セックスを回避しようとしたら、うっかりフロイドと学生結婚してしまうリドル
「ねえ、そろそろ良いでしょ〜? オレもう我慢の限界なんだけど」
寮の自室に遊びに来ている恋人の言葉に、リドルは顔を顰める。
恋愛経験が乏しくても、彼がキス以上のことをしたいと言っているのだということは分かっている。それは、今まで何度も彼から似たようなことを言われているからだ。
「まだ付き合って三ヶ月じゃないか」
「もう三ヶ月! 三ヶ月も我慢したオレえらくない?」
「それぐらい普通だ」
冷ややかにつっぱねると、不満そうな顔をしたフロイドがこちらにやって来る。そう簡単に彼が諦めるような性格をしていない事を、今までの経験からよく知っている。彼がそんな性格でなければ、恋人同士にはなっていないだろう。
見かけるとついつい揶揄ってしまうのは反応が面白いからではなく、好きだから。アズールに指摘された事によりそのことに気付いたフロイドから、顔を合わせる度に好きだ付き合って欲しいとリドルは言われるようになった。そして、そんな彼に押し切られる形でフロイドと付き合い始めた。
「ねえ、良いでしょ〜?」
クラシカルな布張りのソファーに座っているリドルの側までやって来たフロイドの腕が腰に回る。
予想通り彼は全く諦めるつもりは無いらしい。そんなフロイドにのし掛かられてしまう。
「ま、待て!」
フロイドは細身であるリドルよりもずっと体格が良いだけでなく、三十センチ以上も身長が高い。当然体重差もあるので、彼にのし掛かられると全く身動きが取れなくなってしまった。
「もう待てねーし」
「ダメだ」
「オレのこと好きじゃねえの? 金魚ちゃんから好きだって全然言ってくんないし」
リドルは目付きを鋭いものへとする。
「……ボクが好きでもない相手と付き合うとお思いで?」
リドルがフロイドに押し切られてしまったのは、天才肌で、自由人。自分には無いものを持った彼に不本意ではあるが惹かれてしまっていたからだ。そうでも無かったら絶対に付き合って無い。
不服そうにしていたフロイドの顔が喜色に染まる。
「あはっ。金魚ちゃん素直で可愛い〜。オレのこと好きだったら良いよねぇ?」
「良くない!」
「だーめ、もう待てない」
リドルの言葉を軽く受け流したフロイドに体をまさぐられる。
このままではフロイドに抱かれてしまう事になる。フロイドの事は好きだが、まだキス以上のことをする覚悟はできていない。
それに、まだ付き合って三ヶ月だというのにそんな事をするのは早過ぎる。もっと関係を深めてからでないと駄目だ。
(そうだ)
今まで何度もフロイドから求められているというのに、何の対策も練っていない筈がない。次に彼が諦めようとしなかった時のことを考えて準備していた物の存在をリドルは思い出した。
「分かった。そんなにボクとしたいなら、これにサインをしてもらおうか」
さっとポケットから取り出した紙をリドルはフロイドの前で広げる。
「婚姻届ぇ?」
「そうだよ。婚前交渉はやはり良くない。ボクとしたかったら、これにサインしてからにしてもらうよ」
リドルが用意していたのは、自分の名前を既に記入している婚姻届だ。
ここツイステッドワンダーランドでは、同性同士の結婚だけでなく、人種を超えた結婚も認められている。だから異種であるだけでなく同性であるフロイドとリドルが結婚する事は可能だ。しかしリドルは、本気で彼と結婚するつもりでこれを用意した訳ではない。
彼とは真剣に交際しているが、自分たちはまだ十代後半の学生だ。結婚をするには早すぎる。そんな風に思っていながらリドルが婚姻届を用意していたのは、これにサインしろと言われたらフロイドも諦める筈だと思ったからだ。
小狡い真似だが、フロイドがそう簡単に諦める筈がないから仕方ない。不正などするつもりはないので、勿論この婚姻届は本物だ。
「良いよー」
「え?」
全く予想外の返事に目を丸くして驚いていると、リドルから奪った婚姻届にフロイドがポケットにあるマジカルペンでサラサラとサインをする。
「これでしても良いんだよね?」
「え、あっ……あ……え?」
まさかサインをするとは思っていなかった。予想外のことが起きて狼狽えていると、ポイっとベッドの下に婚姻届を投げたフロイドに唇を塞がれる。
服の中にするりと入って来た手が肌を這うと、甘い声が勝手に出ていた。
「あっ……♡」
生徒たちの騒がしい話し声を聞き目を覚ますと、隣で機嫌よくリドルの顔を見ているフロイドの姿があった。
部屋の外からそんな声が聞こえて来ているということは、いつもならとっくに目を覚ましている時間になっているという事だ。今まで寝坊などした事がない自分がそんな時間まで寝ていた事に驚いた後、リドルは昨日このベッドでの出来事を思い出す。
「フロイド……!」
「金魚ちゃんおはよう♡」
怒りと羞恥によってリドルの頭が混乱している事を気にせずそう言ったフロイドは、随分前から起きていたのかもう着替えている。一度寮に戻ったのか、制服でリドルの部屋にやって来ていたのだが、今は寮服でもなく私服だ。
フロイドの私服を初めて見た。黒いパンツに黒い上着。スエット生地の上着からは白い服を覗かせ、黒い光沢のあるジャケットを羽織っている。人を選ぶ服なのだが、長身で個性のある男前の彼にはよくその服が似合っている。
今日は学校は休みだが寮服ですらも彼がないことが不思議であったが、今はそれについて訊いている余裕はない。
「よくもあんなことをこのボクに……! しかも何度も止めろと言ったというのに!」
フロイドに運んでこられたこのベッドでの出来事は、性行為について学校で習う程度の知識しかないリドルにとっては衝撃的なものであった。
まさかあんな所を触ったり、舐められたりするなんて!
