禍話リライト「歩」

 通行人に向かって「オイ!」などと威嚇して遊ぶ若者がいるが、ああいうのは良くない。そういう話だ。

 ちょっとヤンチャなA君が当時つるんでいたB君が、そういった手合いだった。道端ですれ違い様にやっていたのが段々エスカレートしていって、車道を挟んだ向こう側の歩道に向かって「オイ!」とやるようになったらしい。そこまで距離があいてしまうと、威嚇された側も気づかないことがある。

 それは、未成年でありながら酒を嗜みいい気分で道を歩いていたときのことだった。
 二車線挟んだ向こう側の歩道を、男性か女性かわからない外見の人物が歩いていた。歩き方がなんとなく気弱そうで、いかにもB君が目をつけそうな雰囲気だ。こいつやるんじゃないかと窺っていたら、案の定、B君が大声を出した。

「オイ!」

 その瞬間はたまたま車通りもなく、声が届いたようだった。
 よくある反応としては、驚く、あるいは周囲を見回すといったものだ。
 だが、その性別不明の人物の反応はどちらでもなかった。
 嬉しそうに自身を指さして何か言っている。
 行き交う車の音に掻き消されて聞こえないが、口の動きが「わたしですか?」と言っているように見えたそうだ。
 言いながら、そいつは植え込みを乗り越えて車道に出ようとした。回り込めばいいものを、最短距離を突っ切ろうとしている。枝が引っかかって傷だらけになるだろうに構わず車道に出て——タクシーに轢かれた。
 轢かれたこと自体は当人の不注意によるものだ。だが発端はB君の悪ふざけである。恐ろしくなって、みんな散り散りに逃げたらしい。
 しかし知らんふりを決め込むのも後味が悪いので、A君はツテをたどってある警官に会うことにした。昔はヤンチャしていたがいまでは立派な社会人になった人だ。
 あの辺で事故があったみたいで、なんて白々しく話を振ってみると、意外な答えが返ってきた。

「事故なんかないよ」
「えっ……?」
「ゼロ件で平和なもんで……いや変なのがあったわ。タクシー運転手が人を撥ねたって言うんで駆けつけたんだけどさ、何もなかったんだよね」

 現場にブレーキ痕はあったが被害者はいなかったそうだ。コンビニの防犯カメラに映る位置だったので確認したところ、タクシーが突然急停車しているだけだった。だが、その場にいた目撃者たちは人が轢かれたと言っている。

「反対側にいる若者の一団を目指して急にわーって走っていって轢かれたんだって。でもそんな人いないんだよ。こんなこと時々あるらしいんだよね、上司に聞いたら」


 その後、A君は地域密着型の怪談サイトの運営者にもコンタクトを取った。

「あー、ありますあります」

 運営者はなんてことないように首を縦に振った。

「戦後すぐくらいから、ぶつぶつ言いながら歩き回ってるやつがいるみたいで」

 聞いてみると、髪の長さや服装などあの日見た人物と外見的な特徴も似ているようだ。
 男性か女性かわからない不審者。
 一度、警官が職務質問をしたことがあるらしい。交番で一人で対応したようで、外出していたもう一人の警官が戻ったときには痙攣して泡を吹いていた。書かせた書類には苗字の記載がなく「歩」と名前だけ。アユミなのかアユムなのか、結局性別は不明のまま。それ以上のことは何もわからない。ただ、性別不明の人物が道行く人に「わたしのこと話してました?」と尋ねることがたびたびあった。

「それだけなんで、怪人というか、まあ害はないと思いますよ」

 運営者はそう言ったが、A君はその目で見てしまっているのだ。胡散臭い都市伝説とはわけが違う。
 そうやって集めた情報を、A君はB君に伝えたそうだ。結果、B君は実家に帰ってしまった。ヤンチャな盛りとは言え怖いものは怖いのだ。


 それから。
 性別不明の人物がタクシーに撥ねられた日の現場から、時々休憩しながら歩いて行ったらB君の実家に着くだろうという頃。
 B君は家から飛び出して車に撥ねられた。
 幸い命は助かったが、事故当時のことは覚えていないらしい。周囲の証言によると、撥ねられたB君は「ちがうちがうちがうちがう」と言い続けていたそうだ。
「わたしですかって責められたんじゃないかな」とA君は語った。

 気弱そうに見えてヤバい奴というのはいるものだ。そのなかでも特にヤバい奴に絡んでしまった話である。

※「真・禍話 第11夜」より

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