学生子持ちフロリド

「寮長、最近太りました……?」
 先程までハリネズミの餌やりをしていたエースがリドルにそう質問をしたのは、薔薇が咲いたハーツラビュルの庭だ。そこにあるテーブルセットでいつもリドルは紅茶を飲んでいるのだが、ティーカップで彼が飲んでいるのは紅茶ではないように見える。
「太ってはないよ」
「でも、そのお腹……。めちゃくちゃお腹出てません?」
 以前と変わらず細過ぎる体をリドルはしているのだが、お腹だけぽっこり出ている。まるで妊娠でもしているかのようだ。
「ああ、妊娠してるからね。来月には産まれる予定なんだ」
「妊娠って誰の子供ですかっ!」
 妊娠しているかのようだとは思っていたが、まさか本当にしているとは思わなかった。いつもと違い今日は紅茶を飲んでいないのは、妊娠中であったからのようだ。
 男であるリドルが妊娠する筈がないとエースが思わなかったのは、ここは何が起きてもおかしくないツイステッドワンダーランドだからだ。男が妊娠してもおかしくない。
「フロイドだよ……」
 顔を赤らめてもじもじと恥ずかしそうにしながらリドルが告げた相手にエースは驚く。
「えっ、あんなにフロイド先輩のこと嫌ってたのに、なに妊娠させられてるんですか! 無理矢理とかじゃないっスよね?」
 確かにフロイドはリドルの事が好きなようであったが、リドルは過剰に自分を構うフロイドを嫌っていた筈だ。そんな相手と合意で子供を作るとは思えない。
「ちゃんとボクもフロイドの子供が欲しいって思って作ったんだ」
「騙されてないんですか? あんた世間知らずだから……!」
「失礼な。確かにちょっと強引だったけど、流された訳じゃないよ」
 むっとした顔でリドルが反論した内容は余計に不安になってしまうようなものであった。
「いや、それ絶対流されたんでしょ。本当に大丈夫なんですか?」
「卒業したら結婚する約束になってるし大丈夫だよ」
 顔を赤らめてそう告げたリドルの姿は、話しているのがこんな内容でなければ可愛いと思ってしまいそうなものだ。傍若無人な性格をしているが、リドルは顔だけは可愛い。
「すげ~心配なんすけど。何かあったら絶対オレとかトレイ先輩に相談してくださいね!」
「心配性だな」
「いや、相手があのフロイド先輩だったら心配にもなりますよ」
 フロイドは常識が全く通じない男だ。心配せずにいられる筈が無いのだが、納得できないという様子へとリドルはなったままであった。
 やはり騙されているのではないだろうか。そうであった時は、負ける事が分かっていてもトランプ兵としてトレイやケイトなどと共にフロイドに挑むしかないだろう。デュースだって手伝ってくれる筈だ。



「フロイド、今日は仕事があるんじゃなかったのかい?」
「仕事になんて行きたくない。稚魚ちゃんと金魚ちゃんの側にいたい」
 庭にある椅子に赤ん坊を抱いて座っているリドルに対してそう言ったフロイドの姿は、まるで大きな子供のようだ。子供がいる父親には全く見えない。
「父親のキミがそんなんでどうするんだい」
「えーやだ。稚魚ちゃんもオレと一緒にいたいよね?」
「真面目に働かないパパは嫌いだと言っているよ」
 胸の中にいるレースの付いたピンク色のロンパースを着た娘に話しかけたフロイドに、リドルは透かさずそう言った。少し離れたここからでもフロイドと同じ髪色をしている事が分かる二人の子供は、リドルに顔立ちの似た女の子だ。そんな娘をフロイドは溺愛していた。
「えー」
「ほら、アズールから苦情がハーツラビュルに入る前に、オクタヴィネルに戻るんだ」
「ちぇっ。仕事終わったら速攻戻って来るから」
 まだ不満そうな様子になったままであったが、それでもリドルに説得をされフロイドはハーツラビュルの庭から出て行く。
「本当に困った父親だね」
 胸に抱いている娘にそう話しかけたリドルの姿は、困っているようには全く見えないものだ。それどころかフロイドの行動を喜んでいるように見えるものだ。
 無事に子供が産まれ、リドルは子育てをしながら勉強をして今まで通り寮長をしている。そんなことが許されるのは、この学園がNRCだからだろう。
 赤ん坊を抱いて授業を受けるリドルの姿に最初は驚いていた生徒たちであったが、既にその光景を受け入れている。エースも最近になってやっと、赤ん坊を抱いたリドルの姿だけでなく他寮の生徒であるというのに頻繁にハーツラビュルにいるフロイドの姿にも慣れた。
「予想外に幸せそうですよね。フロイド先輩があんな子煩悩なパパになるとか思わなかったっスよ。悔しいけど認めるしか」
「絶対に認めるか。リドルはまだ学生なんだぞ。それなのに孕ませるとか、絶対に許さない」
 眼鏡のブリッジを押さえながらエースの発言に言葉を被せたトレイの姿は、フロイドに激怒しているものである。子煩悩なフロイドの姿を見てもリドルを弟のように。いいや、年の離れた妹のように可愛がっているトレイは、彼との関係を今も全く認めることができずにいるようだ。
(そういや、寮長のあの教育ママがよく出産を許したよな。まさか……何も言ってないとかないよな?)
 そんな不安が的中していた事を、エースはこの半年後知る事になる。

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