見出し画像

禍話リライト「あいのりの子」

 社会科見学か遠足か、小学校高学年の行事でバスに乗って出掛けたときのことだそうだ。道中で起こったことのインパクトが強過ぎてどこに行って何を見たのか覚えていない、とA子さんは言った。
 バスのなかで、A子さんは急に気分が悪くなってしまったらしい。車酔いとも違う気持ち悪さで胃のあたりが重い。まるで何かに掴まれているみたいに。
 窓際のほうがいいと促され、後方の窓際の席に移動した。一息ついて顔を上げれば、前のほうの席に座るクラスメイトが何人か心配そうに振り返っていた。

「A子ちゃん大丈夫?」
「うーん、だいじょうぶ……」

 お喋りしたりおやつを食べたりする元気もなく、先生から貰った胃薬を飲んだA子さんは目を閉じてじっとしていた。
 たまに目を開けると背もたれの上にA子さんの様子をうかがう顔が飛び出しているので、大丈夫だよと応えて目を閉じる。しばらくして目を開けるとまた別のクラスメイトが振り返っているので、心配しないでと応えて目を閉じる。何度か繰り返した後に、A子さんはちいさな違和感を覚えた。

 あれ、いま――知らない子が居たな?

 何人か振り返ったり身を乗り出したりしているなかに見覚えのない女の子の顔があった。A子さんのクラスの生徒しか乗っていないはずなのに。
 ひょっとしたら何かの委員の子かもしれない。
 ほかのクラスで乗り遅れた子が乗ってきたのかもしれない。
 そんなことより胃痛のほうが深刻で、そのときは深く考えなかったそうだ。


 やがて、薬が効いたのかだいぶ具合が良くなってきた。「大丈夫?」と声を掛けられ、A子さんは目を開け返事をし、目を閉じる。
 ……やっぱり知らない子が居る。
 知らない子は、さっき見たときよりA子さんの席に近づいているようだった。
 走行中のバスで席を移ったのだろうか。
 今回は好きな席に座っていいことになっていて、補助席まで使い固まって座っているグループもいるのだ。それを乗り越えて移ってきたのだろうか。
 また胃のあたりが気持ち悪くなってきて、知らない子のことも気持ち悪くなってきて、A子さんは何も考えないように目を瞑った。


 次に目を開けたのは、なんとなく車内の雰囲気が変わったと感じたときだ。目的地が近いようだ。
 ソワソワとウキウキを足して割らない空気のなかで、前々列の席に知らない子が居た。背もたれの上に思い切り身を乗り出してA子さんを見ている。
 ぼそぼそと口を動かしている。聞き取れない。
 気味が悪い。
 A子さんはぎゅっと目を瞑り、それから五分ほどでバスは目的地に着いた。知らない子は居なくなっていた。
 考えてみれば、前々列の席からあんなに身を乗り出していたら前列の席の子が文句を言うはずじゃないだろうか。そういった諍いはなかった。
 A子さんは降車する流れで知らない子が居た席を確認したが、そこには同じクラスの男子が座っていたそうだ。


 その日の夜、眠っていたA子さんはちいさな手に揺さぶられて目を覚ました。いつもいっしょに寝る幼稚園児の妹がA子さんを揺さぶっていた。

「なに……? トイレ行きたいの?」
「おねえちゃんおねえちゃん、その子さあ、なんくみの子だとおもった?」
「え? 何組……?」

 急な質問への答えが、寝ぼけたままのA子さんの口からこぼれる。

「……何組の子でもないんじゃないかなあ……」
「そうそうそう! それでいいんだよそれでいいんだよ、おねえちゃんおやすみ〜」

 そう言うと妹は布団に戻ってしまった。

「だって何組の子でもないでしょあれは……えっなにいまの?」

 はっとしたA子さんが隣を見ると、妹はもうぐっすり眠っていた。
 それからは、おかしなことは何も無かったそうだ。


※「禍話X 第十五夜」より

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?