トゥエルブレーシング・プロポを握れ!!一話目

速い と言う言葉ではありきたりで
風のように・飛ぶように・滑るように・そんな表現には意味が無く           操る者の意志を持つかの如く その小さなマシンは
突き進む方へと残像を残し・・突如現れ・・また消えてゆく・・・
                それが トゥエルブレーシング!!」

 この物語は半世紀の歴史を持つ
JMRCA12/1電動レーシングカー全日本選手権を舞台に 
親から子 子から孫へと 日本一を目指した「イチムラ」を
名乗る者たちの物語である。


「ここには 私の好きな人がいて 
  沢山の仲間たちと一緒に
 大きな瞳を キラキラさせながら
               ミニ四駆を 走らせていた」

 

影炉の中 大きな建物の窓を覗き込む 一人の少女
麦わら帽子 白いワンピース 水色のサンダルのかかとを浮かせ
少し背伸びをした目線の先に 一人の少年の姿を追いかけている

 真剣なまなざしの少年 疾走するミニ四駆 コースの中を
縦横無尽に駆け回り 仲間たちが一喜一憂する
両手をギュっと握りしめ 自分のマシンがゴールを切った時
満面の笑顔でよろこびを表していた。

歓喜の中の中心にいる少年の笑顔に 少女も自然と笑っていた
少し恥ずかしく そう少しハニカミながら少年の笑顔を見つめている
大切に 大切に見つめている 大きな瞳をキラキラさせながら

一人の女性がホースを使いけだるそうに打ち水をしている
大きな麦わら帽子 白いTシャツ ジーンズにハイカットのスニーカー
彼女がこの建物の店員さんだと一目でわかる
RCパークとプリントされたTシャツ 胸元の名札 
そして何より 彼女の大きな胸を少し締め付けたエプロンには
赤と青の星のマークが並んでいた

大雑把に打ち水を済ませ ホースを片付け一息ついた彼女の視線の先に
一人の少女の後ろ姿があった。
両手で窓枠を掴み 少し背伸びをしながら店内を覗き込む少女の姿に
興味とかわいらしさを感じた ゆっくりと少女に近づく
声をかけるより少女が覗き込む何かを知るため 少女の背後に近付き
膝に手をやり目線を落とす

気配に気付く少女 振り返るとニコッと笑う知らない女性
驚く少女 憧れの少年をのぞいていたことを悟られないように
視線を逸らすも 顔が赤くなってしまう

逃げ出す少女 

あっけにとられる店員の女性 
走り去る少女の後ろ姿を少しの間眺めていた
小さなため息を一つ 気お取り直し少女の覗き込んでいた窓から
店内をうかがう

そこには表彰台の一番高いところに上る「石原匠」と言う少年の姿があった

彼女は知っていた 石原匠と言う少年を

彼女は理解した 少女の見ていたものを

かつて自分が経験した幼き恋心を思い出し 
心をくすぐられたような
笑みを浮かべた

 蝉時雨 入道雲 影炉立ち込める

夏の日の出来事

 

四年後

 東京都府中市にある RCパーク「さいくろん」 
あの日と同じ 影炉の中 お使い帰りの少女が 
RCショップの窓を覗いていた

あの日と同じ あの窓から「石原匠」を探していた
小さめの麦わら帽子 ひざ下までの白いワンピース 
ビーズのちりばめられた水色のサンダル 
もう背伸びをすることなく 成長した少女は 膝に手を当て
腰をかがめて 店内の様子をうかがっていた

悲しげな顔をする少女 あきらめのため息を付いた時

 
聡美 「そこからじゃ 見えないわよ た く み 君」

あの時の女性店員がニコリと笑いながら少女に声をかける
慌てふためく少女 お目当ての石原匠を言い当てられてビックリして
気が動転して恥ずかしくなり顔を赤くしながら女性店員から目線を逸らす

