【借りものたちのメッセージ】 第2編 「見えないけど」 :前編(No.0193)



 今この海には1匹のクラゲがいます。


緑色でキレイなので、人間がつけた名前は知りませんが、みんなからミドリさんと言われています。


ミドリさんは子供の頃から色んな海でフカフカと浮いてきました。
クラゲは色んなところで波に流れて生活をしなくてはいけません。


ですからミドリさんも色々な場所へ流れたりして孤独に過ごしてきました。


でもミドリさんは優しいかたですから、行く先々で友達もおりました。


出会っては別れ、また波に流されて何処かへ行き、そしてまた誰かに出会いやがて別れてきました。


ミドリさんは優しいです。
ですから彼女の触手はとても敏感で、ひとの気持ちをすぐに感じ取れるのです。彼女自身もとっても繊細な方でした。


だからその繊細な触手は彼女のことも、周りのことも守ってきたのです。
危険があれば誰よりも敏感に察知して逃れることが出来たのです。


ミドリさんには特に毒などの武器はありませんでしたから、こうして危険とは戦うことなく逃げたり隠れたりするしかないのです。
一見フカフカしているだけに見えるミドリさんですが、先程繊細と書いたとおり、細かく神経を使い疲れやすい性格でもありました。


彼女を守る盾でもあり美しさの象徴でもあるこの触手は、自分でも自慢できるほどの美しさがありました。
ミドリさんにとって触手は、いろんな意味で宝ものなのです。

とっても大切にしてきました。


どんな孤独な海で浮いているときでも、誰もいない、夜の海のなかで月の光さえなくて、冷たい海水に浸かり続け、ときには餌もない時だって、彼女の触手は彼女自身の心を慰め、危険からも助けてくれ続けたのでした。


そんなミドリさんも少しずつ歳を取りました。


相変わらずフカフカと海から海へと流れるままに生活していました。
触手も少し痛みもありましたが、相変わらず美しく繊細なままでした。


多くのクラゲがそうやって生き続けていきます。
それに疑問を浮かべるクラゲは殆どおりません。


しかし、ミドリさんは違いました。
ミドリさんはその生活になんだか疲れてしまいました。


もともととっても優しい性格で、誰よりも繊細な触手を持っている彼女は、やはり疲れも人一倍あるために、この生活にウンザリとしてしまいました。


彼女は密かに思っていました。
ずっと前から思っていたことがありました。


それは、この海のなかを頑張ってフカフカとしていれば、きっといずれ素敵な海原に行けると思っていたのでした。


そこはとっても素敵な場所で、彼女の繊細な触手が不要になるほどの、安心で安全なところなのです。
実は彼女の自慢である触手は、彼女自身にとって大きな負担でもあったのです。


どこに行っても常に触手に頼り、触手から感じ取れる微細な変化に常に気を配っていなければならない、そんな生活が辛かったのです。


ですから、ずっと昔から夢見てきた素敵な海原への想いは歳を追うごとに段々と強くなっていったのでした。


でも、歳を重ねて想いが膨らむと同時に、諦めも大きくなっていきました。
なぜなら何処の海へ行っても夢見た海原には程遠かったからでした。


その繰り返しが彼女を少しずつ疲れさせていったのです。


彼女は、来る日も来る日も触手から送られてくる繊細な反応にだんだん苦しさを覚え始めました。


一体いつまでこんなに小さくてささやかなことを気にしていなければいけないのだろう?


彼女はこの歳になってはじめてこんな気持ちを知りました。


最近は、もうただフヨフヨと浮きながら周りに対して反応だけを繰り返す今までの生活から、自分の気持ちを気にする生活に変わっていきました。


この変化に彼女自身も気づき始めました。


そしてその気持ちの変化は、漠然としたものから少しずつ明確なものに変わっていったのです。


後編につづく


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