保健体育のセックス実習があるNRC

「寮長これから体力育成の授業ですか?」
 リドルの姿を見てエースがそう思ったのは、箒は持っていないが彼がチャコールグレーの運動着姿であったからだ。制服は丁度良い大きさの物を着ているのだが、そんな運動着は小柄な彼には大きすぎる物であるのか、袖やズボンの裾を捲り上げている。身長が伸びると思って大きな物を買ったのかもしれない。
 話しかけられた事により、エースが側にいる事に気が付いたリドルが返事をする。
「いいや、保健体育の授業だ」
「そういや、二年生からは保健体育の授業がありましたね。何でそんな浮かない顔してるんですか?」
「今日は実習があるからね……」
 返事をしたリドルの態度は、その授業が嫌なのだという事が分かるものだ。苦手な授業がこの人にもあるのかとエースが思ったのは、リドルが常に一位の成績である事を知っていたからだ。
「実習なんてあるんスね」
「ああ。それじゃあ、ボクは行くよ」
 行きたく無いと思っている事が分かる様子でエースと別れたリドルは、体育館のある方向に向かって歩いている。保健体育の実習は体育館で行われるのだろう。
「もうそんな時期か」
 いつもよりも小さくなっているリドルの背中を見ながら、そんなに彼が嫌な授業の内容が気になっていると、側にいるトレイがそう言った。
 三年生であるトレイとエースが一緒にいるのは、次の魔法薬学の授業がトレイのクラスである3Eとの合同であるからだ。この学園では合同の授業が多いので、他のクラスや違う学年の生徒と一緒に授業を受ける事が多い。
 リドルの方を見ながら言った事から、保健体育の実習の事を言っているのだという事が分かる。トレイがそう言った事により、益々その授業の内容が気になった。
「保健体育の実習って何するんですか?」
「幾つかあるんだが、リドルがあれだけ気落ちした様子になっているって事は、今日はこれからセックス実習なんだろ」
「セックス実習!」
 トレイの返事に大声を出したのはエースだけでは無い。その声に一緒にいたデュースの声が重なった。
「セックス授業ってセックスするんですか?」
 この学園の倫理観や道徳観念はおかしいと以前から思っていたのだが、自分が思っていたよりも狂った学園なのかもしれない。
「まあ、そういう事だ」
「って、うち男子校じゃ無いですか! 誰とするんですか」
 エースが興奮しながらトレイに質問をしたのは、悪い予感がしていたからだ。
「そりゃあ生徒同士に決まってるだろ。一緒に授業を受ける奴の中から選んだ相手とペアになってやるんだ」
「やっぱり。悪い予感がしてたんだよな……。寮長人気ありそうですね」
 エースがそう思ったのは、入学して直ぐに寮長になってしまう程魔法が強く気が強い性格をしている彼であったが、美少女と言っても過言では無いような外見をしていたからだ。
 男子校で更に寮生活を送っているというのにリドルに何かしようとする輩が現れないのは、彼のその性格と魔法が強い事を皆知っているからなのだろう。
「あるだろうな」
「寮長中身はアレですけど、顔は可愛いですからね」
「リドルにそれを言ったら怒られるぞ」
 背が低い事を彼が気にしている事は何となく察していたのだが、自分の容姿を気にしている事は知らなかった。しかし、彼の性格を考えるとそれはすんなり納得する事ができる事だ。
「その授業って絶対に受けないとダメなんスか?」
 エースがトレイにそう質問したのは、同性には全く興味が無いのでできたらその授業に参加したくなかったからだ。男相手に勃たせるのは無理そうだ。
「内容が内容だから、勿論絶対受けなければいけないという事は無いぞ。パートナーがいると言えば不参加する事もできる」
 トレイの言葉を聞いて胸を撫で下ろしたのはエースだけでは無い。そんな授業がある事を知り不安そうな面持ちになっていたデュースも安堵した様子になっている。
「あんな顔するぐらいなら、寮長もパートナーがいるって言って不参加すれば良かったのに」
「あのリドルが授業に参加したくないからといって、そんな嘘を吐く事ができると思うか?」
「無理っスね……」
 恋人がいないという話をリドルから聞いた事がある訳では無い。色恋に関する話が得意では無い彼とそんな事を話した事は無い。しかし、恋人がいる様子が全く無いことと、色恋に全く興味が無さそうなことから、当然恋人はいないのだと思っていた。
「まあ、リドルのクラスは2Dと合同だから、もう相手は決まったようなもんだが」
「2Dってまさか!」
 2Dはエースがよく知っている先輩がいるクラスだ。
「そうだ。フロイドのいるクラスだ。フロイドが自分以外とリドルにペアを組ませるとは思えないからな」
 苦笑いを浮かべているトレイの言葉をエースは納得する。
 確かに顔は可愛いのだが、攻撃型ヤマアラシのような性格をした彼の何がそんなに良いのか分からないのだが、部活の先輩であるフロイドはリドルに片思いをしていた。いいや、彼のリドルに対する感情は片思いなどという可愛い言葉で片付ける事ができるようなものでは無いだろう。フロイドはリドルに執着といって良い程の感情を抱いている。
「何でリーチ先輩のクラスだと相手が決まってるようなもんなんですか?」
 トレイに対してデュースがした質問にエースは驚いた。
「フロイド先輩がリドル寮長の事好きだって事に気付いて無かったのかよ!」
 フロイドの行動があからさまなものであるので誰もが知っている事であると思っていたのだが、この鈍感な友人はその事に気付いていなかったらしい。本当にその事に少しも気付いていなかったのか、フロイドがリドルの事を好きだという事を知り驚いた様子になっている。
「そうだったのか……」
「そうだ。トレイ先輩は去年どうしたんですか?」
 トレイが去年保健体育のセックス実習に参加したのかという事が気になった。参加したのならば、誰とペアになったのかという事が気になる。
「おっ、もう授業が始まってしまうぞ」
「そうやって誤魔化す気ですね!」
「本当にもう授業まで時間が無いぞ」
 そう言われると不安になり、エースは胸ポケットに入れているスマホで時間を確認する。
「マジじゃん!」
 トレイが言った通り次の授業まで時間が無い事が分かり慌てる。すっかりトレイが保健体育のセックス実習に参加したのかどうかという事など忘れて、エースは二人と共に次の授業で使う教室に向かった。