聡美 「こっち こっちよ」

手招きをする女性店員 もじもじする少女 ためらう少女の手を引き
少し強引に歩き出す女性店員 鼻歌を歌いながら建物の角を左に曲がる
目的の窓がある 同じ大きさ同じ高さの窓 女性店員が店内を見渡す

聡美 「ほらぁ いた いたぁ」

少しビックリする少女 心の準備が出来ていない
 恐る恐る窓から店内を見渡す少女 石原匠の姿を探す

店内の一番奥にある 青いカーペットのラジコンコース
操縦台の上 プロポを握る 石原匠が立っていた
少し冷めた目線の先 白地に赤のファイヤーパターンの
自分のマシンを追いかけていた

 自然と笑みがこぼれる少女 匠の姿と匠の操縦する
ラジコンカーを追いかけている

 少女の横に立ち 匠の姿に視線を置きながら 
女性店員が嬉しそうに語り始める

 聡美 「石原匠君 凄いよねぇ小学六年生でミニ四駆の全日本チャンピオン
    オープンクラス 大人も交じっての日本一だよ 
          ホント 凄いよねぇ  知ってた?」

少し腰を曲げ少女の顔を伺う女性店員 

憧れの少年石原匠が日本一になっていた事の驚き 喜びと
そのことを知らなかった自分への悔しさ 複雑な感情が少女の口を開かせた

 咲良 「日本一?  でも小学校別々だったから知らなかった」

石原匠を見つめる瞳が下を向きどことなく寂しげな少女  

苦笑いする女性店員

聡美 「あははは  そうなんだぁ~」

 一瞬の沈黙 少女を元気付けようと急ぎ早に話を進める女性店員

聡美「いっ 今はねっ 匠君 ミニ四駆卒業して 中学からラジコンに
 夢中になって夏休みは ほぼ毎日ここで自分の車走らせてるからぁ~
  あなたも毎日くればぁ~」

早口で匠の事を話す女性店員に 初めて目を合わせ一言つぶやく少女

 咲良 「ラジコンですか?」

少しあっけにとられる女性店員 それと同時に初めて目を見て答えてくれた少女に丁寧にそして熱く語り始める

 聡美 「ラジコン そうラジコンカーね! 今匠君が夢中になって
  走らせているのはトゥエルブレーシング 12/1電動レーシングカー 
   すっごく速くて すっごくシビアで すっごく難しいんだけど

「空気を切り裂き 車を前へ前へと蹴り飛ばす
               タイヤ モーター バッテリー
 
50年近い歴史の中で究極の速さの結晶を追い求めた人間が
  試行錯誤を繰り返し一切の無駄をそぎ落とした車体コンセプト

百分の一秒を争うレースの中 
 繊細なスロットル ステアリングワークを駆使しながら
  操る者の意思を持つかの如く コースを駆け巡るあの残像感!!! 

 他のカテゴリーでは絶対に絶対に絶対にぃ~味わえない

 スピードの魅力 魔力 そして暴力が あの小さなマシンに 
    ぎゅ~っとぎゅ~っとぎゅぎゅ~~っと 凝縮されて・・いてっ」

      「ハァハァハァ・・・」

息を粗くし熱く語る女性店員 ふと我に返り咳払いをする

聡美 「んっうんっ!」

 「いやぁ~ごめんね こんな話 女の子にはつまんないよねぇ~」

苦笑いの女性店員 しかし少女は目をキラキラさせながら
小さな声を段々とそして力強く彼女に応える

 咲良 「匠君すごい! ラジコンすごい! 
         匠君凄いです! ラジコン凄いです!!」

意外な応えに驚いた女性店員 少しの間を置き 
うれしくなり自然と笑みがこぼれ
目を輝かせる少女にハニカミながら優しく語りかける

  聡美 「そうね  そんな車  そんなラジコンカーを
       大好きで 恋していて 愛しているのよね 彼 匠君は」

 女性店員のその言葉にはっとさせられる少女 
店内の匠の姿を追う瞳に少しだけ涙が滲む 
そして今は亡き父のことを思い 心の中でつぶやいた

咲良 (パパも  パパも 同じ気持ちだったのかな?)

