【借りものたちのメッセージ】 第2編「見えないけど」 まとめ記事






 今この海には1匹のクラゲがいます。



緑色でキレイなので、人間がつけた名前は知りませんが、みんなからミドリさんと言われています。



ミドリさんは子供の頃から色んな海でフカフカと浮いてきました。

クラゲは色んなところで波に流れて生活をしなくてはいけません。



ですからミドリさんも色々な場所へ流れたりして孤独に過ごしてきました。



でもミドリさんは優しいかたですから、行く先々で友達もおりました。



出会っては別れ、また波に流されて何処かへ行き、そしてまた誰かに出会いやがて別れてきました。



ミドリさんは優しいです。

ですから彼女の触手はとても敏感で、ひとの気持ちをすぐに感じ取れるのです。彼女自身もとっても繊細な方でした。



だからその繊細な触手は彼女のことも、周りのことも守ってきたのです。

危険があれば誰よりも敏感に察知して逃れることが出来たのです。



ミドリさんには特に毒などの武器はありませんでしたから、こうして危険とは戦うことなく逃げたり隠れたりするしかないのです。

一見フカフカしているだけに見えるミドリさんですが、先程繊細と書いたとおり、細かく神経を使い疲れやすい性格でもありました。



彼女を守る盾でもあり美しさの象徴でもあるこの触手は、自分でも自慢できるほどの美しさがありました。

ミドリさんにとって触手は、いろんな意味で宝ものなのです。

とっても大切にしてきました。



どんな孤独な海で浮いているときでも、誰もいない、夜の海のなかで月の光さえなくて、冷たい海水に浸かり続け、ときには餌もない時だって、彼女の触手は彼女自身の心を慰め、危険からも助けてくれ続けたのでした。



そんなミドリさんも少しずつ歳を取りました。



相変わらずフカフカと海から海へと流れるままに生活していました。

触手も少し痛みもありましたが、相変わらず美しく繊細なままでした。



多くのクラゲがそうやって生き続けていきます。

それに疑問を浮かべるクラゲは殆どおりません。



しかし、ミドリさんは違いました。

ミドリさんはその生活になんだか疲れてしまいました。



もともととっても優しい性格で、誰よりも繊細な触手を持っている彼女は、やはり疲れも人一倍あるために、この生活にウンザリとしてしまいました。



彼女は密かに思っていました。

ずっと前から思っていたことがありました。



それは、この海のなかを頑張ってフカフカとしていれば、きっといずれ素敵な海原に行けると思っていたのでした。



そこはとっても素敵な場所で、彼女の繊細な触手が不要になるほどの、安心で安全なところなのです。

実は彼女の自慢である触手は、彼女自身にとって大きな負担でもあったのです。



どこに行っても常に触手に頼り、触手から感じ取れる微細な変化に常に気を配っていなければならない、そんな生活が辛かったのです。



ですから、ずっと昔から夢見てきた素敵な海原への想いは歳を追うごとに段々と強くなっていったのでした。



でも、歳を重ねて想いが膨らむと同時に、諦めも大きくなっていきました。

なぜなら何処の海へ行っても夢見た海原には程遠かったからでした。



その繰り返しが彼女を少しずつ疲れさせていったのです。



彼女は、来る日も来る日も触手から送られてくる繊細な反応にだんだん苦しさを覚え始めました。



一体いつまでこんなに小さくてささやかなことを気にしていなければいけないのだろう?



彼女はこの歳になってはじめてこんな気持ちを知りました。



最近は、もうただフヨフヨと浮きながら周りに対して反応だけを繰り返す今までの生活から、自分の気持ちを気にする生活に変わっていきました。



この変化に彼女自身も気づき始めました。



そしてその気持ちの変化は、漠然としたものから少しずつ明確なものに変わっていったのです。




もう彼女はどんな波に流されようが、どんな反応を触手が示そうがこの気持ちが消えることは無くなりました。

やがて彼女は寂しくて静かな海が好きになりました。



それまでは寂しい海は不安を感じるので、もっと賑々しい海を好んでいたのです。



でも、あの気持ちが彼女を捉えてからは、そんなうるさい海は嫌になりました。



それは、静かな寂しい海だと彼女の心を捉えてしまったあの気持ちについて想いを巡らせやすいことに気づいたからでした。





触手からの反応が少なくて寂しい海は、彼女を今までと違うものに変えてくれる、そんな気がしていました。



彼女は、変わりたかったのです。



今までと違うものになりたい、そうはっきりと思うようになっていたのです。

そのことに気づけたのも、この寂しい海のおかげでした。





そのときから、彼女のぷよぷよしただけの頭に大きな変化が生まれました。

餌や危険に反応して触手が彼女に知らせる前に、彼女には分かるようになったのです。





今までは触手から知らせが来て、それから彼女自身がその知らせに気づいて判断をしていたのに、今では彼女自身のほうが先に気づいたり判断したり出来るようになってきたのです。



また、触手からの反応に対しても、どれくらい信用してよいかを測れるようにもなってきたのです。

そこまで危険じゃないならば無視できるようにもなったのです。



餌だってそうです。

それまでは餌の反応があればどんな時でもすぐに行動して捕まえて食べていました。

しかし、今では必要ないなら無視出来るようになれたのです。





だから彼女は落ち着けるようになりました。とっても安らげるようになりました。

いちいち反応せず、大切なものだけに正しく反応できるようになってきたのです。

その心地よさは、まるで彼女自身が海になってしまったようでした。





ミドリさんはとっても嬉しくなりました。





彼女はそれまで自分のぷよぷよしただけの頭が嫌いでした。

何にも役に立たず大きいだけで不格好だったからです。





でも、寂しい海で静かに自分の気持ちに向き合っているうちに、今のように嬉しい生活が送れるようになってきたのです。



なにやらこのぷよぷよの中に、更に優れた触手が誕生したような気分でした。





それから彼女は寂しい海で静かにたくさんの時間を自分の願いについて想うようになりました。



そうすると、なんだか誰かが自分の気持ちを聞いてくれているような気がするからでした。

そしてその想いに応えてくれる気がするからでした。

そしてもっともっとこのぷよぷよの中の触手に従うようになりました。





やがて彼女は、どの海にいても嬉しい気持ちで居られるようになりました。

寂しい海でも、賑やかな海でも、なだらかな海でも、荒々しい海でも。





いつでもどこでも、ミドリさんは幸せでした。





そして彼女は、今夜も自分の想いを伝えています。












波には逆らえないの わたしたちは

ただそのままのまれるだけ





わたしたちの気持ちも わたしの思いも

通ることはなく 散らされてゆく





わたしたちの流す涙は わたしたちと同じ

わたしたちの願いも わたしたちと同じ





 

透き通ってて 見えないの

透き通ってて わからないの





でも あるの たしかに あるの

今日も 知られずに 波に散っていく





わたしの思いを 気にかけてくれた 小さくて見えない こんなわたしの

教えてくれた 叶えてくれた 小さくて見えない こんなわたしに









今日もわたしたちが 流す涙は 決して見えない でも たしかに ある



今日のわたしたちが 流す涙は 喜びの涙 見えない 愛















【借りものたちのメッセージ】 第2編





「見えないけど」まとめ記事





おわり

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