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禍話リライト「大丈夫ですよ!」

 人間の形をしているのに大きすぎるもの。あるいは小さすぎるもの。
 そういった、寸尺がおかしい得体の知れないものを怖がる奴がいた。
 何か見てしまった経験でもあるのかと思ったら、〝見た〟人の体験を聞いたんだそうだ。
 それは、こんな話だった。


 ある男性が、夜更けに体育館の横を通りかかった。学校の体育館だったか地域の施設だったか定かではない。そこは普段は通らない道だった。大通りを歩いている時に体育館の一部が見えたりするけれど、わざわざ用もない施設に近づくことなどない。
 なのに、その夜はいつも行かないほうへ歩きたくなった。
 気まぐれで近づいて行って、体育館の横の道を通って、何の気なしに顔を向けた。
 人がいた、らしい。


 ——体育館ってさあ、上んとこにでかい窓あんじゃん。2階くらいの高さのとこに。2階じゃないけどね。床ないけど。あるだろ、窓。

 ——そこにさあ、……その窓にぴったり収まるくらいの人がいたんだって。内側に人が立てるようなね、そういうスペースとかあるのか知らないけど。でもさ、ぴったりってさ、そんなん2メートル超えてるだろ。おかしいだろ。

 性別不明の人影が目に入った瞬間、男性は、窓にシールでも貼ってあるのかと思ったそうだ。
 いや違う、人か、と凝視する。
 寸尺のおかしな人影の、首のあたりがクッと動いた。
 人だ。
 男性はその場にしゃがみ込んだ。
 自分はおかしくなってしまったに違いないという恐怖に襲われて頭を抱えた。
 もう駄目だ、俺は狂ってしまったのか、急にこんな細い道に入ろうと思った時点でどうかしていたんだ。
 うわあ、嘘、マジで……と声が漏れる。
 そうやってうずくまっていると、

「大丈夫ですよ!」

 と声を掛けられた。

「大丈夫ですよ!」
「大丈夫ですから!」

 男性に向かって呼びかける声は二つあった。
 老婆。
 中年の女性。

 顔を上げれば、道の反対側に建つ家から声が聞こえるようだった。
 ぱっと見た感じでは雑草が生い茂って手入れもされていなそうな家だ。
 その家の庭と道路のあいだに塀があって、塀の向こうに女性たちが立っている。鼻から上を覗かせて、男性に呼びかけてくる。

「大丈夫ですよ!」
「大丈夫!」
「え、……な、なんすか……?」
「わたしたちもねえ、あの女みえてますから! だいじょうぶ!」

 寸尺のおかしい人影よりも、自分が発狂してしまったのではないかという疑念よりも、その言い方のほうが怖かったそうだ。
 男性は全力で走って逃げた。
 何が大丈夫なものか。何も大丈夫じゃない。

 その翌日がたまたま休みで、彼は昼間に体育館の近くに行ってみたという。
 週末の体育館は子供たちのスポーツチームやママさんバレーなんかに使われて、明るく活気に満ちたものだった。
 こうして見るとまったく怖くないけどなあ、と見上げた彼は息を飲んだ。
 体育館の、上部にある窓の、一箇所だけにカーテンが閉められている。
 閉めてしまったら光が入らないだろう。そこだけ暗くなってしまうだろう。なのにカーテンが閉められている。
 おそらく昨日の夜も、閉まっていたのではないだろうか。
 気味が悪い。
 あの家はどんな具合だろうかと目を向ければ、やはり雑草が茂って荒れていた。しかし、なんとなく人が住んでいそうな雰囲気だ。
 女性たちはこの家の住人だったのだろうか。
 しばらく家の周囲をうろうろしていると、犬の散歩をしている老人に声を掛けられた。

「どうかした? この家の人とトラブル?」
「いやー、ここ、すごい草ぼうぼうだなと思って……」
「ああそう……。あのね、ここに長くいるとあれだから。歩きながら話そう」

 老人は話し好きだったようで、男性の質問に答えていろいろと教えてくれた。
 あの家には夫を亡くした妻と娘が二人で住んでいること。
 庭を覆っているのは雑草ではないこと。
 かつてはちゃんとした庭を作ろうとして草花を植えていたこと。
 凝り性で、夜中も庭仕事をしていたこと。
 その時に何かを見たらしく、それから様子がおかしくなってしまったこと。
 回覧板を回すくらいの付き合いはあること。
 母娘の言っていることがだんだん要領を得なくなってきていること。

 何なんだろうねえ、と呟いた老人と別れてから調べてみたけれど、体育館で事件があったような記録は見つからなかったそうだ。

 ——でもさあ、建物自体に何もなくても、土地が覚えてる場合ってあるからね。

 ——道路で死亡事故があったとしてね。その道じゃなくって、その道にある建物に〝残る〟ことがあるんだよ。何もない時に急ブレーキの音が聞こえるだとかね。

 ——法則とかないし。理屈で説明できるものでもないし。ズレた間の悪さというか、タイミングとしか言いようがないんだけどさあ。

 ——この話の場合だと、体育館のまわりで何かあったんじゃないかな。普段人がたくさん来るようなところは〝そういうもの〟も受け入れやすいから。


※「ザ・禍話 第十七夜」より

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