「金魚ちゃん~~オレとペア組も」
「キミとペアを組むなんて絶対にお断りだ!」
 セックス実習の前には、正しいセックスの仕方についての説明がこの授業の担当教師から行われる。そんな説明が終わるとペアになる相手を決めなくてはいけないのだが、直ぐにリドルの元に今日の授業で合同となっているクラスのフロイドがやって来た。
「やっぱりリーチがローズハートの所に行ったか」
「絶対にローズハートを他の奴と組ませる気ねえだろ」
「ローズハートの所に行こうとしたら、さっきフロイドの奴に睨まれた。……死ぬかと思った」
 ひそひそと同じ授業を受けている生徒がこちらを見ながら言っていたのだが、フロイドに後ろから抱き付かれて逃げる事ができなくなっているリドルの耳にそんな声が届く事は無い。
「金魚ちゃんはオレと組むって決まってんのー。他の奴とペア組んじゃ嫌だ」
「キミは子供かい! なんでボクがキミとなんか。キミと組みたい相手は幾らでもいるだろ!」
 リドルがフロイドに対して腹を立てながらそう言ったのは、彼のファンに何度も嫌がらせをされて来たからだ。どう考えてもフロイドの行動はリドルの事をからかって遊んでいるだけのものだというのに、彼のファンにはそんな風には見えないらしい。しかも、フロイドがそんな事をするのはリドルのせいだと彼らは思っているらしい。
 フロイドとペアを組んだら彼のファンからまた嫌がらせをされてしまう事になる。それに屈するつもりはないのだが、そんな事をされて気分が良い筈が無い。
「オレは金魚ちゃんとペアが組みたいの。他の雑魚なんてどうでもいいし」
「自分を慕ってくれてる相手をそんな風に言うんじゃない」
「金魚ちゃん優しいね」
「別にボクは優しくなんて……」
 恐怖で相手の事をコントロールする事はできても、慕われる事は殆ど無い。だから、そんな相手がいる事を羨ましく思っていたのだが、素直になれない性格をしているからだけで無く、相手がフロイドであるのでそれを言える筈が無い。
「でも、オレは金魚ちゃんとペアが組みたいの」
「だからキミとペアを組むなんて絶対にお断りだと言ってるだろ!」
 フロイドとペアを組む事をリドルが頑なに拒否しているのは、彼とペアを組んだらまた嫌がらせをされてしまうからだけでは無い。こんなに体格差のある彼とセックスなどしたら潰されてしまいそうだからという理由もある。それに、優しくしてくれそうに無い。乱暴にされてしまうのは絶対に嫌だ。
 セックス実習はどちらをするのかという事を二人で話し合って決める事になっているのだが、フロイドがリドルを抱くつもりである事など彼の性格から既に分かっている。
「ローズハートはフロイドと組む事にしたのか」
「ボクはこいつとなんて」
 いつの間にか側にやって来ていたこの授業の担当教師であるバルガスの言葉にリドルは狼狽える。フロイドが抱き付いて来ているので誤解されてしまったらしい。
「そうそう。金魚ちゃんはオレと組む事になったから」
「フロイド!」
 ペアを組む事になどなっていないというのにフロイドが勝手にそう言った事にリドルは目を釣り上げて抗議した。しかし、そんな声はフロイドだけで無くバルガスにも無視されてしまう。
「そうか。お前らは体格差があるから、フロイドはローズハートの事を潰したりするんじゃないぞ」
「オレ金魚ちゃんの事は大事にするって決めてるから」
 いつの間にかフロイドとペアを組む事になっている事に狼狽えていると、そう言った彼の腕がリドルの体をぎゅうっと締め付ける。
「フロイド!」
「金魚ちゃん。マジちっさ。あははっ」
 笑いながら体を締め付けているフロイドに憤慨している間にバルガスがどこかへと行ってしまい、リドルはフロイドとペアを組む事が決まってしまった。そして、保健体育のセックス実習が体育館で始まる。

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