 見つめる匠の姿に亡き父の姿を重ね合わせる少女 
一粒の涙が彼女の左頬をつたう

聡美 「そうだ あなたもやってみない? ラ・ジ・コ・ン♡」

いきなりの提案に驚く少女。 

聡美 「大丈夫 お金ならかからないし 私が教えてあげるから」

エプロンのポケットからラジコンレンタル無料券を取り出し少女の前に
差し出す女性店員 それを見て受け取る少女

聡美 「もしかしたら 匠君と仲良くなれるかもぉ~なんてね!」

女性店員の言葉に 顔を赤くしてあたふたする少女 
無料券を突き返し逃げようとする

聡美 「じゃじゃーん!! ダメよ! 今日は逃がさないんだから!!」

少女の逃げ道を塞ぎ コンビニ袋を持つ少女の左手をつかむ女性店員

聡美 「つぅかぁ~まぁえたぁ~!」

腕をつかまれジタバタする少女

聡美 「逃げてちゃ 何にも始まらないよぉ~」

必死になって掴まれた手を振りほどこうとする少女

 咲良 「うぅ~恥ずかしいぃ~恥ずかしいですぅ~」
                         怖いし 嫌われたらいやだし それに・・・」

聡美 「それに?」

咲良 「アイス  溶けちゃうし   」

 少女の煮え切らない言い訳に 少しイジワルな質問をする女性店員

 聡美 「アイスと匠君 どっちが大切なの?」

掴まれた左手の力を抜き 抵抗を止める少女 ポツリとつぶやく

 咲良 「・匠  君   」

聡美 「う~ん 素直でよろしい!!」

鼻歌を歌いながら少女の手を引いて店内へと向かう女性店員

聡美 「タラァ~リっ リッタラ~ ふん ふん フン♡」

咲良 「えっ? えっ?  えっ~~~?」

 


自動ドアが開き 店内に入る二人 女性店員は意気揚々と 
少女はオドオドしながら レジの方へと向かう

 レジ横にあるアイスケースに少女のコンビニ袋を放り込む女性店員

聡美 「これで ヨシっと!」

ラジコン貸し出しの用紙を少女に渡す女性店員

聡美 「これに名前書いてね」

渋々名前を書く少女

聡美 「どれどれぇ・イチムラ サクラ・ちゃん?・でいいのかな?」

コクリとうなずく咲良

聡美 「素敵な名前ね! 咲良ちゃん」

自分の名札に手をやる女性店員

聡美 「私は横堀聡美!! 
         聡美さんでも 聡美ちゃんでも好きなように呼んでね!!」

満面の笑顔を咲良に向ける聡美

聡美 「にひぃ~♡」

 聡美は知っていた。初めての出会いから四年間 
咲良があの窓から何度も石原匠を探しに来たことを

聡美はうれしかった その一途な少女の思いを 恥ずかしがり屋の
少女の背中を押してあげることが出来たのならば と

 無邪気な聡美の笑顔に少し安堵の表情を浮かべる咲良。ぎこちなくだが

咲良 「よぉ  よろしくお願いします」

 

 聡美 (さてと 何で遊べばいいのかな?)

レンタルラジコンコーナーで物色する二人

聡美 「う~ん?」
(女の子だからコミカルなバギーとかいいと思うけど
 屋外のオフロードコースだと匠君と離れちゃうし・・・
  かと言っていきなりトゥエルブやらせるのは無理があるしぃ~・・)

 悩む聡美の横で「パーマンプロポ」を見つめおもむろに手に取る咲良

聡美 「それ 可愛い形してるでしょ パーマンの胸のバッチに
      似てるから通称パーマンプロポって呼ばれてるのよ」

コクリとうなずきプロポを握りしめる咲良

聡美 「そうだ! MiniZレーサー ミニッツがいいよぉ~」
   (これなら室内で遊べてコースもオンロードの隣で匠君の視線に
     入ることだし 多少ぶつけても壊れたりしないから ♡)

