リドルから魔法を奪い寮で監禁しようとするフロイドの話し

 海の中にあるオクタヴィネル寮は、トレイの一つ歳下の幼馴染みであるリドルが仕切っているハーツラビュル寮とは雰囲気から何から違う。
 明かりが付いているというのに薄気味悪さがどこかあるここは、寮長であるアズールの側近と呼びたくなる双子。リーチ兄弟を彷彿とさせる。
「こんな時間にどーしたのウミガメくん」
 寮の談話室までやって来たフロイドは、学園にいる時と違いトレイと同じように寮服姿だ。
 ハーツラビュルは白を貴重にした軍服を思わせるものだ。それに対してオクタヴィネルは、黒を基調にしたタキシードのようなデザインだ。そんな服を彼が着こなせているのは、百九十を超えるほど長身だからだという事もあるだろう。
 トレイも大柄な方であったが、フロイドは更に身長がある。
「すまない。リドルが何処に行ったか知らないか?」
「金魚ちゃんに何かあったの?」
「もう直ぐ門限だというのに、まだ寮に戻って来てないんだ。いつもなら、とっくに戻って来ている時間だってのに」
 しかも今日は寮内でお茶会が開かれる日であった。母親の教育方針が原因で、必要以上に他人にだけでなく自分にも厳しいリドルがそんなお茶会までに戻って来なかったのはこれが初めてだ。
 何か彼の身にあったのだとしか思えない。
「へーそうなんだ。んーオレは見てないけど」
「そうか。こんな時間にすまなかった」
 リドルがこんな時間まで寮に戻って来ていない事を知ったフロイドの反応にトレイが違和感を覚えたのは、リドルが規律違反を絶対にしない真面目すぎる性格だということを彼はよく知っている筈だから。そして、リドルの事を気に入っている筈だというのに、全く心配している様子が無かったからだ。
 その事を不可解に思いながらもハーツラビュルに戻ろうとすると、まだこちらを見たままになっている彼に話しかけられる。
「金魚ちゃんが心配で、わざわざ大嫌いなオレの所まで来たんだ」
 フロイドは人を食ったような顔をこちらに向けている。その顔をトレイは不快に思いはしたが、リドルとは違うのでそんな事ぐらいで怒り出したりしない。
 それに、他寮生である彼とこんな場所で揉めるつもりはない。そんな事をしたら多忙なリドルの仕事を更に増やすことになる。
「別にお前の事を嫌ってなんかいないぞ」
「へぇ〜そうなんだ。ウミガメくんの大切なお姫様にちょっかいかけるから、嫌われてるんだと思ってた」
 分かっていたのか。それを態度に出していないつもりだったのだが。フロイドの発言に対してトレイがそう思ったのは、彼が思っている通り世間知らずな可愛い弟のような存在であるリドルにちょっかいを掛け怒らせている彼の事を疎ましく思っていたからだ。
 しかし、それを口に出して言うつもりも態度に出すつもりもない。
「あんまりリドルをからかわないでやってくれ。あいつはお前と違って真面目なんだ」
「そんな事オレだって知ってるし。話はそれだけならオレ戻るわ。部屋で可愛い子がオレが戻って来んの待ってんの」
「ペットを飼ってたのか」
 今度はトレイが、部屋に戻ろうとしているフロイドを呼び止めるような真似をしていた。思わずそんな事をしてしまったのは、彼が何か飼っているという話を聞いた事が無かったから。そして、人魚である彼に動物が好きそうなイメージが無かったからだ。
