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【古代戦士ハニワット】「これカヤ」のインパクトの話

ハニワットを読み始めて、最初の数話絶対に頭から離れない言葉があります。それはコトちゃんが発した「これが伽耶系オグナの特殊祭祀・・・・・・」というセリフです。

この言葉、すさまじく頭に残るのです。なぜかと考えてみたらリズムも語感もいいけどものすごく作中に効果的に配置、機能している台詞だからなのかなと思いました。

ハニワットという作品がホットスタートという構成技法を用いられて「起承転結」から始まるのではなく、一番アツいシーンから始まって時間的に一旦過去に戻って「転起承転結」の構造で話が継続するというのは有名な話ですが、まずその最初の「転」の終わり、過去に飛ぶ直前で用いられて、つぎに過去の「起承」を見せた後の改めて現在の時間軸に戻ってくるときの「転」をつなぐ言葉となっています。

さらに初回は全く意味が分からない言葉として登場します。この意味の分からなさを分解すると

「これが」「伽耶系」「オグナ」「の」「特殊祭祀」という部分に分解して考えます。「これが」をのぞいた「伽耶系オグナの特殊祭祀」をまず分析してみます。

「伽耶系」⇒知識がないと伽耶という意味が分からない。でも系統を表す名詞「系」が付いているので、他にも系統があるなかの「伽耶系」だろうことはわかる。

「オグナ」「の」⇒「オグナ」という単語の意味が知識がないと分からない。しかしながら「の」は「オグナ」という体言と次の「特殊祭祀」という明らかな体言をつないでいるので連体修飾格の「の」だとわかる。(例:崖の上「の」ポニョ)そして前の「伽耶系」がここにかかっているから「伽耶系オグナ」「の」~~という構造だという事がわかる。

「特殊祭祀」⇒さっぱりわからない、そもそもこれはハニワット作中の完全な造語で、読者はすぐには理解することができない。でも祭祀というからなんらかの儀式であることはわかる。

実は「伽耶系」と「オグナ」は一般の名詞で「伽耶系」とは古代朝鮮半島の「加羅諸国」の事であり、また「オグナ」はヤマトタケルの幼名であり、小さな男の子のことを表す古代語です。ですが別にこのことを古代史マニア的知識として知らなくても現実にある言葉ですから何となく聞き流せます。

「伽耶系オグナの特殊祭祀」というのは完全な造語なのですがその中に現実で使われている言葉がいくつも入っているので、理解できることと理解できないことが入り混じって非常に奇妙な聞き心地がします。「わかるようでわからない響きの言葉」という不思議な感覚を「伽耶系オグナの特殊祭祀」に感じることができます。さらに全体的には「祭祀」なので儀式、つまり宗教的プロトコル、フローであることが明言されています。宗教的儀式というのはそもそもどんな形、どんなやり方でも「アリ」なので「伽耶系オグナの特殊祭祀」が仮にどんなにわからないことであっても「儀式」なんだなっていうふうに読者は一応「わかって」しまうのです。

これは素晴らしい言葉の配置です。ぼくら読者は全くわからない「伽耶系オグナの特殊祭祀」を腑に落ちないが、それまで読んできた作中の展開に照らして「コレガカヤケイオグナのトクシュサイシ…?」って劣化版コトちゃんみたいに台詞をおうむ返しして、何となくわかった風で読んで「しまう」それが怖い(笑)

そして何となくわかったようなわからないような理解をさせられた我々読者にはじめの「これが」というとどめの一発がここで効いてきます。

「これが」とわざわざ言うという事は伝聞で聞いたことがあるという可能性を示唆しています。

この場合の「これが」に込められた発言者であるコトちゃんの気持ちを含めてセリフを捕捉すると「(今まで聞いたことしかなかったけど)「これが」(はじめてみる)伽耶系オグナの特殊祭祀(なのね)」という意味でしゃべっているようです。