聡美 「それじゃぁそのプロポのペアの車体はぁ~  げッ?」

 ポルシェのCカーボディに所狭しと描かれた昔の美少女アニメキャラ
完成度の高い 痛車

聡美 「このぉ 悪趣味な車はぁ~ 」

レジに座るある人物に視線を向ける聡美

聡美 「店長ぉ~~」

ラジコン雑誌を読みながら二人の動向を見ていた大柄でちょっと
太っているこの店の店長「石政徹」腕を組み顔をあおりながら
聡美に向かって ドヤ顔する。

聡美 「何でドヤ顔? 何かムカつく!」

聡美 「咲良ちゃん その車よりこっちはどうかな?」

 プロポと痛車を胸にだきかかえ 大きく首を「フンフン」と横に振る咲良

聡美 (あぁ~気に入っちゃったみたいねぇ~)


店内がざわつき始める ミニ四駆で遊ぶ小学生たち
 
「女子だ 女の子がラジコンするの? 」
「どうせぶつけまくって終わりだよ」「女には 無理だよ」と言う陰口が

匠たちのいるオンロードコースのピットからも冷やかしの目が向けられる

「女子ならコミカルバギーでしょ(笑)」
「女の子のお手並み拝見といきますか(笑)」
「どうせ 飽きてすぐに帰るっしょ(笑)」
「あのレンタルラジコン終わったな(笑)」

 心無い言葉に聡美のエプロンを掴み委縮して陰に隠れてしまう咲良 その時

匠 「お前ら!  人のこと言えるほどうまくなったのかよ!」

静まり返る店内 リーダー格の匠の一言に冷やかしの言葉が消えていく。

匠 「全く どいつもこいつも ラジコンに興味持ってくれたんだから
     それでいいじゃねぇかよ!」

 聡美 「さすが 匠君!」
(やっぱりミニ四駆全日本チャンプの言葉は伊達じゃないのね
 プップぅ~見てみて小学生のお子ちゃま達のしょぼくれたあの顔
  あなたたちからして見れば憧れの人 
   いや神様から怒られたのと一緒だもんねぇ

おっとぉ~こっちのグループは お通夜ですか? お葬式ですか? 
匠君よりずぅ~とへたっぴ~で昔からおんぶにだっこだったもんねぇ~(笑)

 匠君カッコいいよぉ~ホントにもぉ~ 十年若かったら私惚れてるかも♡)

 聡美 「さぁ~咲良ちゃん 今ならミニッツのコース
  貸し切りだから 思う存分にやっちゃいましょうぅ~」

安堵の表情を浮かべ コクリとうなずく咲良 
ミニッツのコースに背を向けて
黙々と自分の車を整備する匠の姿にホッとする。

 
咲良と聡美 二人のやり取りを目で追いながら近藤健太が匠に声をかける

健太 「匠 あのコ 俺の隣のクラス 一組の 一村咲良って子だよなぁ チョット可愛いし お前のタイプかぁ~(笑)」

セッティングの手を休めず即答する匠

匠 「バーカ! そんなんじゃねぇよ・・・
あっ健太 グリップ剤塗っとけよ 充電終わったらコース出るぞ!」

健太 「相変わらずだよなぁ匠は 俺たち中二だぜ! 
好きな女の子の一人や二人いないのかよ!! 
せめて可愛い子の情報くらい頭入れとけよ!」

匠 「あぁ~ん? 三組の俺が何でわざわざ一組の
女子の情報入れとかなきゃいけねぇんだよ・・・
あっ健太 お前の車 トー角0.5度戻せ 高速コーナーアンダー出てたぞ」

健太 「もしかして あの子 匠のこと好きなんじゃね?」

セッティングの手を止めて 深いため息をつく匠だが
何事もなかったように 手を動かし始める 

 健太が饒舌にしゃべりだす。

健太 「だってよぉ さっきからこっち お前のことチラチラ見てるし
あれは 恋する女の視線だな 間違いない
彼女通い始めるぜぇ~ そのうち匠も意識し始めてさぁ~
やがて二人は 恋から愛へ そして衝撃の告白」

