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[コラム]🌺薄ピンクの希望, 忍び寄る恐怖 ... [神宮外苑再開発] の愚策と向き合う日々

【写真】東京・明治神宮外苑で4月22日に開催された坂本龍一さんの追悼イベントでいただいた薄ピンクの苗(左)。土に植え替えたところ、元気に根付いてきた(撮影:飯竹恒一)

東京・明治神宮外苑で出会った薄ピンクの苗は、しばらくは鉢植えのままだったが、その後、土に移し替えたところ、元気に根付いてきた。

亡くなる間際に「貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません」と、外苑再開発に疑問を投げかけた坂本龍一さんを追悼する4月22日のイベントで、「持ち帰って土に植えてください」という呼びかけに、ありがたくいただいた苗。あの日、坂本さんの遺影と一緒に記念写真を撮り、帰りの電車の混雑の中でも大切に手で抱え、自宅に持ち帰った。すぐに昨秋に亡くなった母の遺影のもとに届けた時は、この花が本当に土に根付くのか、半信半疑だった。

それが、しばらくして、おそるおそる土に植え替えると、太陽からも新たに力を得たのだろう、のびのびと咲き誇るに至った。私は喜びと同時に、自然に対する畏怖の念も抱いた。

かつて新聞社の記者時代、秋田・大潟村を担当して繰り返し通った際、現地に入植したコメ農家の方を取材した記憶がよみがえる。「農業は環境破壊だ」と自戒を込めて農作業に汗を流す様子は、地球を必要以上にむさぼってうわべの繁栄を謳歌しようとする人間の傲慢さを戒め、少しでも謙虚な生き方をしたいと願うもがきでもあった。

樹々をなぎ倒し、外苑一帯をビル街に塗り替える再開発計画は、そんな傲慢さそのものだ。推進する東京都や事業者側の姿勢に憤りながら、計画に疑問を投げかける仲間たちと意気投合することもしばしばだ。東京都の環境影響評価審議会が、日本を代表する専門家集団の日本イコモス国内委員会の問題提起を事実上、無視する結論を出したときは、わめき散らしたいくらいの怒りを覚えた。

計画には、東京都の小池百合子知事がすでにゴーサインを出しているが、それを少しでも押しとどめ、願わくば修正や中止に追い込もうと世論に働きかける日々が続く。イチョウ並木をはじめとする樹々の行方が危ぶまれることに加え、私自身が一番恐れているのは、秩父宮ラグビー場ととともに、多くの人たちの青春の思い出が詰まった神宮球場が取り壊しになる日が来るのかもしれないという点だ。

そんな恐怖心をかき立てられたのは、2018年で営業を終えた東京・築地市場について、その解体工事の様子をとらえた時事通信社の動画が、オンライン上で公開されているのを見た時だった。

築地市場はかつて、古巣の新聞社のすぐ前にあって、宿直勤務の際、未明の3時ごろに社内の共同浴場に入ると、窓越しにこれから活気づこうとする様子が見えた。ターレと呼ばれる運搬車が縦横に行き来していた。

だから、築地市場は、場内外にひしめく寿司屋や居酒屋とあいまって、勤務先から気軽に行ける「憩いの場」という感覚があった。宿直勤務で疲れ切った体に、マグロの中落ちとビールを流し込んだ古き良き記憶は、今も鮮明だ。


「こうして築地市場が跡形もなく取り壊されたのと同様に、あの神宮球場も消えてなくなるのか」。そう想像すると、気持ちが整理できないまま、しばらく目の前の作業に手がつかなくなる。

私が日々、この問題で情報収集をしつつ自らも発信し、可能なら現場に行って関係の人たちと心通わすのも、すべてはこの恐怖心に突き動かされているからだ。

薄ピンクの生き生きとした花たちは、そんな私の心を慰め、「ならばこれからの日々、悔いがないように過ごすべきだ」と、自分に言い聞かせるよう仕向けてくれる。再開発に対する自分なりの問題提起を、手を尽くしてやり抜くという決意だ。

母が亡くなって以来、母の遺影と心の中で会話するのが日常の習慣になっている。薄ピンクの花たちは、私にとって新しい「話し相手」になりつつある。(飯竹恒一)



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