禍話リライト「ミナミさん」

 タクシー乗務員の男性、Aさんが体験した話だ。彼が走ったことのないエリアに配属され、道を覚えていっていた頃の出来事だそうだ。

 週末の夜、とある田舎の駅の近くを通ったAさんは、片手を挙げる若い女性を見つけた。
 終電車に乗れなかったのだろうか。
 しかし、発車時刻からそれなりに時間が経っている。この周辺には飲み屋の類もない。
 おかしいと思いながらも、Aさんはその女性を乗せたのだそうだ。

「あ、すいませーん」

 後部座席に乗り込んできた女性はポケットから紙切れを取り出して、ボールペンで何か書きつけているようだった。メモ帳から破り取ったみたいな紙だ。
 バックミラー越しに見るともなしに見ていると、女性はスッと顔を上げた。

「あのー、……この次の駅は何ていう駅なんですか?」
「◯◯って駅ですよ」
「じゃあ、その駅まで行ってもらえますか?」
「はい、わかりました」

 Aさんは車を発進させる。
 程なくして◯◯駅に到着した。
 もちろん終電車は行ってしまった後だ。駅舎に明かりはあるけれど周囲は暗く、誰もいない。

「運転手さん、すいませんけどちょっと待っててもらってもいいですか?」
「あ、いいですよー」

 車を降りた女性は駅の周辺をうろうろと歩き回っている。
 待ち合わせでもしているのだろうか。
 駅で待ち合わせをしたが駅名を間違えていたとか、そんなところだろうか。
 運転席から見た限りでは、誰もいないように見える。
 やがて女性は車内に戻ってきて、手にしたメモ紙に線を引くような仕草をした。
 候補の駅名でも書いてあるのかな、それを消してるのかな、と思ったそうだ。踏み込んで聞くのも良くないかもしれないので、Aさんは

「お客さん、どうします?」

と、業務的な質問をするにとどめた。

「……次の駅も、申し訳ないけど行ってもらえますか」
「はい、あのー、……大丈夫ですか?」

 当然、走った分だけ乗車賃が掛かるのだ。ここに来たのが無駄足だったとしても、そのお代は頂かなくちゃならない。

「ああ大丈夫です、大丈夫」

 女性が頷く。
 まあ、服装もおかしなところはないし。きちんと清潔感があるというか、普通の人だ。大丈夫だろうとAさんは再び車を発進させる。
 次の××駅はちょっと大きな駅だった。とは言え、こちらも終電車が去った後で賑わいはない。そこら辺を歩いている人はいるが、通り過ぎて行ってしまう。女性の待ち合わせ相手らしき人はいない。

「じゃあすいません、ちょっと……また待っててください」

なんて言って、女性はまた降りていく。
 降りていきながら、持っていた鞄から何かを出している。
 それは、透明のレインコートだった。
 雨が降ってきたのかと、Aさんは窓の向こうを見た。雲行きはあやしいけれど降ってはいない。フロントガラスにも水滴は落ちていない。
 感じるか否かくらいの小雨が降り出したのだろうか。そういうのに敏感な人なのだろうか。
 不思議に思いつつ、Aさんは女性の帰りを待った。
 入念に周囲を探しているのか、さっきの駅より時間が掛かっているようだ。
 そこに、チッという聞き慣れた音と共に無線の通信が入った。同僚からだ。

『そろそろ終わるんじゃないの? オレ今日は全然ダメだったよ』
「俺はねー、いま……オイシイっちゃオイシイんだけど、ちょっと変なお客さん乗せててさ。まあ付き合ってるんだけど」
『変なお客さん? お前いまどこ?』
「××駅だよ」
『でも、終電もう行ったでしょ。けっこう時間経ってるよ』
「うーん……それが若い女の人でさ、雨が降ってもいないのにレインコート着ててねー」

 ……返事がない。
 おかしいな、と思っていると、会社から支給されている仕事用の携帯電話が鳴った。掛けてきたのはさっきまで通信していた同僚だ。

「どうしたー?」
『ヤバいよ、お前ヤバいよ、ひょっとしてさ、お前さ、二、三個さ、駅ハシゴして来てない? その女の人に言われてさ、来てない?』
「え、なんで分かるの」
『それヤバいぞ! おま、お前もう出ろ、その駅出ろ! それミナミさんだ、それヤバい! ヤバいから! もう今すぐ出ろ!』
「えっ……、え? すぐ?」
『ヤバいヤバい、すぐ出ろすぐ! レインコート着てたんだろ? レインコート着たんだったらもう取り返しつかないから! もう次乗って来たらヤバいから! 早くしろ!』

 早くしろと繰り返し、電話が切れた。

 え?
 ミナミさん? って何? ヤバいの?

