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禍話リライト「血を吐く弟」

 大学生たちがサークルの部室に集まって怖い話をしていたときのこと。早々にネタが切れてネットで調べた怖い話を朗読し合っていたのだが、怖くないだの何だのと批評する者があった。
 仮にAくんとしておくが、彼は浪人したとかでほかの部員よりいくらか歳上で、誰も言い返せない。はじめのうちは的を射た内容だったけれど、リアリティが無いからダメだと言い出し、段々と難癖に変わり、場の雰囲気も悪くなっていった。
 そこに現れたのが、牢名主のごとく部員たちを取りまとめるOBの先輩だ。分け隔てなく接してくれる気さくな人で、

「おう、何してンだい」
「怖い話してるんですよ」
「そうかァ」

なんて入ってきて、部屋の奥で酒を飲み始めた。
 その後もまた誰かが怖い話を読み上げ、Aくんが文句を言う。OB先輩に遠慮してか語気は控えめになっていたが、それをOB先輩が聞き咎めた。

「何だァ、ずっとこのパターンなのか? 後輩に話してもらってダメ出しして、そんなの何が面白いんだよ」

 一方的じゃダメだ、と先輩は続ける。多少は酒の勢いもあったようだ。

「お前が本当に怖いと思う話をしてみろよ。それが怖かったら俺らはちゃんと怖いって言うから。なァみんな」

 後輩たちも同調する。
 すこし間を置いて、Aくんは口を開いた。


 おれ、弟がいるんですけど。
 歳離れてて、おれが中学のときに弟が幼稚園とかで。それで、親が弟ばっかりかわいがるから……弟のこといじめてたんですよ。口喧嘩じゃぜったい負けないから、いろいろ言って。
 それを、弟は素直だから、お兄ちゃんがこうこう言ってた、ぼくダメなのかな、みたいに親に言っちゃって。それでバレて、おれが怒られて、またいじめて怒られてって繰り返しで。
 で、あるとき二人で留守番してたんですよ。同じ部屋で別々に過ごしてて、そしたら弟がトイレに行って。帰ってきたら「お兄ちゃ〜ん……」って言うんですよ。見たら、口からすごい血が出てて。鮮血っていうか、ちょっと切っただけでそんなに出るかなってくらい、いっぱい。ボタボタ垂れてて。
 おれ思わず逃げたんですよね。弟からしたら、普段いじめてくる兄ちゃんが逃げてるから面白いんですよ。あいつ追っかけてきて。おれはベランダに出て、ベランダから、二間並んでる隣の部屋に入って、元の部屋に戻って……そしたらグルグル回れるじゃないですか。三十分くらい、そうやって逃げてました。弟は血を垂らしながら追っかけてきて。
 そんなずっと出血してたら親も騒ぐだろうし後々まで何かあると思うんですけど、それっきりっていうか。あれは夢だったのかとか思って、わからなくて……それが一番怖い体験です。


 オバケも祟りもお祓いも無い話だった。どう反応するだろうかと集まった視線を受けて、OB先輩が頷く。

「なるほど怖いなァ……。お前はそういう原体験を持ってるのか、なかなか無いぞ。奇妙な感じのが怖いんだな。夢か現実か……、お前の弟に対する歪んだ気持ちが何かとごっちゃになってるのかもしれないなァ」

 OB先輩がまとめてくれて、その場はまるく収まったそうだ。
 それから半年ほど経ったころ、Aくんは亡くなった。長期休暇のあいだの出来事だった。
 彼は大学のある都道府県内の出身だったため、サークルの部員たちはOBとも連絡を取り、みんなで葬儀に参列した。死因について詳しいことは聞かされなかった。
 一周忌を迎えるころにまた集まって訪ねると、Aくんの弟さんが応対してくれたそうだ。話題に困って、一人がAくんの告白を持ち出した。

「あいつ言ってたんですよ、むかし弟さんに意地悪してたって。悪かったって言ってましたよ」

 良いように脚色して伝えると、弟さんは困った顔で笑った。

「ぼくが逆襲したって話ですよね? でも、あのころ結構やられてたんで、親が二人きりにはさせないと思うんです。ぼくはその記憶が無いし夢だと思いますよ」

 負い目があるから変な夢を見たんじゃないですかね、と言われ、また会話が途切れる。堅い空気もいくらか和らいでいたので、一人が

「お兄さんは急死ってことでしたけど……」

と尋ねてみたらしい。

「警察のかたが事故ではああならないって言ってたんで」と弟さんが答える。「それで、自殺か……まあ急に体調が悪くなったってことになってるんですけどね」
「事故……?」
「最初は薬物も疑われたみたいなんですけど」
「えっ……あの、俺たちどういうふうに亡くなったか知らなくて……」
「そうなんですね……。失血死で、最初にすぐ救急車を呼んでれば助かったかもしれないらしくて」
「どういうことなんですか……?」

 弟さんが言うには、同じアパートの住人が通報してくれたおかげで事態が発覚したとのことだ。Aくんが住んでいたアパートは壁や床が薄かった。さっきから上の部屋の人がグルグルグルグル歩き回ってるな、と不審に思った下階の住人が、床に倒れ伏すような音を聞いて様子を見に行った。呼びかけても室内からの返事が無かったため警察に通報したそうだ。Aくんは、口から大量に血を吐いて亡くなっていた。
 弟さんは件の夢の詳細を知らないものだから、そういう状況だったみたいで、と穏やかに言うけれど。
 部員一同は顔をひきつらせながらお暇したそうだ。

※「THE 禍話 第21夜」より

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