これだけでコトちゃんの背景が説明されてしまっているのです。作中ではそれまでずっと一言も発さずトレーラーのフロントガラスにべったり張り付いている謎の眼鏡っ子が初めて発した言葉がこれです。つまり彼女は「伽耶系オグナの特殊祭祀」というモノを以前にすくなくとも一度は聞いており、それがどういうものか部分的に知っていて、その答え合わせをしているという状況なのです。

もっとかみ砕くと、コトちゃんは我々読者が初見では全く意味が分からない「伽耶系オグナの特殊祭祀」について一部知識を有している、有する機会を得ている「関係者」なのです。

ええ!?ッとここで驚きがあります。

だってさっきまで「オレ達・・・・・・何を見せられているんだ?」って意味不明の土偶と埴輪の相撲を見せられていて、作中の機動隊と一緒に口ポカーンだったのに、この眼鏡っ子は読者よりこの状況について理解しているか関係している、知識がある・・・つまり「先輩」だったという事が発覚するのです。

眼鏡っ子先輩お疲れさんっす!

「これが」の一言がもたらす機能がすさまじい。このセリフは頭を殴られたくらい衝撃的でした。こんな短いセリフで説明している内容、透けて見える物語の多いこと。キャッチ―でかっこいい中ニセリフを生み出すばかりが漫画のセリフ技巧の妙ではない、ありふれた言葉をさりげなく、だが構成上の要地に配置することでまるで魔法のように効果を配置してある好例かと思います。心底この名シーンに驚くほかありません。

特にコトちゃんのことは漫画の冒頭では全く語られませんから(だけじゃなくてあらゆることが語られませんが(笑))読者はこのコトちゃんの発言「これが伽耶系オグナの特殊祭祀」を聞いてこの時点でコトちゃんの複雑な背景とそれを内包するハニワットの見えざる物語の先行きを想像してしまうのです。

ヤバい。

これは、ヤバい。

このセリフの少し前の権宮司の「これが・・・・・・真具土・・・」も同じですが

コト先輩の「これが伽耶~(ながいから『これカヤ』と略します汗)」はより作品の構成上の要所に配置されていて、多重的、多次元的な意味で効果を発揮する言葉だからこそ忘れられないインパクトを読者に提示しているのだと思います。

そしてこれ以降のページで「これカヤ」の謎をぼくら読者は追っていくことになります。

「何が起こっているんだ・・・・・・」と戸惑っていた読者が、ハニワットを読んでいくにしたがって「これカヤ」って言葉が二度出てくるあたりになると、自分で「何が」「伽耶系オグナの特殊祭祀」なのかを説明できるようになるわけです。しかも「伽耶系オグナじゃない」特殊祭祀も描写されるので、二度目の「これカヤ」の時点では読者は「伽耶系オグナの特殊祭祀」とはどういうものなのか完璧に峻別する能力を得ています。

学習といってもいいですが、読者はハニワットを読むことで、作品世界のテーマについて深く学習していく、謎が解明していく、わからなかったことがわかる、そこにエンタメ作品として逆らうことができない強いカタルシスと魅力を味わっていきます。

その読者の駆動モチベーションになるのが「これカヤ」です。さらに「これカヤ」の謎の回答時間を知らせるのは二度目の「これカヤ」です(笑)。ホットスタートの部分を読み切って「これカヤ」にもどってくるととどの読者も「これが伽耶系オグナの特殊祭祀」と自信をもっていう事ができるのです。謎であり答えであり、その回答時間そのもののを知らせる超面白いセリフです。

わたしたち読者は二度目の「これカヤ」が出てくる時点で、まさにコトちゃんのように「これカヤ」とつぶやいてしまいます。コトちゃんと読者の状況が同調してしまうというのも面白い仕掛けです。

ハニワットのテーマについての学習コストを知らず知らず楽しんで払わされた読者は自分で「これカヤ」といえる時点になるともうハニワットのファンでしょう。強烈な構成ギミックが多数詰まった「これカヤ」はこうして我々の脳中に深く刻まれる名セリフになるのだなあと思いました。

コトちゃん・・・いや、コト先輩。こんなセリフをあんなに何気なく呟いちゃうなんて・・・おっそろしい子!

お話は以上です。読んでいただいてありがとうございました。





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