【身体の健康】シリーズ Vol.6 「遅刻の魔:遅刻グセが完全に治った体験談」 (No.0127)
身体の健康とは少し違った内容かとも思いましたが、結局はこの解決法自体が「健康」という枠に入れても差し支え無いと判断できたので、こちらで記事を載せてみました。
この体験談は、きっと参考になる人は多くないと思っていますが、それでもかつての私のように悩んでいる人もいるかと考え、そんな人の解決に繋がることを願いつつ書きました。
完全な中年である現在より遥か昔は、それは大変な遅刻魔で働く先や遊び相手など沢山の人に迷惑をかけていました。
遅刻をされる方は大変辛いのは当然ですが、遅刻をする方も実はとても辛いのです。
迷惑をかけている遅刻をする側も、
「どうして私はこんなにも時間に遅れてしまうのか・・・」
と、自己嫌悪にかられている人もいるのです。
もし治せるのなら治したいと、切に願っている人もいるのです。
この手の話を人に相談すると、時間管理をしっかりしろとか、早く寝ろだとか、色々言ってくるのですがそういう対策は対処療法でしかなく、それらの行動が根本的な解決に繋がることは無かったと記憶しています。
どれほど優秀な目覚まし時計があろうとも遅刻魔は時間に目を覚まさないのです。
(あとで今だから出来る優秀な目覚まし時計を紹介します。)
でもそんな私が、あっという間に遅刻グセを完全に解決してしまったのです。
それをしたことで、遅刻グセがなくなり、むしろどこへ行くにも早く行動するようになりました。
それは何か?別にもったいぶる事もありません。
一人暮らしをしたからです。
私は実家を出て一人暮らしを始めた瞬間から、遅刻が無くなりました。
よく一人暮らしをネガティブに語る人がいます。
「ゴミ出しも洗濯も食事も掃除も全部自分でやるなんて嫌だ」
「実家だと親がやってくれるから楽でいい」
だとか言ったりしますが、当の私は
「やった!自分で好きに食事を作ったり出来る!」
「使ってみたかった掃除機を買える!」
「洗濯洗剤を自分の好みに変えられる」
「いちいち指図されたり干渉されずに生活できる!」
などと楽しい事が沢山でした。
自分で何でもやりたいと思う人間には一人暮らしは素晴らしいものです。
現在はどこもかしこも給料が安いために一人暮らしは経済的に苦しいですが、私自身は誰でも一度は一人で自分の生活を管理する経験をするべきだと感じています。
また現在、一人暮らしをネガティブに考えて躊躇している人も一度やったら良いと思います。
ちょっと大げさですが、まるでキャンプのような気分になります。
始めのうちは、自分が動かないと何も進まない生活に荷が重く感じるでしょうが、自分でやったことが誰にも邪魔されずキチンと結果を出していく事にやり甲斐を覚え、やがてそのやり甲斐は実家に居た時は得られなかったという事に気づくと、かつてとは人生観が変わってきたのだと自覚するようになると思います。
自分でやること自体の手応えが楽しく、それは単に結果だけを如何にスムースに得るかを競うのではなく、結果に至るプロセスを悪戦苦闘しながら進んでいく事が楽しくなってくるのです。
目的と結果、スタートとゴールの間にある、それまでの人生においては単に邪魔なだけの存在であり、無ければ無いほど幸せだと思っていた道行きに触れて毎日格闘していくことで、その工程に「詳しく」なっていくのです。
この経験で「詳しく」なった経験も情報も、簡単には手に入らず理解も出来ない「特別」なものなのです。
世の中にはスターウォーズの人形などを部屋いっぱいに集める気の毒な人達が沢山いますが、この「特別」な経験をひとつひとつコレクションしていくことが一人暮らし生活の中でフィギュアでは得られない満足感を与えてくれるのです。
一人暮らしをすることで、どうして遅刻が無くなるのかについては簡単です。
実家にいたり親の庇護のもとで生活することは、自分の人生を生きていないこととほぼ同じなのです。
小鳥が飛べるようになると巣を離れるように、人間も元来はもっとサッサと親元から去ることが必要だと思います。少なくとも一度はその経験が必要だと思います。
よく映画などのストーリーを考えるときに、キャラクターを表現するにはリアクションが大切だと言います。
何かにぶつかった時にどんな反応をするかでそのキャラクターの性格がわかるのだと言うように、誰かに守られる生活を捨てて自分自身で世の中、世界全体とぶつかっていくことで、あなたという人物が作られたり、自分にもわかるようになったりするのです。
遅刻するということは、ハッキリ言えば「嫌」なのです。
行きたくないのです。やりたくないのです。
でも、そこを詰めて考えてみると、案外予想と違った答えが隠れています。
私の場合はそうでした。
出かけ先がどうだとか、やってるバイトが何だとか、そんなことは関係ありませんでした。
自分の人生そのものを「見たい、知りたい」という欲求があったのだと思います。
これは今だから解ったように言えることで当時はその見えざる「欲求」に突き動かされただけだったと思います。
親元にいると、どうしても自分自身の人生の「裏側」や「奥」を見ることは出来ません。
親が子供であるあなたを、ある一線を越えないようにアメとムチで「守って」しまうからです。
自分自身の人生と言いましたが、これは「世の中の」とも一致します。
キャラクターの話にあるように、人生の出来事で自分がわかるのです。
つまり自分が分かることで世の中がわかるのです。
人は成長することでそれがわかるようになりますし、わかるから成長したとも言えます。
そして人は、「成長」を望むのです。
この欲求は思いの外激しいので、身を持ち崩したり失敗したりもするのです。
しかしこの欲求を甘く見て、小手先で管理監督出来ると高をくくっていると大変な目に会います。メントスを落としたダイエットコーラのフタを塞いだ時のように、行き場を失ったエネルギーはその器を破壊しかねないほどに暴走し制御不可能になります。
バイトや学校に遅刻する程度の現象は当然起きるのです。
【身体の健康】シリーズ Vol.6
「遅刻の魔:遅刻グセが完全に治った体験談」 (No.0127)
おわり
追記:
手元に使わなくなった古いスマホがあるなら、それにシンプルな目覚ましアプリを入れます。SIMも抜いてネットワークもWifiもサウンドもOffにしてバイブ機能だけ鳴るようにセットして、そのスマホを枕カバーの中や枕の下に入れて眠ります。
こうすると振動だけの目覚ましになって他の家人や壁の薄いアパートの隣人などに気兼ねなく目を覚ますことが出来るのです。とても効果があります。
駅員が使う特別な目覚ましのようです。
振動式の目覚ましなんて贅沢ですが、今はタダ同然で可能になりました。
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