Grandmaがババアになるまでの話
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Grandmaがババアになるまでの話

I.H

 大森望さんが書かれた「SF翻訳講座」に、うろ覚えですがこういった文章が。翻訳者とは黒子のようなものだ。そしていろんな文体を書き分けられるようにならないといけない。今回の物語はシリアスなら、それにふさわしいシリアスなトーンを。次の物語はうってかわって柔らかめの文章ならば、それに合わせた日本語を。作品ごとにこの切り替えができる翻訳者はいい翻訳者だ。大雑把ですが、こんな感じでした。

 はじめまして。I.Hと申します。趣味のゲームが高じてゲーム翻訳をしております。
 
 ゲーム翻訳をしていると、先ほどの言葉を思い出すもので、この間は火星の話だったなあ、次は中世ね、今度は学園が舞台! と、案件でやってくるゲームは本当にバリエーション豊か。とりわけインディーズゲームはジャンルという型にはまらないゲームがたくさんでてくるので、いろんな作品に触れていた方が引き出しがたくさんあるので翻訳者としては安心です。その点、ある時期から格闘ゲーム一辺倒だった自分にとっては日々勉強不足を痛感します。
 
 英文と資料を行きつ戻りつしながら翻訳をやっていると、だんだんとその世界に入ってくる自分が出てきます。このキャラクターはこういう感情で言ったのだろう。このシーンはこういう描写がいいなあ、と気持ちがだんだんと入ってきます。設定やストーリーなどを解釈して全体像がつかめるようになるまでは結構きついのですが、頭の中で内容を消化して訳文をこしらえて、いよいよ気持ちが動き出した時は結構楽しくて、ストーリーを訳していくうちに感極まって涙がこみあげてきたり、この場面は熱いなと言いながらキーボードを打ちます。
 
 今回は「ゲームとことば」ということで、自分が携わったゲームの中からことばを取り上げます。紹介するのは今年の夏に発売された「Blind Drive」です。このゲームは音だけを頼りに車を運転するのですが、どういうこと? 話を聞いたとき自分もそう思いました。まずはTrailerをどうぞ。

 えらい物騒ですね。もうちょっとゲームを説明すると、プレイヤーは車を操って、向かってくる車やトラックやミサイルを、音を頼りに華麗にかわして最後まで走り切れ! というゲームです。そんなこと出来るのか? 大丈夫、意外と出来る!

 さあ作業に取り掛かるにあたり、情報を整理。登場人物は主人公のDonnie、祖母のGrandma、悪役とその取り巻きが中心。一通りゲームを遊んでみてから名前を考えてポンと浮かんだのが、Grandmaに「ババア」という単語。自分でもびっくり。でも主人公は家の中でもごく潰しなんだよな。どうしようもないバイトを受けるくらいだから、祖母に向かって言う言葉はババアか。でもおばあちゃん思いの孫なのよな。でもババアか。漫☆画太郎の漫画と毒蝮三太夫が喋っているところくらいしか見たことないぞ。いいのか。

 辞書通りの「おばあちゃん」やちょっとくだけた感じの「バアさん」ではパンチが足りない。最後まで走り切るパワーがあるのは「ババア」だ。終盤の大立ち回りとあのカッコよさを見たら「ババア」以外にあり得ない。やってくれ、ブチかましてくれ「ババア」! という気持ちを込めて校正の方に、「Grandmaはババアで通しましょう」と申し送り。理解がある方でよかったです。無事通りました。

 Trailerやこの話から伺えるように、このゲームの翻訳作業はとにかく頭のネジをおもいっきり緩めて訳しています。悪役のセリフを訳すのは大好きですし、コメディや漫才は好きなので作業も比較的順調でした。笑ってしまった文章をあげるなら、牛に遭遇した時の「牛ーーー!」と、魚雷を背負ったイルカ(実際は見えないので背負っているかどうかは定かではない)を指して「ありゃ魚雷イルカだよ!」で、どっちも勢いだけで訳しただけじゃないかと今振り返ってもくだらなさがいい味出してます。

牛のシーン

 順調に翻訳作業も校正も終わり、LQAも終えてさあリリース。ゲーム翻訳者としてはプレイヤーの反応は気になります。自分の場合は訳したゲームの配信を見て、実況のリアクションや視聴者の反応を伺います。結構緊張する瞬間ですが……笑っている! いい感じに楽しめている! よかった! 自分が笑った訳文で笑っている! よかった! 視聴者もババアを受け入れてくれている! でも大多数の呼び方はおばあちゃん! そりゃそうだ! ババア呼ばわりは躊躇われる! 俺もちょっと迷った!

 その後、世間の評価は自分の予想を上回る形で現れます。まずSteamの評価ではブッ飛んだゲームにブッ飛んだ訳がマッチしていたという評価が多数。さらには東京ゲームショウ2021で、センスオブワンダーナイトで大賞をとってえらいことに。本当に嬉しかったのは開発の方から「特に日本語訳がよかったって声をもらったわ。君らいい仕事するねえ!」というお言葉をいただき、いやほんとゲーム翻訳者冥利に尽きます……

ブッ飛んでるシーンの一例

 英語から日本語に直すのはなかなか難儀な作業で、今回で言えば「ババア」はパっと思いついたものの「ババア」と決める時にはちょっと考えました。ここまで言ってなんですが、今の時代にこの名称が受け入れられるのか、がひとつ。ゲームを訳す時は必ずと言っていい程心配性になります。

 その時に思うのは、これは文法と単語を正確に訳すことを求められる大学入試ではない、ゲーム翻訳はその上でエンタメ性やゲームを遊ぶ人が楽しめる要素がないとダメだ、と自分のことばを思い出します(もちろん英文通りに意味を汲んで日本語に置き換える力は必要です)。毎回冒険を冒す、となるとさすがに怖いところはあります。しかし今回は「この名称じゃないと作品がしまらないし、ふさわしいのはこの言葉だ」と、作品を盛り上げるのだという気持ちが勝り、「ババア」に踏ん切りました。

 その踏ん切りが、倫理観をどこかへ置いてきてしまったブラックコメディにうまくはまったのだと評価しています。今振り返っても、自分の中で「よくこんな名前つけたな」と少しばかり思ってしまうGrandmaの名称ですが、「ババア」だからこそ作品の格好がついた、と納得している自分がいます。ということで、最後に「走った甲斐があったぜババア」ということばでお開きにしたいと思います。明日の「ゲームとことば」はヨーシャさんです!それではまた!


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