しかも、嫌だと繰り返し言ったのに止めてもらえなかった。
リドルが寝坊をしたのは、そのせいで疲れていたからだ。
「金魚ちゃんちょー可愛かったんだもん。初めっからお尻でいっぱい気持ち良くなれて良かったね〜」
「お黙り! よくなんかないよ!」
顔を真っ赤にして反射的にそうフロイドに言っていた。
あんな所を触られて、あんなところにあんな大きなものを挿れられて気持ちよくなるなんて絶対におかしい。後ろで気持ちよくなってしまうだけでなく、何度もイってしまった。
自慰すらも殆どしたことがないので、あんなにもイったのは初めてだ。それに、自慰とは比べものにならない程の快感であった。おかしくなってしまうと、行為の最中何度も思ったぐらいだ。
「もう二度とあんなことなんてしない!」
「無理だって~。金魚ちゃんあんなに気持ちよくなってたのに」
フロイドの発言はリドルの怒りに油を注ぐものでしかない。
「絶対にしない!」
「結婚したのに?」
「婚姻届けにサインしただけでは結婚できない事を、キミは知らないのかい?」
全く反省した様子のないフロイドに憤慨してそう言ったが、陸の常識に疎いとはいえそんな事まで彼が知らないと思ってはいない。怒りからそう言ってしまっただけだ。
「だからさー金魚ちゃんが寝てる間に婚姻届け出しといた」
「え……?」
フロイドの発言はリドルの思考を停止させるようなものだ。
私服なのは、彼が学園外に婚姻届けを出しに行っていたからなのかもしれない。学園外に出る時は基本的には制服でないといけないが、私服になってはいけないという決まりはない。
いいや、フロイドだからといってもそんな馬鹿なことはしない筈だ。婚姻届けを提出するには保証人だって必要になる。
「馬鹿な冗談をお言いでないよ……」
「冗談なんかじゃねーし」
そう言ったフロイドの態度は、冗談だと思われた事に腹を立てているものだ。
それは彼の言葉が冗談などでは無いという事だ。
「婚姻届を提出したのなら、保証人はどうしたんだい?」
「アズールに頼もうかと思ってたんだけど、たまたま会った学園長が引き受けてくれたから頼んじゃった」
「学園長が……?」
そんな馬鹿な頼みを学園長が引き受ける筈がない。常識的に考えるとそうなのだが、よく生徒で遊んでいるとしか思えない彼ならば引き受けかねない。
私、優しいのでと言ってサインをしている姿を簡単に想像できる。
「本当にフロイドとボクが結婚……?」
「今度の休みに二人で金魚ちゃんの両親に挨拶に行こうね」
指輪も買いに行かないと。モストロ・ラウンジのバイト代で良いの買ってあげんねとフロイドがその後続けたのだが、フロイドと挨拶に行った時の両親。特に母親の反応を想像していたリドルの耳をそんな言葉は通り抜けていく。
波乱の予感しかしない。厳格なだけでなく保守的な母親が、同性で更にこんなふざけた相手との結婚を認めてくれるとは全く思えない。絶対に激怒するに決まっている。
フロイドに大人しくしてもらう方法を考えなければいけない!
フロイドとの結婚を解消するという考えは少しもリドルの中に無かった。それを後日、リドルはエースに指摘される事になる。