと襲っちゃうよ?」
 再びリドルの背中へと手を回したフロイドがベッドの上で体を動かした事により、ベッドに寝かされる格好へとなる。そして、フロイドに上から見下ろされた。
 そんなフロイドの左右の色が違う瞳から目を離す事ができない。まるで宝石のようなその瞳を見ていると、海の中に沈んでいっているような気持ちになる。
「襲う?」
「そう、金魚ちゃんと交尾しちゃうよ」
 美味しそうなご馳走を目の前にしているような顔でフロイドから見られているというのに、全く恐怖が湧き上がって来ない。それどころか、彼に食べられてしまいたいと思ってしまう。
 きっと彼に食べられたら気持ち良い筈だ。その時のことを想像するだけで、夢見心地になる。
「いいよ」
「良いの?」
「うん」
「素直な金魚ちゃん可愛い〜〜♡」
 目を眇めて笑ったフロイドの唇が重なって来た。
 気持ち良い。もっとキスしたい。蕩けるような心地になりながら、リドルはフロイドの首に両手を回す。



「何であんなふざけた男となんか……!」
 何故彼に食べられたいなどと思ってしまったのだろうか。酔っていたとはいえ、自分の考えを全く理解する事ができない。性的な事に嫌悪感すらあったので、全く興味すら持った事が無かったというのに。
 昨日の事を思い出し頭を抱えていると、ドアが開きフロイドが部屋の中に入って来る。
「金魚ちゃんまだうんうん悩んでんの? 下からモーニングもらって来たよ〜」
 今のフロイドの姿は、昨日何かあったのだということが分かるようなものだ。いつもよりも更に寮服を着崩しているフロイドの首には、キスマークが幾つも付いている。そんな姿で彼は、モストロ・ラウンジまでモーニングをもらいに行ったらしい。
 その事に驚いていると、フロイドが両手に持った銀色のトレーを近くにある机に置く。両手に料理の乗ったトレーを持って彼がここまで戻って来る事ができたのは、モストロ・ラウンジでの仕事で慣れているからだ。
 仕事をしているフロイドの姿は、いつもよりもしっかりとして見えるものであった。そんなフロイドの姿を思い出しながらトレーに乗った料理を見ていると、お腹が空いて来る。料理は美味しそうな見た目をしているだけでなく、香りも良かった。きっと美味しい筈だ。
 そんな場合ではない。
 その事に気付いたことにより、リドルははっとした。
「フロイド、昨日の事は忘れてもらうよ!」
「え〜やだ」
 リドルのいるベッドに戻って来たフロイドの返事は、気が抜けてしまうようなものだ。
「やだって……」
「だって金魚ちゃんが誘って来たんだし」
「誘ってなんかいないよ!」
 嫌がらなかった記憶はあるが、誘った記憶など全くない。
「え〜金魚ちゃん誘って来てたって。ほら」
 そう言ってフロイドはポケットから取り出したスマホの画面を、こちらに向ける。そこで再生されている動画を見た事により、リドルは頭が真っ白になる。
『金魚ちゃん気持ちいーい?』
『気持ち良い……あんっ。もっとして……あん、あっ』
 スマホの中には、自分だとは思えないような顔をして、自分だとは思えないような声を出してフロイドに抱かれているリドルの姿があった。
「何故そんなものを!」
「ちゃんと金魚ちゃんに撮って良いか聞いたし。金魚ちゃん良いよって言ってたじゃん」
「そんな事は……」
 そんな事は無いと言いたかったのだが、そんな事を聞かれてそれに対して構わないと言ったような記憶が微かにある。
 何故そんな馬鹿なことを自分は許してしまったのだろうか。
「とりあえずそれを消すんだ!」
「やーだ」
 スマホを奪おうと手を伸ばしたのだが、そう言ってフロイドはリドルの手が届かないところまでそれをひょいっと離してしまう。
「だったら無理やりにでも消させるしかないね」
 フロイドに力で勝つ事は絶対にできないが、魔法ならば負けない。誰にも負けない程に自分の魔法は強い。
 ベッドの下に落ちている上着を拾ったリドルは、赤い宝石が付いたマジカルペンをさっとポケットから引き抜く。そして、それをフロイドに向け魔法を使おうとする。
「そんな事したら、うっかりこの動画マジカメに投稿しちゃうかもしんないけどいーの?」
「フロイド……!」
 リドルが魔法を使おうとしている事が分かっている筈だというのに全く慌てた様子になっていないフロイドの台詞は、リドルを狼狽させるようなものであった。
 そんな馬鹿な真似をする筈がない。そんなことをしたら、フロイドだって困る筈だ。そう思ったのだが、フロイドならばやりかねないと直ぐにリドルは思い直す。
「だから、オレがうっかり投稿しないように、オレと付き合って?」
 どこに付き合えば良いのだ。そうフロイドからの問いかけに対して思ったリドルであったのだが、フロイドの顔を見ているうちにそういう意味ではない事に気付く。
 恋人同士になれと彼は自分に言っているのだ。
 こんなふざけた相手と恋人同士になど絶対になるつもりは無い。そう思ったのだが、流出などしたら寮長としての立場がなくなってしまう動画を彼に撮られてしまっているので、それを受け入れるしかない。
「……分かった」
 何故酔っていたとはいえ、フロイドに抱かれてしまったのだ。そのうえあんな動画を撮らせてしまうなんてどうかしてる。自分で自分が全く理解できない。


 こうしてリドルは、世界で一番理解できないと思っていた相手であるフロイドと付き合い始めた。
「リドル寮長がまさかフロイド先輩の事が好きだったとは。意外っスね。てっきり嫌ってるんだと思ってましたよ」
「あんな奴の事なんか好きな訳が無いよ!」
「だったら何で、フロイド先輩と付き合ってるんスか?」
「それは……」
 後輩であるエースの素朴な疑問に対して、本当のことを言える筈が無い。そんな風に思っていたリドルが、フロイドのことを好きになってしまったのはその少し後だ。

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