 フロイドの言い様は、部屋で恋人でも待っていそうなものだ。しかしそうではなくペットだとトレイが思ったのは、フロイドが誰かと付き合っているという話を聞いた事が無いのと、寮の部屋に彼でも恋人を連れ込むとは思えなかったからだ。
 寮長以外はどの寮も相部屋であるので、フロイドも誰かと一緒に部屋を使っている筈だ。
「最近飼い始めたんだ。小さくてちょー可愛いんだ。なかなかオレに懐いてくれねえけど」
「そうか。機会があったら見せてくれ」
「取られちゃうから、ウミガメくんにはぜってー見せねえから」
 社交辞令として言っただけだというのに、そう言ったフロイドの顔からは先程まで浮かんでいた笑みが消え去り、その声はいつもの物とは全く違うものである。攻撃的な様子になっているフロイドは、トレイにペットを奪われてしまうと本気で思っているらしい。
 普通そんなことなどしないし、自分はそんな事をしそうな人間にも見えない筈だ。
 フロイドは天才だが、普通の人間とは全く常識が違う。そんな彼が何故そんな風に思ったのかという事は、平凡な男である自分が考えても無駄なのかもしれない。
「そうか」
 そうとだけ言ってフロイドと今度こそ別れたトレイは、飼っているペットを可愛がり過ぎて殺してしまいそうだ。先程のフロイドの発言と態度からそんな風に思いながら、寮に戻る。
 門限を過ぎても戻って来なかったリドルは、その日戻って来る事は無かった。



「ただいま、金魚ちゃん良い子にしてた?」
 ドアが開く音が聞こえ、この空き部屋となっている部屋に自分を連れて来た男が中に入って来る。
「フロイド……」
「あ〜さっきオレがいっぱい注いであげたの溢してるじゃん」
 粗相でも見つけたようにしてそう言ったフロイドが、こちらにやって来る。その前に彼は、マジカルペンでドアに魔法を掛けるのを忘れる事は無かった。
 リドルがこの部屋から逃げなかったのは、先程までの行為によって疲労困憊していたからでは無い。フロイドがドアに掛けた魔法を解くことができなかったからだ。
 学年一優秀な成績のリドルがそのぐらいの魔法を解くことができなかったのは、足に嵌っているアンクレットのような見た目の枷のせいで、魔法を使えなくなっているからだ。
 魔法士から魔法を奪う。リドルのユニーク魔法に似た魔法が掛かったその枷を、フロイドはアズールからもらったそうだ。大方債務者から取り上げた物なのだろう。
 体内から溢れ出した物でシーツを濡らしたリドルの元までやって来ると、フロイドはベッドに座り剥き出しになっている足に触れる。ここに連れて来られて直ぐにフロイドに衣服を奪い取られたので、リドルは裸でこの部屋にいた。
「まいっか。またいっぱい注いであげたら良いんだもんね」
 フロイドに大きな手で足の付け根を撫でられると、甘い痺れが体を走っていく。
「んっ……」
 甘い声を一瞬溢れさせてしまったリドルなのだが、直ぐに我に返り馬鹿げた真似。そうとしか言いようのない事をしたフロイドを睨み付ける。
「何故ボクにこんな真似をしたんだい?」
 楽しそうな様子になっていたフロイドの顔が、拗ねたようなものに変わる。
「だって、金魚ちゃんがオレ以外とばっか楽しそうにすんだもん。金魚ちゃんは、オレだけ見てたら良いんだよ♡」
 フロイドの言い分は、リドルには全く理解できないものであった。
 そんな理由で彼はボクを犯しただなんて!