 健太 「匠君・・私・匠君の事が  ちぅ・ちぅ・・ちぅきぃ~~♡」

 イライラの限界を超えた匠 テーブルのラジオペンチに手をかけ
健太の鼻をつまみ 少し痛いようにグリグリとねじりだす。

 匠 「お前の饒舌な口を動かすサーボモーターのトリム調整は 
      右かな? 左かな?」

 痛がる健太

健太 「右も左もありませっん!!! 
 ニュートラル ニュートラルでお願いしまっす!!!」

 追い打ちをかける匠

匠 「おや? よく見たらお前の唇 スポンジタイヤより柔らかそうだな(笑)」

健太 「硬いぃ~硬いですよぉ~僕の口はぁ~!!! 
                    チタンのビスより硬く出来てますよぉ~~!!!」

 匠 「丁度いい 新しいタイヤを 探してたんだよぉ~ 
その唇切り取ってこのリアホイルに接着すれば 
                さぞかしグリップするとは思わないかなぁ(笑)」

健太 「ぼっ僕のお口は一つですよぉ~!!! 
                   二つ無いとバランス取れませんよぉ~~!!!」

匠 「おぉ~ 言うようになったなぁ~ 安心しろ!! 
  上唇を右のリア下唇を左リアに履けば 
        車は真っすぐ走ってくれるぞぉ~(笑)」

観念する健太

健太 「ごめんなさい! ホントすんません!! もう二度と言いません。
  もう金輪際 匠さんを 茶化すような真似は 致しません。
       タミヤの星のマークに誓いますから~!!!」


ふぅ~っと一息つき 椅子に腰かけセッティングの手を
動かしながら健太を諭す匠

匠 「年頃なのはわかりますよぉ~垢ぬけて来ましたからねぇ~最近の君は

健太 (えっ?イヤミ?・・これってイヤミだよね)

匠 「異性に対する興味 好奇心 熱意 分かります
 先生とっても分かります

健太 (先生? いつから先生になったの?)

匠 「だがしかし!!! 今はラジコンの時間です 悲しいです
先生とっても悲しいです

健太 (だから 先生ってなんなの?)

匠 「君の抱く その思い その好奇心 その熱意情熱のぉ~
 半分いや10/1いや12/1だけでもいいからさぁ~
  今はラジコンに費やそうとは思わんのかね? 近藤健太君」

 健太 「相変わらず しゃれたイヤミが 効いてるんだよなぁ~」

 

手を止めて健太に物言う匠

匠 「言っておくけどなぁ 健太 俺はお前と組む気はない」

立ち上がり食ってかかる健太

健太 「なんでだよ 俺にマシン組んでくれねぇのかよ? 
 一緒に全日本取りに行くんじゃねぇのかよ」」

自分のマシンをぼんやり見つめながら語る匠

匠 「俺は自分より 下手なやつとは組まない 
 今のお前は俺より へたっぴ~だろ」

 事実を突きつけられ ふて腐れる健太

健太 「そっ・そんなの 匠が異常なんだよ そんな型落ちの車で
この店のAメイン張ってる方がどうかしてるんだよ!」

 上目づかい 健太の目を見て語る匠

匠 「関東でしかも東京都内でこれだけ広いカーペットコースのこの店だ マジでやってる奴らはここに集まる。
その中でのAメインだ さぞかし立派に見えるだろうがな」

いつになく真剣なまなざしで見つめる匠。固唾を飲む健太。

 

匠 「全日本選手権 なめるなよ 健太!!」

「この店のトップ3 レースのたびに俺を周回遅れにして行きやがる
その3人でも全日本では 決勝はおろか準決の下位を走るのがいいとこだろそんな世界なんだよ あの場所は   Aメイン決勝に出るヤツらなんか
頭がどうかしているぜ ネジの締め方一つで走りが
変わっちまうこのマシンを