 ふと窓の外を見ると、噂のミナミさんが駅から出てくるところだった。Aさんが待つタクシーに向かって駆けてくる。
 その姿に違和感を覚えたAさんは、すぐに気がついた。
 暗かったせいではっきりとは分からないが、ミナミさんが着ているレインコートに斑模様が出来ている。赤黒い色で、まるで何かが飛び散ったかのように点々と。
 そんな、飛沫を浴びたようなレインコートを着た女性が、こちらに駆けてくる。
 嬉しそうな顔で、駆けてくる。
 Aさんはアクセルを踏み込み急発進した。ミナミさんを置き去りにして真夜中の街を駆け抜けた。
 一目散に営業所まで逃げ帰ると、もう遅い時間なのに、同僚や先輩たちがAさんを待ってくれていた。

「A、大丈夫か!?」
「乗られなかったか!?」

 運転席から出たAさんは取り囲まれて、口々に声を掛けられる。

「あー、いやそれが、……ちょっとよく分からないんですけど……電話切った後に、なんか向こうから走ってきて……」
「アッ走ってきた!? 乗られてない? さわられてない!?」
「まあ距離があったんで、ハイ……。車ぶっ飛ばして来ちゃったんですけど……」
「いいよいいよ、ぶっ飛ばしていいよ!」
「でもすみません、法定速度とか……」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」
「あのー、何か事件があったんですか? ここらで有名なおかしい人とか? だったら警察に……」

 Aさんを囲む同僚たちは首を振った。

「いや……、おかしくなってね、警察沙汰になったのは、十年以上前なんだよ」
「付き合ってない人を付き合ってるって思い込んでなあ」
「死んでるはずなんだけどな、そいつ」

 えっ……?

 口々にバラバラの情報を与えられたが、何となく頭の中で組み上がってしまった。

「そういや大規模なお祓いもやったんだよなぁアレ」
「ぜったい大丈夫って言うから新人にも説明しなかったのに。もう五年くらい前か?」
「やっぱり油断しちゃダメなんだな」

 えっ……?

「この辺じゃみんな知ってるよ、地元の人とか」
「はあ〜……やっぱまだミナミさん居るかあ〜」
「そりゃそうだよ、もともとおかしかったんだもん。こっちがちゃんとお祓いやったって通用しないんだよ」
「通じねえかあ……」

 あの、とAさんはようやく問いを投げた。

「それは、……あんまり訊きたくないんですけど、乗られちゃった人が居るってことですか……?」

 途端に、みんな暗い顔になってしまった。

「うん……新人がね……」
「知らなかったもんだからね、終電逃した人だと思ったのかな……。結局まあ、乗り込まれたんだろうねえ」
「詳しいことはちょっとね……。病院でそいつに聞いたんだけど、途切れ途切れで分からないんだよ」
「何かとんでもないことが車の中で起きたんだろうなぁ……。そうじゃなきゃさ、あんな、ねえ、自分の爪が剥がれるまでシートを掻き毟ったりしないよなあ……」

 えっ……。

 その乗務員は、今は家族と共に生活しているそうなのだが、以前は〝書類を書かないと面会できないような病室〟に入院していたらしい。

「まあ、今は通院で済んでるみたいだけどな。……そういうこと、あるんだよ」


 以上が、Aさんの体験談である。
 ネット上の掲示板(地域の心霊スポットについて語る場のようだ)で見つけた書き込みを添えて、この話を締めくくりたい。


場所:九州某駅
電車が終わって誰もいなくなったくらいの時間に車を待ってるみたいな感じの女がいる

※「禍ちゃんねる 平成最後の怖い話スペシャル」より

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