 放課後、リドルは課題を済ませる為に図書室にいた。そこにやって来たフロイドの言葉にリドルが憤慨するまでは、いつも通りである。リドルの反応が面白いからなのか、以前から彼に揶揄われてばかりであった。
 これ以上フロイドの相手をしていられないと思い、リドルは今日はハーツラビュルでお茶会があるから失礼するよ。そう言ってフロイドと別れようとした。しかし、何故か急に怖い顔になった彼に肩に担ぎ上げられ、オクタヴィネルの中にあるここまで連れて来られた。
 予想外の出来事に驚き何もできなかったのだが、その時魔法を使って抵抗していれば良かった。その時の事を思い出し、今はそう思っている。
 使われていない事が分かるこの部屋のベッドに下ろされたのでマジカルペンをポケットから出し攻撃しようとすると、「そうだアズールから良いもんもらってたんだった」と言ったフロイドに銀色のアンクレットを足に嵌められた。
 それがただのアンクレットでは無い事をリドルが知ったのは、服を脱がそうとした彼に炎の魔法を使おうとした時だ。
 何故か魔法が使えなかった。何故使えないのか分からず狼狽えているうちに服を剥ぎ取られ、このベッドで彼に抱かれた。
 その途中フロイドが言っていた言葉から、リドルは自分の足に嵌められたのが魔法を使う事ができなくなる枷だという事を知る。
 それは枷を嵌めた者にしか外せないと言われたのだが、リドルはフロイドがいない間もそれを外そうとした。そして魔法を使おうとした。しかし、魔法を使う事も枷を外すこともできないままだ。
「何故、そんなにボクに固執するんだい?」
「だって、金魚ちゃん面白れーんだもん」
 フロイドの返事は全く納得する事ができないものだ。
 その程度の理由で固執している相手を普通は犯さない。いいや、この男は普通ではないので、そんな理由でそんな真似をしてもおかしくないのかもしれない。
「オレがいっぱい可愛がってあげるから、ずっとここにいようね」
 フロイドはリドルをこの部屋に監禁するつもりのようだ。
「ボクが大人しくしているとお思いで?」
 リドルはベッドの上に置いてあるマジカルペンを手に取ると、それをフロイドに向ける。
「今は魔法が使えないのに、そんなもんオレに向けてどーすんの?」
「使えないのならば、使えるようにすれば良いだけだよ」
 枷にかけられた魔法よりも強い魔法を使えば、枷が耐えられなくなる筈だ。
 自分にならばそれができる筈だ。
「あはっ。やっぱ金魚ちゃん面白え〜また勃ちゃった」
 リドルが何をしようとしているのか分かり笑い出したフロイドの手が、マジカルペンを握っているリドルの手に重なる。
「首をはねろ! 首を――止めろ……んぅ!」
 フロイドにマジカルペンを奪われてしまう前に強い魔法を使おうとしたのだが、魔法を使えないだけで無く彼に唇を奪われた。
 魔法が使えない今、フロイドに逆らう事はできない。先程までの行為でその事を知っていても、大人しく彼のなすがままになるつもりはない。顔を横へと背けて両手でフロイドの体を押し込めていると、ぱっと彼の体が離れる。
「何でそんな嫌がんの? 金魚ちゃんも気持ち良くなってたのに。初めてなのに何回もイってたじゃん」
「うるさい。ボクを侮辱するのはおやめ!」
 フロイドの発言に、怒りと羞恥でリドルの頭は真っ白になっていた。
 違う。違う。あれは違う。
 フロイドの言う通りリドルは、触られ舐められ挿れられて何度もイかされている。
「本当の事言っただけじゃん。そうだ。ウミガメくんが金魚ちゃんの事探しにわざわざオクタヴィネルまで来てたよ」
「トレイが……?」
 何故彼の事をそんな風に呼んでいるのかという事は分からないのだが、フロイドはトレイの事を海亀と呼んでいる。
 電話が掛かって来たのでフロイドが部屋を出て行っていたのは、トレイがオクタヴィネルにやって来たからなのだろう。
 トレイがこんな所まで自分を探しに来た事を知ったことにより、リドルは今日はお茶会の日であった事を思い出す。そして、そろそろ寮の門限の時間になる筈だという事にも気付く。
 時間に正確で規律を守っているリドルがお茶会までに戻って来ないだけでなく、こんな時間まで戻って来ないので心配して探してくれているのだろう。
「ウミガメくんに、金魚ちゃんをからかうなって怒られちゃった。……金魚ちゃんはオレのなのにね」
 あはっと言って笑っているが、そんなフロイドの目は全く笑っていない。そして、リドルを絶対に逃がすつもりがないのだという事が分かるようなものだ。
 逃げられない。リドルはそんな予感を覚えていた。

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