笑いながら 冗談飛ばしながら キッチリ組み上げていく 
全国のラスボスクラスが操縦台にひしめき合うんだぜ 日本一目指してな」

委縮する健太 声が震える

健太 「そこまで・・差があるのかよ?」

ニヤリと笑う匠

匠 「ビビっちまったか 健太?
俺はなぁ しびれちまったんだよぉ
あこがれちまったんだよぉ 恋焦がれちまったんだよぉ
いつかあのラスボスたちをやっつけるって決めちまったんだよぉ」

「あの人に追いつき 追い抜くことをなぁ」

 匠の視線の先 気だるそうに上の棚の商品に
パタパタとハタキをかける男性店員

 匠 「あの人をまた 本気にさせるんだよ」

匠の視線の先を目で追い つぶやく健太

健太 「トドロキ ハヤテさん」

 匠 「まっ そぉ~言う事だ! 俺にマシン組んでもらいたかったら 
 早く上がって来いよAメインにな」

健太 「わかったよ やるよ!! やってやるよ!! 
 ぜってーマシン組んでもらうからな」

匠 「おぉ~期待してますよぉ 万年Bメインの近藤健太くん♡」

 健太 (ちっくしょうぉ~ 
俺のヤル気スイッチの押し方がいつも乱暴でスパルタなんだよなぁ)

 
自分の席に座り マシンのセッティングを始める健太

ふぅ~っと安堵のためいきを尽き 振り向きざまにボーっと
咲良の姿に目を向ける匠

 匠 (いちむら? イチムラ? イチムラサクラ?
知ってるような 知らないようなぁ~?)

 充電器が終了のアラームを鳴らす。

匠 「おっと 充電完了っと」


店長に新しい電池を入れてもらい一通りのレクチャーを受けて
コースに向かう咲良と聡美。 

聡美 「最初はゆっくり ゆっくりでいいからね」

コクリとうなずく咲良

操縦台に立つ咲良 パーマンプロポを左の肩にのせ独特のポーズを取り
深呼吸をしようとしたその時

聡美 「咲良ちゃん プロポはそう持つんじゃなくてぇ~」

隣にいる聡美に持ち方を直されそうになる咲良 首を振りそれを拒む

聡美 「ごめん ごめん プロポの持ち方なんて人それぞれだもんねぇ」

 
二人のやり取りを見ていた健太

健太 「やっぱり女の子だよなぁ かわいいよなぁ~あの持ち方♡」

匠 「いいんじゃねぇのぉ 好きなようにやってもらえば」

振り向き咲良の斜め後ろ姿を目にする匠 心の中でつぶやく

匠 (あのプロポの持ち方どこかで?) 

 

 トクン・トクン  と心音が聞こえる 深呼吸する咲良 
人差し指をゆっくり ゆっくりと握ってゆく それにこたえるように
ステアリングホイールにそえた三本の指が小刻みに反応して 
小さなミニッツレーサーを右へ左へと舵を切り綺麗な八の字を描いていた。

 聡美 「咲良ちゃん凄い!! 凄い上手よぉ~」

うなずく咲良 マシンの動きを凝視する 徐々にスピードを上げてゆく

 啞然とする聡美 目を丸くして綺麗な八の字に

聡美 「えっ?」
 (もしかしてこの子経験者? 私より上手い八の字なんですけどぉ~)

 
寸分の狂いなく美しい八の字を描く咲良
 今は亡き父 純矢の言葉を思い出す

それは小さなころ初めてプロポを握った咲良にかけた優しい言葉

 

純矢 「いいかい咲良 初めての車さんと仲良くなるには
 車さんにお願いするんだよ」

咲良 「車さんに・おねがい・・・?」

膝を折り咲良と同じ目線に立つ純矢

咲良の握るプロポにそっと手を添えて八の字を描く

純矢 「車さん 車さん 
右に曲がってくれますか・・・
左に曲がってくれますか・・・
真っすぐ走ってくれますか・・・」

 

