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パイロットはお天気おじさん

 空撮カメラマンとして長く活動している私ですが、同時にヘリコプターの操縦ライセンスを持つパイロットでもあります。機長及びパイロットとしての操縦時間はこれまでおよそ500時間。そして空撮カメラマンとしての滞空時間をトータルすると、20年で4000時間以上、空にいたことになります。
撮影フライトのときには、操縦は別なパイロットに任せるのですが、空撮カメラマンがパイロットであることで有利な点を考えてみました。

「パイロットはお天気おじさん」

 パイロットは、天気を気象予報士レベルで読むことができます。高層天気図を読む能力や、空港が発信するMETARと呼ばれる気象通報を読む能力が必須です。空を飛ぶ以上、墜落事故に直結する天候判断は欠かせない知識なのです。
『空から日本を見てみよう』というTV番組の空撮担当となって足掛け8年。その中には地上波時代と、現在に至るBS続編時代があるのですが、地上波時代にはどの撮影地に行くにもほぼ、撮影ヘリを自ら空輸(飛んで移動)していました。機長業務は任せていましたが、操縦、無線交信、航法、すべてをこなしながら北海道や沖縄までも飛んで行きました。

METAR一覧
パイロットはこの航空気象台通報を読み取る

 毎週放映される番組を作るには、放映と同じペースで撮影していなければなりません。雨の日は撮れない、曇りの日も避けたい、となると空撮スケジュールはどんどん過密になっていきます。それらを組んで成り立たせるために、自分で天候を読めることが何よりも武器となります。
 日々の雨雪、曇は当然のこと、特定地域独特の気象変動も理解していないと、撮影スケジュールを組むことはできません。例えば、夏前の東北から北海道にかけての太平洋側には、猛烈な勢いの海霧が発生しますし、秋冬の無風で冷え込んだ晴れの朝の盆地には、高確率で濃霧が…。そんな不安要素を減らしつつ慎重に撮影に臨んでいても、低気圧の接近でその後数日間続く悪天候が予想されれば、映像の出来に多少の妥協をしてでも撮影を終わらせなければならないこともあります。そういう時の判断には、パイロットとしてそして空撮カメラマンとして、数千時間実際に日本全国空を飛んできた経験が、大いに役立っているのです。(身近なところでは、今日、傘要る〜?と周りから訊かれる役目ですけどね…笑)

「風を読む」

 気象の中でも、特に「風を読む」力もだいぶ身につきました。それは以前挑戦していたモーターパラグライダー空撮の訓練によっても磨かれました。透明な空気の流れは目には見えませんが、空気の流れが起こした現象は、目に見える形になります。すなわち風が強ければ水には波が立ち、樹の枝葉は揺れて風の強さと方向を示してくれます。注意深く「風を読む」ことは、空気の中で飛んでいる航空機には重要な情報です。風を読めれば、対地上との速度の変化、機体のバランスの乱れ、局地的な天候の変化など、様々な要因を想定しつつフライトできるのです。

 一番手ごわいのは富士山。4000m近い独立峰に風が当たると、風上側にはとても強い上昇気流が生まれます。撮影機のパフォーマンスは決して低くないものですが、富士山の頂上を撮影する場合は、この強い上昇気流に乗って上昇します。恐ろしいのは、その反対側にできる強い下降気流。それは僅かに雲ができていたり、富士山の山肌の土が巻き上げられたりしている程度でしか、目に見えません。
 富士山を回るように撮影するとなると、一周回るとかならず一度は風下の乱気流帯に捕まります。こちらは見えない気流に捕まらないように撮影プランを組み立てるのですが、同乗ディレクターはそんなのお構いなしに「一周ぐるっと撮影してくださーい!」などと指示をしてくるわけです。
 一度だけ、そうして乱気流に捕まった時がありました。1分間に500m上昇する性能のヘリコプターが、MAXパワーを出しても1分間で300m以上下降……つまり差し引き1分間で1000m近く落とされるような下降気流。全く予兆もなく突然、ガツンと…!空撮どころじゃない、命の危険です。思わず操縦桿を握りたい衝動に駆られました。

R44で富士山空撮中

 気をつけていてもほとんど目には見えない風を読んで、どれだけの危険を回避できるかは、パイロットとしての経験が教えてくれるものです。

「重くて飛べない!」

 ヘリコプターは一般に、万能に空中に浮いていられる物と考えられがちですが、現実には色々な制約、制限、特色があります。

 例えば、「最大離陸重量」。TV番組『空から〜』地上波時代の小さなヘリのときは、常にこの数字との戦いでした。その日の空気に対して機体と搭載物の総重量が重過ぎたら飛べない、シビアな数字です。暑い日に太めの壮年男性が3人乗って、撮影装置をつけて燃料も満タンとなると、離陸すらできやしない!
 航空機のパフォーマンスは、気温・気圧・湿度などによって変わります。ざっくり言うと、寒くて乾いていて空気が濃いと重くてもけっこう平気。暑くてじめじめしていて空気が薄いと、エンジンがへばるから軽くないと飛べない(笑)。燃料の量は、最大離陸重量を加減できる要素でもあります

 中型ヘリに移行した『空から〜』BS時代でも、パイロットならではの知識が空撮カメラマンとして役立つことはたくさんありました。「この空域はどのような制限を受けるのか」「離陸した空港から最初の撮影地まで何分で到達できるか」「水面ギリギリから断崖の灯台の上を通り越すカットが撮影可能か」など、機体の特性、性能、航空法、空港での燃料の手配など総合的に判断できるから構成できる撮影。
 その知識すべてが結晶したのが、BS-JAPAN「空から日本を見てみよう〜空港編〜」の回です。私の念願だった、空から見た空港特集。…おっと、時間が来たようだ。長くなりそうなのでその話はまた、改めてすることにしましょうか。

次回はドローン撮影について、お話しします。

ビデオサロン2016年3月号掲載
2022年3月加筆修正

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