遠い記憶の中 忘れかけていた父の言葉 咲良の目に力が宿る

咲良 「車さん 車さん 
右に曲がってくれますか・・・
左に曲がってくれますか・・・
真っすぐ走ってくれますか・・・」

 

咲良 (それは魔法の言葉 大好きだったパパが教えてくれた 大切な言葉)

 

トクンと脈打つ心音が 力強く変わる 

消えかけた思いが鼓動と共に強い光に変わり心を満たしてゆく

取り戻した情熱が心臓を焦がす 

駆け巡る血潮が マシンとのつながりを求めずにはいられない

 

咲良 「私は     プロポを握る!!!」

 

マシンの挙動を頭の中に 刷り込むイメージを描く

左右に切り返すマシンの重心移動 スロットオンオフのピッチングの変化

スロットルを煽りマシンをスライドさせながら探るタイヤグリップの限界値

全ての動きを連続写真の一コマに置き換え スローモーションに再構築

映像の解像度を上げていく マシンとのつながり 見えない糸を紡ぐように

 

コースの中央を正確無比 なぞるように走るマシン
ラップタイムを告知する音声が2回3回と9秒9を告げる

 

ハタキの手を止め マシンの走行音に耳を澄ませ 振り向き
ミニッツのコースに目をやる男性店員 スタスタと店長の元へ歩み寄る

トドロキ 「誰なんです? あの子」

店長が目を潤ませ感動している!!

石政 「見ろトドロキ!!! あんな可愛い女の子が 初心者の女の子が
 俺の作った車 俺のこしらえた車を あんなに上手に走らせてるよぉ~」

トドロキ 「初心者じゃないですよ!」

石政 「えっ? 違うの?」

トドロキ 「経験者ですよ それもかなり上手い!」

石政 「なっ何で 分かるんだよ?」

トドロキ 「音ですよ 音! スロットルワーク!!」

石政 「音? スロットルワーク?」

トドロキ 「モーター音の伸びるフィール
メリハリの中に上手くつないでいくスロットルワーク

車が「気持ちいい」って 言ってるんですよ!」

 トドロキ 「あんな初心者いてもらったら困りますよ
 天才通り越して化け物じゃないですか」

(まだまだ気付けないかな?   あいつには)

ミニッツのコースに背を向ける匠の姿に目を移す トドロキ 

 

トドロキ 「店長 あの車「赤モーター」積んでますよね」

石政 「あぁ ミニッツカップのレギュレーション
 いっぱいいっぱいだぁ」

トドロキ 「ラップタイム 上がりますよ!」

興奮を隠せない トドロキ ゆっくりとミニッツのコースに近付く

 

少しずつ走行ラインをイン側に寄せていく咲良 9秒8  9秒7 9秒6と
計ったようにコンマ1秒ずつ タイムを詰めていく

 トドロキ 「上手い! そして見事だ! これこそがレコードライン
     イケる? いけるのか? このコースのベストラップ9秒2 
   ミニッツカップファイナリストがたたき出したコースレコード!!!」

 9秒5このタイムで周回を重ねる咲良 マシンを見るというより
コース全体に視野を広げる ぼんやりと五つのポイントをマークする

 トドロキ 「頭打ち? 上出来だ!! 
 初めてのマシン 初めてのコースでこのタイム
  こんな可愛いらしい女の子が 相当の練習量  いや鍛錬を!」

 

美しいレコードラインを描くマシンから操縦台へ 少女の姿に目を向ける

あどけない表情を想像した 
トドロキ ハヤテ   背筋が凍り付く

 

トドロキ 「うっ!? なんだ今のは!? 
               なんなんだ? このザラつく違和感」

「有り得ない  いやあり得るのか     ?

   彼女は 今   車   マシンを   見ていない・・・!」

 

一瞬の静寂   全ての解放     モーターの音色が変わる!!!

「ヂュィィィィ~~~~~~~~~~~~~~ン!!!」

https://note.com/preview/n6ad59a971a1c?prev_access_key=9be7e5d3df2f2360ae50c939b095f567

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